二百十話 コンゴウ山④
時刻は夜。
満天の星々のもと、大きなたき火が揺れている。
その周りに丸太を転がして、アレンたちはそこに腰掛けて集まっていた。夕食の準備をしていたはずだが、いつしかみな作業の手を止めてメーガスの話に耳を傾けている。
メーガスは小さな声で締めくくった。
「まあ、そんな感じで……牢の見張りとか警邏どもをぶっ飛ばして、マリオンを担いで逃げたんすわ」
それを聞いてもなお、全員しんと静まり返ったまま。
返すべき言葉を探っている。そんな気配がした。
だがしかし、アレンは違う。
「おーまーえーなー……」
メーガスの目の前までずんずん進み、その額にびしっと人差し指を突きつける。
「そういう事情があったのならそう言え! 急に退学届を出して消息不明になりおってからに……ほんのちょっとだけ気がかりだったんだぞ!?」
「仕方ないでしょう! 冷静になったら気恥ずかしくなったんですよ!」
メーガスはうがーっと頭を抱える。
自分でも気障なことをしたとは思っているらしい。小さくなったままぽつぽつと続ける。
「で、まあ……マリオンを養うためにあっちこっちを転々として、あの街に落ち着いたころに大魔王どのと再会したってわけですわ」
「まったく人騒がせな」
アレンは腕を組んで鼻を鳴らす。
そんな経緯で姿を消した数年後の再会があれだったので、正直言って驚いてはいた。
付き合いが復活したあと、さりげなく酒の席で聞いてみたことがあるのだが――。
『ところでおまえ、どうして学院をやめたんだ』
『……まあ、いろいろありまして』
メーガスは目を逸らしてぽつりと言った。
訳ありなのがあからさまだったので、アレンもそれ以上は追及せずにいた。その理由がまさかの妹との逃避行だったとはとんと予想していなかったが。
そんななか、シャーロットが隣のマリオンの顔をのぞき込む。
「マリオンさん……大丈夫ですか?」
「あ、うん」
マリオンは言葉少なにうなずく。
たき火の赤い光に照らされていても、その顔には色濃い影が落ちていた。
マリオンは伏し目がちにそっとメーガスをうかがう。
「かんにんね、にいちゃん。うちのせいで里を出ることになってもうて」
「何度も言わせんな。覚悟の上だっつーの」
「……うん」
マリオンはそのままうつむいてしまう。
いつにも増して、その姿は小さく見えた。
そんなマリオンを前にして、シャーロットの顔がくしゃりと歪む。今にも決壊しそうなほどに目には涙の膜が張る。それを堪えるようにして、シャーロットは震える声を絞り出した。
「やっぱり酷いです。ちょっと見た目が違うからって、あんなふうに言うことないのに……」
「仕方あらへんよ。ずっと昔からそうやったんやから」
マリオンはゆるゆるとかぶりを振る。
そうして真正面にそびえる大山を指さした。この一帯ではもっとも標高が高く、王のように威風溢れる佇まいを見せる。
「あの山は活火山でね、百年に一度かそこら噴火すんの。だいたい小規模なんもんやけど……それを鎮めるために、うちみたいな変異体が人身御供として捧げられたんやって」
「俺は見たことねーけどな。族長が砕いて、その破片を火口に投げ入れるんだと」
「そ、そんな酷い……」
シャーロットはますます顔色をなくしてしまう。
そんななか、押し黙っていたナタリアがそっと口を挟んだ。
「すみません。変異体を捧げたとして、それで火山が鎮まるのですか?」
「いんや、根拠はない。魔法ですらない、願掛けみたいなもんだ」
「では、ていよく処分する言い訳なのでは……」
ナタリアももごもごと口を閉ざしてしまう。
みなが押し黙るなか、マリオンは弱々しく笑った。
「うちは岩人族だけど、みんなと違う。この世でたったひとりの変異体。だから全部仕方ないことなんよ」
「マリオンさん……」
シャーロットはそれ以上言葉をつむぐことができなかった。
ただじっと胸の前で手を握りしめ、あふれ出そうな自分の気持ちを抑え込もうとする。
一方、アレンは顎に手を当ててふむと唸る。
(マリオンが自分にいまいち自信が持てないのは……変異体であるがゆえなんだろうなあ)
メーガスに連れ出されて、外の世界を知ることになった。
しかしそれでも同胞から拒絶されたトラウマが消えないのだろう。それをどうにかしない限り、スランプが続くのかもしれない。
考え込みそうになるが、アレンはそこでハッとする。
気付けば場の空気が冷え切っていた。誰もひと言も発しないし、身じろぎもしない。のんきなルゥですら、居心地悪そうに隅で丸まって尻尾をパタパタさせている。
これでは夕食どころではないだろう。
「よし、湿っぽい話はここまでにしよう」
最悪な空気を払い飛ばすようにして、アレンは大きく手を打った。
全員の視線が集まる。そこでビシッと指示を飛ばす。
「ルゥ! 今日の獲物を持ってこい! 夕飯にしよう!」
『う、うん! ちょっと待ってて!』
ルゥが待ってましたと跳ね起きる。
そうして飛び出していくこと三分後。特大級の獲物を引きずって帰ってきた。
その異様な風貌に一同はギョッとして呻く。
「なんじゃこれえ……」
「おお、ヌエとは珍しい!」
ドン引きで背に隠れるリディをよそに、アレンは快哉を叫ぶ。
ヌエ。サルの顔、トラの胴に蛇の尾を持つ魔物だ。
キマイラの亜種で特定の地域にしか生息しない貴重な種であり、知能が高く、毒や雷を操るため討伐難易度もBプラスと設定されている。熟練の冒険者を三十人あまり集めてようやく討伐可能なレベルだ。
ルゥはほんの少しだけ土埃の付いた毛並みを整えながらドヤ顔する。
『ふふん。なんかピリピリするのを出したけど、ルゥの敵じゃなかったよ。こいつおいしい?』
「もちろん美味いぞ。高級レストランでも取り扱うような肉だからな」
難点は、ちょっと見た目がグロいだけだ。
アレンは腕まくりをしてヌエに向かう。
「それじゃあ早速捌くとするか。こういうのは鮮度が大事だからな」
「そ、その魔物さんを食べるんですか……? 本当に……?」
『ママは食べないの!?』
あわあわするシャーロットに、ルゥがガーンとショックを受けたように鳴く。
とたんにしゅんっとして尻尾を股の間に挟んでうつむいてしまう。
『ルゥ、せっかくがんばってとってきたのにな……』
「いえ! 食べます食べます! すっごくその……お、おいしそうですから!」
『えへへ、でしょー?』
「ううう……る、ルゥちゃんを悲しませるわけには……ううう」
ルゥがぱあっと顔を輝かせる横で、シャーロットは苦悶の表情を浮かべるのだった。
お子様たちがドン引きで見守るなか、アレンはヌエを手早く解体した。
魔物の肉は手順を間違えるとたちどころに腐ってしまう。それゆえ扱いづらく市場に出回る数は少ないのだが、アレンはその道のエキスパートである義母からしっかりと叩き込まれていた。この程度なら朝飯前である。
あっという間に肉の塊が出来上がる。それを小分けにして串に刺す。
塩コショウをたっぷり振って、たき火でじっくりと炙れば完成だ。
「よし、ヌエの串焼きができたぞ!」
「まさかのおいしそうな匂いがします……!」
シャーロットがごくりと喉を鳴らす。
串に刺さった肉はしっかり焼き色が付いており、香ばしくも野性的な芳香があたりに漂いはじめる。際限なく脂がしみ出しツヤツヤ輝くそれは、早く食べてと誘っているようだった。
それを見て、ナタリアがシャーロットの袖を引いて説得を試みる。
「ね、ねえさま、召し上がるのなら大魔王に毒味させてからの方がいいですよ」
『だめだよ! ルゥはママにいちばんに食べてほしいの!』
「……分かりました」
ルゥの言葉に、シャーロットは重々しくうなずいた。
アレンから串を受け取り、大きく息を吸い込んだあと……覚悟を決めたらしい。
「い、いただきます! あむ!」
「わあ!?」
肉の塊にかぶりついたシャーロットに、ナタリアとリディが悲鳴を上げた。
「ねえさまが大変なことに!? なにもそんな一気にいかなくても!」
「うわあ……ママ上は肝が据わっておるのじゃ……」
「大丈夫ですか、ねえさま! お気を確かに! この指は何本に見えますか!?」
「むぐ、もぐ……」
狼狽するナタリアだったが、シャーロットは難しい顔でゆっくり口をもぐもぐさせる。
口の周りは脂周りで、鼻の頭にも付いている。エヴァンズ公爵家のお抱えマナー講師が見たら卒倒しそうな食事マナーだ。
だがしかし、シャーロットの目がゆっくりとかがやきはじめる。
ごくんと飲み込んで、ひと言。
「おいしいです……!」
「へ?」
万感の思いを叫ぶと同時、また串へとかじり付いた。
今度はしっかり味わうようにもぐもぐしてから、興奮を露わに串をかざす。
「すごいです! ふわふわでトロトロで、それでいてしつこくなくて……全然臭いもないですし、これならいくらでも食べられちゃいそうです!」
「ふはは、シャーロットもこの味が分かるか」
アレンも軽く笑って自分の串を一口かじる。
シャーロットの言葉通り、脂のよく乗った肉は簡単にかみ切れて、口に入れた途端にほろほろと崩れていく。塩コショウを多めに振ったおかげで臭みも少なく、これなら獣肉に慣れない者でも食べやすいだろう。
「結局こういうのが一番うまいんだ。おまけに屋外で食べるとなると……非日常の開放感から、いつもの何倍もうまくなる!」
「な、なるほど、あむ。これが、あむあむ。キャンプご飯の醍醐味、あむあむ……というわけですね……もぐもぐ!」
シャーロットは真剣にうなずく。
その間も串焼きをもぐもぐしており、かなりお気に召した模様だ。
アレンは気を良くして、出来上がった串をメーガスらに差し出す。
「そら、おまえたちも食うがいい」
「俺たちは別に……」
「食事を必要としないだけで、食えないわけじゃないだろ。せっかくだしほら」
「は、はあ……ありがとさん」
兄妹は戸惑い気味に串を受け取って、顔を見合わせてちまちまとかじっていく。食事の必要はないが、岩人族も人間同様に味覚があるのだ。
ナタリアも半信半疑の様子で肉にかじりつき、ハッと目を丸くした。
「嘘のようにおいしいです……魔物は見た目によりませんね」
『ふっふっふー。みんな、もっとルゥのことほめてよね!』
「さすがはルゥなのじゃ。このもふもふは伊達ではないな」
リディがドヤるルゥのことを撫で回す。
こうして、ようやく和やかな夕食が始まった。
持ってきたパンと即席のスープを合わせると、それだけで豪勢な食事となる。このメニューだと酒がほしくなるところだが、子供がいるので今回は保留だ。
「ふう。ひとまず初日はまずまずだな……む?」
一息ついたところで、近くの茂みがガサガサと揺れた。
現れたのは岩人族……ではなくゴウセツだ。アレンを見つけてかぴーと頭を下げる。
『アレン殿。見回り完了いたしましたぞ』
「うむ、ご苦労。どうだった」
『やはり岩人族らが儂らの様子を窺っておりました』
ゴウセツはちらりと背後を振り返る。
その先に広がるのは闇に沈む深い森だ。
さまざまな気配が感じられるが、こちらに敵意を持つ者の存在は確認できない。
『どいつもこいつも儂を見るなり慌てて逃げ出しましてな。それゆえそのまま見逃しましたが……よろしかったですか?』
「それでいい。だが、引き続き警戒は続けておけ」
『もちろんでございます。しかしこの匂いはヌエですかな。ふぉっふぉ、口にするのは久方ぶりです』
ゴウセツはウキウキとたき火の方へと向かっていく。
さすがは年の功というか、兄妹の抱える事情をあらかた見抜いていたらしい。
ここに来てからずっとあたりに気を配り、夜の見張りも引き受けてくれた。
シャーロット誘拐事件のことはまだ許していないが、有能なお供であることは確かだ。癪ではあるが。アレンはまだ、ゴウセツを動物園に送り返すことを諦めていない。
そこでふと気付くと、賑やかなたき火から少し離れた場所にシャーロットがいた。
切り株に腰掛けて、木をくり抜いて作ったカップを手にしている。
スープをすすりながら、たき火を――その近くで言葉を交わすメーガスとマリオンを、ぼんやり見つめているようだった。
アレンはそっと近付いて声を掛ける。
「どうだ、美味かったか?」
「あっ……は、はい」
シャーロットは少しぎこちなくうなずいてから、ふんわりと笑う。
「お肉を焼いただけであんなに美味しくなるなんてびっくりです。これがキャンプなんですね」
「ふっ、まだまだこんなものじゃないぞ。他にもやることはいっぱいあるからな」
「本当ですか? 楽しみにしていますね」
アレンが冗談めかしてニヤリと笑うと、シャーロットはくすりと笑う。
それからふたりの間に沈黙が落ちる。子供たちがはしゃぐ声をどこか遠くに聞きながら、アレンはそっと問う。
「思うところがあるようだな」
「……はい」
シャーロットは少し迷った末にうなずいた。
膝の上に置いたカップに目を落とし、ぽつりぽつりと思いを吐き出す。
「マリオンさんもメーガスさんも、怒っていいはずじゃないですか。それなのに理不尽なことを受け入れていて……でも、私みたいな部外者が口を出せることじゃないし、それがとってももやもやして……っ!?」
堰を切ったように語り出したかと思えば、途端にシャーロットはハッとして口をつぐむ。
真っ青な顔でアレンを見つめて叫ぶことには――。
「アレンさんも私に、こんなもやもやを抱いていらしてたんですか!?」
「お、おう。今ごろ気付いたのか」
以前のシャーロットも似たようなものだった。
自分を虐げたものたちを恨むどころか、現状を受け入れて耐えようとする。そんな姿を間近で見守り、アレンは胃を痛めたものである。
そして今、そのアレンの立場にシャーロットが立ったようだ。
シャーロットは真っ青な顔のまま、深々と頭を下げる。
「その節は本当にご心配をおかけしました……」
「謝られるとは……あのころから比べるとずいぶんな進歩だな」
アレンはシャーロットの頭をぽんぽんと叩く。
謝罪がほしかったわけではないが、成長を感じて心があたたかくなった。
「おまえなら分かるだろう、これはなかなかの難問だ。仮に俺が岩人族全員をぶっ飛ばして『マリオンへの不当な扱いを謝罪しろ』と土下座を強要したとして……どうなると思う?」
「な、何の解決にもなりません……」
「その通り。むしろ話が拗れるだけだ」
アレンたちはスッキリするかもしれない。
だが、当事者のマリオンはどうだろう。
傷付いた心が、そんなことで晴れるとはとうてい思えない。
結局のところこれもシャーロットのときと同じなのだ。
「これはマリオンたちの問題だ。俺たちには見守ることしかできないんだ」
「……見守るだけじゃありません」
シャーロットは少し考えたあと、首をゆっくりと横に振った。
顔を上げて、アレンに力強い眼差しを向ける。
「そばで支えて力になることはできます」
「ほう? 言うようになったじゃないか」
「アレンさんに教えていただきましたから」
シャーロットはいたずらっぽくクスクスと笑う。
アレンはずっとシャーロットのことを見守り、そばで支えてきた。
今度はシャーロットの番らしい。
「そうですね、私は私にできることをするまでです。そうと決まったら……よし!」
シャーロットは両手でぱちんと頬を叩き、すっくと立ち上がる。
そうしてその勢いのままマリオンのそばまでずんずん進んでいって――。
「マリオンさん!」
「ふぇっ!?」
突然声を掛けられて、マリオンの肩がびくりと跳ねた。
あわてて振り返って目を丸くする。
「な、なあに、シャーロットさん」
「もっとお肉を召し上がりませんか? どんどん焼くのでご遠慮なく!」
「えっ、ええええ、急にどないしたん……? でも、よかったらいただこかな……」
「分かりました! お任せください!」
シャーロットはやけに張り切って、残った肉の串を焼いていく。
それをマリオンは興味深そうに見つめていて……少しだけその目に光が戻っていた。
メーガスがため息交じりにアレンを振り返る。
「あんた……お嬢ちゃんに何か言っただろ」
「別に何も。それより明日から忙しくなるぞ、覚悟しておけ」
「へいへい、分かってますよ」
アレンがぶっきら棒に言うと、メーガスはやれやれとばかりに肩をすくめた。
続きはまた来週。今日滅茶苦茶忙しくて水曜名の失念していました。一週間早くね!?
本日はアニメ五話放送です。温泉水着サービス回です。





