二十話 嵐を呼ぶ闖入者③
エルーカはシャーロットの手をぎゅっとにぎって、大きな目をうるませる。
「これまで大変だったでしょ……! よく頑張ったわね、私にできることがあったらなんでも言ってちょうだい! 全力で協力しちゃうんだから!」
「あ、ありがとうございます……?」
シャーロットは戸惑いながらも、おずおずとうなずく。
「あの……私のことを追い出したりとかしないんですか?」
「えっ、なんで?」
「だってあの、自分で言うのもなんですけど……私、すっごく怪しいですよ?」
「でも、おにいが信じたんでしょ?」
エルーカは小首をかしげる。
そうしてからっとした笑顔を浮かべてみせた。
「だったら大丈夫よ。おにいはこんなのだけど、悪人を見分ける嗅覚だけはマジで犬並みだから」
「褒めるならもっと直球に褒めろ」
アレンはエルーカをジト目でにらむしかない。
会うのは一年ぶりくらいだが、相変わらず兄に当たりがきついし、アレンに似て純度の高いお人好しだ。変わっていなくて安心した。
「で、本当の用件はなんなんだ?」
「直球に言って、おにいを連れ戻しに来たんだけど……」
そこで言葉を切って、エルーカはシャーロットにぎゅーっと抱きつく。
「もうそんなのどうでもいいわ! あたしもシャーロットちゃんを可愛がる! イケナイことを教えちゃうんだから!」
「ええ……ひょっとして居座る気か」
「当然でしょ。どのみち、こっちの地方の調査も兼ねて来たんだし」
「調査……ですか?」
小首をかしげるシャーロットに、エルーカはにこやかに告げる。
「うん、あたしこう見えて魔法道具技師見習いなの。魔材系のね」
「ま、ざい……?」
「まあ要するに、魔物の骨とか皮を使った魔法道具ってこと。だから世界中を飛び回って素材を集めてるんだー」
魔法道具は様々な種類が存在する。普通の道具に魔法を込めただけのものや、魔物の素材を使って威力を高めたもの、自然発生的にできるもの……などなど。
エルーカはざっくり説明するが、シャーロットは目を白黒させるばかりだ。どうやら魔法関連の話にはきわめて疎いらしい。
「ひょっとして、魔法について全く知らないのか?」
「べ、便利なものとしか……不勉強ですみません」
シャーロットはしゅんっと肩を落としてしまう。
家では花嫁修業と家事ばかりだと言っていたし、魔法なんて学ぶ機会はなかっただろう。
そんな彼女を励ますように、エルーカはからっと笑ってみせる。
「逆に教えがいがあるってものよ! おにいも腕が鳴るでしょ、昔取った杵柄ってやつ?」
「昔……?」
「ええい、俺のことは今はいいんだ」
アレンはため息をこぼしつつ、手を軽く振る。
そのついで、エルーカをじろりとねめつけた。
「居座るのは結構だがな。おまえがシャーロットにイケナイことを教えこむだと? はっ、笑わせるな」
「むっ、どういう意味よ」
エルーカが顔をしかめるが、アレンは口の端を持ち上げて不敵に笑う。シャーロットの後ろに立って、彼女の肩をぽんっと叩き――。
「シャーロットに、一番上手にイケナイことを教えられるのはこの俺だ! 先ほど知り合ったばかりのおまえに出る幕はない!」
「なにをー!?」
「えっ、えっ?」
シャーロットは目を丸くしてふたりの顔を交互に見やる。だがしかし、エルーカは頭から湯気を立ててアレンと睨み合うのだ。
「女には女にしか教えられない悦びってものがあるのよ! あたしのイケナイことテクニックで、シャーロットちゃんを骨抜きにしてやるんだから!」
「馬鹿を言え! 俺は四六時中シャーロットに教えるイケナイことについて考えているんだぞ! 俺に敵うわけがないだろう!」
「これ、いったいなんの話なんですか……?」
渦中のシャーロットは首をかしげるばかりだが、兄妹のにらみ合いは続く。ふたりとも、これ以上言い争いをしても埒が明かないとわかっていた。
「だったら……勝負といこうじゃない」
「はっ、懐かしいな。久々にやるか」
ふたりはどちらともなく拳を突き出し……ぶつけ合う。
「どっちがシャーロットにイケナイことを教えられるか……勝負だ!」
「望むところだぁ!」
「えええ……」