式場決定!
「ふむ……なるほど?」
オーギュストと名乗った初老の男は、アレンと、その背のシャーロットを見比べる。
獲物の動向を探る鷹のような目だ。しかしすぐにその危険な色はなりを潜め、にっこりと愛想のいい笑みを浮かべてみせる。
「式場見学のお客様とお見受けするが……なぜ、よりにもよってこんなボロ教会に来たんだい?」
「たまたま目に付いたからだ」
アレンはふんっと鼻を鳴らす。
どうも油断ならない男である。横柄な態度を崩すこともなく無碍に言い放つ。
「俺たちがここに来たのと、貴公とにいったい何の関係がある。詮索はやめてくれ」
「残念ながら関係大ありなんだよねえ」
オーギュストは口ひげを撫でながらくすりと笑う。
そこで、陰に隠れていたハレルヤがこそこそと補足した。
「オーギュストさんは、いくつもの式場を抱えるオーナーさんなんです。規模的に、おそらくこの街で一番かと……」
「ついでにしがない金貸し業も営んでいてね。ハレルヤさんとは懇意にさせてもらっているよ」
「あ、あはは……ソウデスネ……」
にこやかなオーギュストとは対照的に、ハレルヤは顔を強張らせて視線を逸らす。
つまるところ、彼女が金を借りているのがこの男なのだろう。
オーギュストはボロボロの教会を見回して、再度目を光らせる。
「いやはや、建物はともかくとして……やはり土地としては申し分ないな」
小声でぼそっとこぼすのは、そんな経営者視点で。
遠からず、借金のかたとして差し押さえる気満々なのだろう。
あからさまなその思惑を包み隠しつつ、男は懐からパンフレットを取り出す。
「そういうわけで、結婚式を挙げるならぜひうちの会場を。海辺の教会がお好みなら、ちょうど一番オススメのがあるよ。ブラン・カンパニー自慢の式場だ」
「あっ、先ほど見学に伺ったところですね」
シャーロットが目を丸くする。
そこに記載されていたのは、たしかに見覚えのある式場だった。
アレンは渋い顔をするしかない。
「あの、ギラギラした式場かあ……」
「派手なのはお嫌いかい? 地味なのももちろんいいが、やはり主流はこういうものだよ」
老紳士は髭を撫で、高説を説くように言う。
「結婚式というのは、いかに金と手間をかけるかだ。そうすることでいかに今幸せか、いかに今後の生活が安泰かを見せつけることができる」
「ふむ、一理あるだろうがな」
金と手間なら惜しむつもりはない。
だがしかし――。
「うちに任せてもらえればとびきり豪華絢爛な式ができるよ。どうだい、お嬢さん。うちならこんな素敵なドレスも着れちゃうんだからね。特に一番高価なドレスはこれだ」
「わあ、ふわふわのファーが可愛いですね。とってもあったかそうです」
「ふふふ、そうだろう? 何せこいつはフェンリルの毛だからね」
「へえ、フェンリルですか……フェンリル!?」
シャーロットが裏返った声を上げる。
パンフレットには金に輝く毛皮をあしらった贅沢なドレスが描かれていた。
目を丸くして固まるシャーロットに、オーギュストはとくいげに続ける。
「禁猟法ができるより、はるか昔に作られたドレスでね。今じゃもう正規のルートでは手に入らない逸品だ。きっとお嬢さんに似合うと思うんだが、いかがかね?」
「ダメです! それだけは絶対に着られません!」
「おや、フェンリルはお嫌いかい? それじゃあとっておきのレアものを出そう。このティアラは、名のある地獄カピバラの歯を加工したもので――」
「も、もっとダメです!」
シャーロットはぶんぶんと首を横に振った。
どちらも一般人にとってはレアものだが、シャーロットにとっては特大級の地雷である。そんなことに予想もつかないオーギュストは「そうかね? どちらもいい品なんだがなあ」なんて首をひねっている。
(そんな代物を身につけたら、あいつらが絶対に落ち込むもんなあ……)
ますます遠ざけたい式場だった。
もっと言えばこの男も気に入らないし、世話になるのはごめんである。
「っ……そうだ!」
そこまで思案を巡らせて、アレンはぽんっと手を打つ。
導き出した答えは極めてシンプルなものだった。
「俺たちの手で、式場から何から全部取り仕切ればいいんじゃないか!」
「はあ?」
オーギュストはぽかんと目を白黒させる。ハレルヤも同じような反応だ。
しかしアレンにしてみれば当然の帰結で。
あごに手を当ててうんうんとうなずく。
「気に入った式場がないのなら俺たちで用意すればいい。ドレスも指輪も料理も、何もかもだ。そうすれば全部好みのもので進められる!」
自分たちの事情はいささか特殊だし、他人に頼るより断然いいだろう。
「そうは思わないか、シャーロット!」
「凝り性なアレンさんらしいですね……」
シャーロットは口元に手を当てて苦笑する。
そうは言いつつも、アレンがそう言い出すのを予想していたらしい。ぐっと拳を握って、にこやかに言う。
「でも、とっても楽しそうです。ぜひともやりましょう!」
「ならば話は決まったな。アドバイザーは当初の予定通りハレルヤだ! 頼んだぞ!」
「へっ、ええええ!?」
ぽかんとしていたハレルヤだが、突然の指名にすっとんきょうな声を上げる。
「し、式場を用意するって……いったいどうするおつもりなんですの?」
「もちろん、ここを直して使わせてもらうんだが。ダメか?」
「無茶です! 費用がいくらかかるかご存じですの!? それこそブランさんのところで挙げる結婚式費用とは桁違いですわよ!」
「それくらい俺が用意するとも。ああ、別途報酬ももちろん出すから心配するな。えーっと、全部込み込みでこれくらいでいいか?」
「これくらいって気軽に……ひぃっ!?」
懐から取り出した小切手に、さらさらと数字を何桁か書き連ねる。
それを突きつけた瞬間、ハレルヤの顔が完全に凍り付いた。
とりあえず小国の国家予算並を提示してみたが、足りなかったのだろうか。そのへんのすり合わせはおいおいしていくとして――。
「……ふ」
オーギュストがため息交じりに笑みをこぼした。
パンフレットを懐に戻し、かわりに取り出すのは一枚の名刺で。
「振られてしまったのは残念だが、そういうことなら経営者の視点でアドバイスできるかもしれないね。もしも困ったことがあったら連絡しておくれよ」
「しつこいな……貴殿を頼るようなことは万に一つもないぞ」
「まあまあそう言わず。はい、どうぞお嬢さん」
「あっ、ご丁寧にありがとうございます」
アレンがてこでも受け取らないと判断したのか、オーギュストは名刺をシャーロットに押し付けた。ぺこぺこ頭を下げるシャーロットに目を細めてから、彼はあごに手を当てて唸る。
「なんとも大胆な若者だな。若い頃の私を見ているようだよ」
「そういうセリフがすっと出るのは老人の証だぞ」
「ははは、老いを認めてこそ人生は輝くのだよ」
オーギュストはウィンクを飛ばし、帽子を被り直す。
そうしてひらりと片手を振って踵を返した。
「じゃあまたね、ハレルヤくん。そういう事情なら今月の支払いは待ってあげるよ。教会を立て直せるといいねえ」
「は、はい! ありがとうございます!?」
ハレルヤはぺこぺこと頭を下げてそれを見送った。
シャーロットも目を瞬かせながら、もらったばかりの名刺に目を落とした。
「なんだか変わった人でしたね」
「そうか? ただの暇な成金だろう」
アレンは肩をすくめるだけだ。
とはいえ、おかしな闖入者のおかげで話はまとまった。
教会を修復し、ドレスや指輪などなどを完璧に揃え上げる。オーギュストの言うとおり、素人にはかなり大変な道のりになることだろう。
だがしかし、困難な道ほど燃えるというもの。
「これから忙しくなるな。ひとまずやるべきは……」
アレンはしばし考えをまとめ、とりあえずの方針を下す。
「よし、手近なダンジョンに行ってくるか」
「へ?」
本日はコミカライズ更新日!いつもより花が咲いております。
私的な事情により、なろう版の次の更新はちょっと間が空くと思います。申し訳ない。
次のコミカライズ単行本発売時期に更新できるといいな……!





