二百一話 ワケあり貧乏教会①
前回までのあらすじ・教会で謎の女性に遭遇。
見学に来たのだと告げると、ハレルヤはますます顔を輝かせて喜んだ。
アレンとシャーロットの手をがしっと握って、感極まったようにぶんぶんと振る。
「大切な門出にうちを選んでいただけるなんて、とっても光栄です! ありがとうございます!」
「いや、むしろ無断で立ち入ったりしてすまなかった」
「かまいませんわ。どのみち教会がこんな状態では……中も外も関係ありませんし」
ハレルヤはおっとりと、それでいて少し陰のある苦笑を浮かべてみせた。
実際のところ、庭も雑草が幅を利かせていて教会の中と大差ない荒れ具合だ。
そんな様子をあらためてまじまじと見て、アレンは小首をかしげて唸る。
「この教会はどうしてこんなふうに荒れているんだ?」
「海も見えて、とっても素敵なのに……」
シャーロットも残念そうにうなずく。
荒れ果てた庭の向こうには、真っ青な空と海とがどこまでも続いている。遮るもののないその光景は、手入れさえされていれば絶景と呼んで相応しいものだった。
それに、ハレルヤは弱々しくかぶりを振る。
「お褒めにあずかり光栄ですが……今、この街は空前の派手婚ブームなんです」
大人数を招き、ド派手な余興を交えた式が流行なのだという。
しかしそのためには大規模な式場や多くのスタッフが必要で……中小規模の式場は、どうしても岐路に立たされてしまっているらしい。
「うちは見ての通りの弱小結婚式場でございますから。お客様がなかなかつかなくて、管理費すら賄えなくなってこの状態なんです」
「ま、魔法で直すとかはダメなんですか? アレンさんが、よく割れたカップなんかを直してくださいますけど」
「あれは応急処置だ。長期的な解決には向かん」
修復魔法を使っても、元通りというわけにはいかないのだ。物の耐久性がわずかに下がり、同じ場所が破損しやすくなるのだ。
そのためこうした建物には、きちんと金をかけた管理が必要となる。
「潮風による劣化も考えねばならんし、これは相当費用がかかるだろうな」
「世知辛いお話ですね……」
シャーロットは顔を青くして身震いするが、アレンは納得だ。
先ほど見学したギラギラした式場に比べれば、こちらの教会はどれだけ立派に飾ろうともはるかに地味だ。流行の真逆となれば経営がたち行かなくなるのも当然だった。
ハレルヤも現状を受け入れているのか苦笑するばかりだ。
「会社も、今や社長の私ひとりしか残っていないんです。それであちこちバイトに出て、最低限の保全に勤めているところでして」
「天翼族のアルバイトか。この街なら引く手あまただろうな」
「ええ。司会からプランナーから、あちこちに呼んでいただいておりますわ」
幸福の象徴とされる天翼族。そんな彼女に仕事を任せたい者は当然多いことだろう。
ハレルヤは胸に手を当てて、柔和に微笑んでみせる。
「バイト三昧のおかげで、この街の式場には人一倍詳しいんです。よろしければおふたりに合った式場をお教えいたしましょうか?」
「それは助かるが……いいのか? 客に商売敵を紹介することになるだろうに」
「かまいませんわ。どのみち、うちがこの状態では挙式は無理でございましょう?」
ハレルヤは荒れ果てた教会をそっと見やる。
その目にはかすかな陰が落ちていたものの、それを振り払うようにしてかぶりを振ってからにっこりと笑った。
「おふたりに満足いく式を挙げていただくことが最優先ですわ。ぜひとも強力させてくださいまし」
「……感謝する。シャーロットもそれでいいか?」
「はい! ぜひとも宜しくお願いします」
「もちろんですわ。では、軽くおふたりの馴れ初めなどをお聞かせいただいても?」
そう言って、ハレルヤは懐から分厚い手帳を取り出してみせた。
革張りのカバーは使い込まれてくたびれており、付箋がびっしりと貼られている。それだけでも彼女がどれだけこの業界に真摯に向き合っているかがよく分かった。
そういうわけで、アレンはハレルヤを信頼してシャーロットとの馴れ初めを語った。
どうやら彼女もドロテアの本を読んだらしく、その当事者だと知ると大いに驚かれた。
「そういうわけで、改めてちゃんとした式を挙げようかと……うん? どうした、ハレルヤ」
「ハレルヤさん?」
「……」
あらかたのことを語り終えたあと。
気付けばハレルヤは深く俯いていた。胸の前で手帳をぎゅっと抱きしめて、細かく肩を震わせている。
その尋常ならざる様子に、アレンとシャーロットは首をかしげるしかない。
ともかく肩を叩いてみるのだが――。
「おい、ハレル――」
「と……尊さ大爆発ですわああああ!」
「うわっ!?」
突然、彼女が奇声を上げた。
ビクッとするこちらにはおかまいなしで、出会い頭同様に捲し立ててくる。先ほどもやけにヒートアップしていたが、今回はその比ではなかった。目を異様に爛々と輝かせながら、近くの柱の陰をガサゴソと漁り――。
「こちら、この教会を建て直すために続けていた隠し貯金なんですけれども……! いいラブストーリーを聞かせていただいたお礼に、ぜひともお収めくださいませ!」
「受け取れるか!」
ずいっと差し出された貯金箱を、アレンは断固として突き返した。
箱にはコインが詰まっているらしく相当な重さだった。おそらくすべて金貨で、彼女の全財産と言っていいだろう。
突っ返されるとハレルヤはハッとして正気を取り戻す。
「はっ、またやってしまいましたわ……! わたくし尊いカップル様に出会うと、おひねりを差し上げたくて仕方なくなる癖がございまして……」
「おまえ、その癖のせいで経営資金が足りないのでは……?」
「ご無理はいけませんよ……?」
シャーロットも引き気味に諭す始末。
聞けば教会が現役のころには、貧乏カップルに無料で式を挙げさせてやったこともあるという。それも一度や二度でないらしい。
(社長がこの調子なら、教会がここまで荒れるのも当然か……)
ハデ婚ブームが訪れなくても、遅かれ早かれこうなっていただろう。
ジト目を向けるアレンに気付いてか、ハレルヤは咳払いをしてからキリッと胸を張る。
「わたくしども天翼族は人の感情を糧とする種族です。中でも幸福の感情は至高のご馳走で……ですから、わたくしがおひねりを渡そうとするのは、皆さまがレストランで料金を支払うのと同じようなもの。ご心配はいりませんわ」
「だが、そのせいで教会がこうなったのなら本末転倒では?」
「うぐうっ……いいんです! バイトでもお腹は膨れますから!」
ハレルヤは言葉に詰まりつつも威勢よく叫んでみせた。
天翼族は他者の感情エネルギーを取り込み、栄養とする。そのためか、慈善事業に精を出す者が非常に多いらしい。それにしたってハレルヤは限度を超えている気がした。
じゅるりと生唾を飲み込みつつ、ご馳走を前にしたように口元をぬぐう。
「ふふふ……中でもおふたりのラブは極上ですわね。お互いを想い合っているのがよーくわかります。例えるならフルーツ満載のパンケーキに、生クリームと蜂蜜を樽でぶっかけ、そこに粉砂糖を山と振りかけたような激甘ぶりですわ……!」
「食レポはやめろ。あと、それは摂取しても大丈夫なのか……?」
「よく訓練された天翼族でなければ成人病まっしぐらですわね。わたくしは幸いにしてそれなりに生きて場数を踏んでおりますので、あとで胃腸剤をガバガバ飲めば胃もたれしないと思いますわ」
「どのみち死ぬほど体に悪そうだなあ……」
「そ、そこまで甘々なんですね、私たちって……」
アレンは顔をしかめるしかないし、シャーロットも頬を染めてもじもじするばかり。
しかしハレルヤはますます輝かせるのだ。
「とにもかくにも! わたくしはおふたりの式を応援して――」
ふたたびヒートアップした、そこで――。
「ほう?」
揶揄するような静かな声が教会に響いた。
その瞬間にハレルヤの笑顔がぴしっと見事なまでに凍り付く。
教会の出入り口には新たな人物が立っていた。
口元に灰色のヒゲを蓄えた、見たところ六十代ほどの老紳士だ。
帽子を目深に被り、肩に毛皮のコートをかけている。手にする杖の頭にはヘビを模した装飾が施されており、身に纏うすべてが一級品だ。
老紳士は帽子のつばをかすかに上げて、黒鳶色の目を細めて笑う。
「これは珍しい。このようなオンボロ教会にお客人とはねぇ」
「ひええっ……!?」
ハレルヤはゆっくりと振り返り、男の顔を見るなり飛び上がった。
そのまま真っ青な顔で長椅子の陰にささっと隠れてしまう。椅子はボロボロだし、羽根を出したままだしで、まったく姿を隠せていない。それが理解できないほどの本気の怯えようだった。
アレンはシャーロットを背に庇いつつ、老紳士と対峙する。
今度は管理人ではなさそうだった。
「何者だ?」
「なに、そう警戒しないでおくれ。しがない金貸しだよ」
紳士は帽子を脱いで軽く会釈する。すると、くすんだ灰色の髪が露わとなった。加齢によるものなのか生来のものなのかは判別がつかない。
それでも浮かべる笑みも振る舞いも、どこまでも洒脱で貫禄があった。
(信用ならない男だな……)
アレンが眉をひそめると、紳士もまた笑みを取り払った。
まじまじとこちらの顔を見つめてから、あごに手を当てて首をひねる。
「失礼ながらお客人。貴殿とは、昔どこかで会ったかな?」
「はあ? まったくの初対面だぞ」
「おかしいねえ。仕事柄、人の顔は記憶するようにしているんだが……ふむ」
老紳士は口をつぐみ、またしばしアレンをじっと凝視した。
その視線に居住まいの悪さを覚えたものの、適した抗議の言葉が見つからずアレンはますます眉間にしわを寄せることしかできなかった。
やがて老紳士はもとの笑みを浮かべ、右手を差し伸べてくる。
「まあいい。オーギュスト・ブランだ。よろしく頼むよ、怖い顔の若人クン?」
「結構だ。良好な関係を築く必要性を見いだせん」
それをアレンはじろりと睨むだけだったが――。
「……?」
背後のシャーロットが、なぜか小首をかしげたようだった。
続きは第三木曜日!
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