百九十二話 教えてくれたもの③
そんなリディを見やって、フランクは力なく笑う。
「ふっ……ご先祖様があれほど探し求めていた聖女様が、まさかこんなに可愛らしいお嬢さんだとは。体を乗っ取られている間には、まるで考えもしなかった」
「お父様……」
シャーロットは傷ましげに父の顔をうかがう。
つとめて明るく声を掛けるのだが――。
「でも、本当によかったです。お父様が元に戻って」
「……もう遅いよ」
フランクは顔を覆ってうなだれてしまう。
手近な椅子に腰掛けて、彼は震えた声を絞り出した。
「私が初めて異変に気付いたのは、シャーロットが生まれる前だ……」
彼は貴族の身でありながら、メイドのひとりに恋をした。
祝福されない恋だと分かっていたが、何とか彼女を妻として迎えようと画策していた。
そんなある日のこと、彼は己の中に知らない誰かがいることに気付いたという。
「私は自分が恐ろしくなった……だから危害が及ばないよう、マリアを遠くに逃がしたのに……その結果がこれだ。迎えに行くどころか、彼女の死に目にも会えず、娘が苦しんでいるのが分かっていても、何も出来なかった」
顔を覆うその指の隙間から、小さな雫がしたたり落ちる。
それはまさに、彼が失ったすべてだった。
「私は取り返しのつかないことをした。償っても、償いきれん」
「……ずっと不思議だったんです」
そんな父に、シャーロットは静かに語りかけた。
「お母さんが生きていたころ、お父様のことを『優しい人』だって教えてくれたんです。でも、実際に会えたお父様は、冷たい目で私を見るだけで……」
シャーロットが言葉を切ると、フランクが涙に濡れた顔を上げる。
親子はじっと見つめ合う。
やがてシャーロットが、か細い声で問いかけた。
「お父様は、お母さんのことを……今でも愛してくれていますか?」
「……もちろんだ。一日たりとも、忘れたことはない」
「それを知ることができただけでも、私はとっても嬉しいです」
シャーロットは父の手を握りしめる。
ゆっくりとかぶりを振ってから、明るい笑顔を向けた。
「償いなんていりません。ただ……いつか、お母さんに会いに行ってあげてほしいんです」
「っ……私なんかが、行ってもいいのだろうか」
「もちろんです。ずっと会いたがっていたから、きっと喜んでくれると思います」
シャーロットの言葉に、フランクは息を詰まらせる。
しばし彼は考え込んでから、目尻の涙を乱暴に拭った。そうして、自分を奮い立たせるようにして力強くうなずいた。
「分かった。近いうちに必ず行こう。もしよければ……そのときは、一緒に来てくれないか。シャーロット」
「はい。よろこんで」
シャーロットもにこやかに首肯する。
そんな親子に、アレンは咳払いを挟んで話しかけた。
「エヴァンズ卿、前世症候群は正式な病として国際的にも認定されている。貴殿が失った十年という時間はあまりにも大きいが……まあ、だから何だ」
続けるべき言葉がうまく見つかられずに言い淀む。
結局、アレンは直球を投げた。
「やり直したいというのなら、俺が手を貸す。そう気を落とさないでくれ」
「……ありがとう、アレンどの」
フランクはまた深々と頭を下げる。
次に彼が顔を上げたとき、そこにはどこか晴れやかな笑みが浮かんでいた。
「シャーロットの隣にいたのが、きみのような青年でよかったよ。安心して娘を任せられそうだ」
「う、うむ。死力を賭して任されよう」
「お、お父様ったら……」
ぎこちなくうなずくアレンの隣で、シャーロットはぽっと頬を赤くした。まったく期せずして恋人の親と顔合わせが済んでしまったことになる。
甘酸っぱい空気が満ちる中、ナタリア、リディ、ゴウセツが渋い顔を見合わせた。
「おとうさま……人を見る目がないんですね」
「弱ったところにつけ込むとは、さすがはリディのパパ上なのじゃ」
『相手はシャーロット様のお父上ですからな。取り入ってなんぼという算段でございましょう』
「おいこら。聞こえているぞ、おまえたち」
そういうわけで、エヴァンズ卿は新しい一歩を踏み出すこととなった。
とはいえまだしばらくは心身の療養が必要だ。アテナ魔法学院へと戻る際、ナタリアは胸をどんと叩いて宣言してみせた。
「とうさまは引き続きわたしが見張ります。何かあったら連絡しますのでご安心を」
「ううっ、ナタリアもすっかり立派になって……! 親がなくとも子は立派に育つというのは真なのだな……」
「だ、だから泣くのは禁止です! 面倒を見る身にもなってください! ほら、ハンカチ!」
また涙を流しはじめる父のことを、ナタリアは文句を言いつつ面倒を見ていた。
まだぎこちない親子だが、何だかんだで息は合っているらしい。
そんなふたりを横目に、リディはアレンの服を引いて頼み込んだ。
「のう、わらわもまたアテナ魔法学院について行ってもよいかのう」
「かまわんが、調書はもう作ったんだろう?」
「用があるのは学院ダンジョンじゃ。ナタリアと一緒に攻略途中でのう! ラスボスとの決着を残したままでは、ぐっすりお昼寝もできぬ!」
「ああ、アレン。リディさんの入学願書でしたら、いつでも手配しますからねー」
「……とりあえず、一度町の学校で様子見させてもらえるか?」
そういうわけで賑やかな面々は学院へと帰っていった。
また平穏な日々が舞い戻った。それゆえ、アレンはシャーロットを墓参りに誘ったのだ。
(思えばここまで長かったな……ようやく連れて来られた)
濡れ衣が晴れたとはいえ、シャーロットは国家を揺るがす一大スキャンダルの主役だ。
好奇の視線は免れまい。だから、この墓参りはお忍びだ。
竜宮郷の主、ヴィノスの力を借りたのだった。
一連の捕り物騒動が終結して、あの後すぐ竜宮郷まで謝礼に行った。
そのときはすでに長命種ネットワークで事件のあらましを知っていて――。
『やはりクロフォード様は立派なお方だったんですね! 私の目に狂いはありませんでした! 今後ともお役立ち魔法の伝授、よろしくお願いします!』
『なあ……おまえほどの力の持ち主なら、アイスやココアの魔法なんか児戯にも等しいんじゃないのか?』
『いえ、ああいう細々した魔法を編み出すのって苦手で……大地を洗い流したり、凍り付かせたりなんかは得意なんですけど』
『スケールがおかしい……』
照れたように笑う彼女に、アレンは言葉を失うしかなかった。
ともかくヴィノスから、世界各地にちらばる魔方陣ゲートを貸してもらったのだ。
屋敷からこの近くの森まで一瞬でたどり着いたので、先ほど老人に声をかけられるまで人に会うこともなかった。
今はまだ、こうしてこそこそと隠れる必要がある。
だが、そのうち世間はこの事件のことを忘れるだろう。
(次は……ショートカットなしでここまで来てもいいかもしれないな)
そんなふうにして物思いに沈んでいる間にも、シャーロットの報告は締めくくりへととさしかかっていた。
「たくさん辛いこともありました。でも、どうか心配しないでください。お母さん」
シャーロットは墓前でしゃがんだまま、アレンのことをそっと見上げる。
柔らかな笑みを浮かべて――胸を張るようにして言い放った。
「今の私は……世界で一番、幸せですから」
「シャーロット……」
それにアレンは胸が締め付けられた。
墓前に膝をつき、万感の思いを口にする。
「母上。俺は必ずや、シャーロットを幸せにし続ける。だから、どうか見守っていてくれ」
「……ありがとうございます、アレンさん」
そのままふたりは並んだまま、しばし無言で祈りを捧げた。
やがて、シャーロットが悪戯っぽくはにかんでアレンの顔をのぞきこむ。
「それじゃ、今度は私がアレンさんを幸せにしなきゃいけませんね。そうじゃないと、平等じゃありませんから」
「何を言う。そんなのはもう今さらだ」
アレンはそれにニヤリと笑う。
シャーロットに出会えたからこそ、自分の人生は激変した。
クロフォード家に引き取られ、魔法を学んできたこれまでが退屈だっとまでは言わない。だがしかし、毎日の輝かしさは比べものにならないものだ。
「俺はもう幸せだ。おまえを好きになってからずっと、な」
「アレンさん……」
それが嘘偽りのない、アレンの本心だった。
冷たい風が墓所を駆け抜けた。
それでもふたりの間に生まれた熱いものは、わずかにも揺らぐことはない。
アレンは心の底から、この時間がずっと続くことを願い――。
「む……?」
そこで、かすかに頭が痛んだ。
「アレンさん、どうかしましたか?」
「いや、何でもない。少し立ちくらみがしただけだ」
アレンはかぶりを振る。
頭痛はたった一瞬で、体調にも目立った変化はない。
不思議に思いつつも気候のせいと判断した。あまり長居してはシャーロットも風邪を引いてしまうだろう。先に立ち上がって、出入り口を指し示す。
「そろそろ行くか。風も出てきたことだしな」
「はい。お母さん、次はお父様と一緒に来ますね」
シャーロットはぺこりと頭を下げた。
そのままふたりして墓所を後にすると、途端にして様々な音が聞こえてくる。鳥のさえずりや小川のせせらぎ……風も先ほど感じたものより力強かった。
シャーロットは墓所を一度振り返ってから、アレンにそっと笑いかける。
「連れて来ていただいて、本当にありがとうございました」
「なに、気にするな。ことが落ち着き次第、すぐに来ようと思っていたからな」
アレンは鷹揚に答えてみせた。
連れて来たかったのは本当だ。晴れて恋人となってからは、きちんと挨拶しなければという使命感も抱いていた。ひとまず達成できたのでほっとしているくらいである。
「それに、俺はクロフォード家に引き取られるまでのことをほとんど覚えていないんだ。実の親の顔も知らないし、故郷がどこかも分からない」
「そ、そうだったんですか……」
シャーロットはわずかに口をつぐんだ。
少し無言で考え込んでから、静かに問いかけてくる。
「知りたくなったりしないんですか……? 本当のご両親のこととか」
「今はまったく。叔父上も話したくない様子だったからな」
一度だけ興味本位で聞いてはみたが、ハーヴェイは言葉を濁すだけだった。
ろくな人間ではないのだろう。もしくはすでに亡くなっているか。
それでアレンはすっぱり興味を失ったのだ。
神妙な面持ちをするシャーロットに、悪戯っぽくニヤリと笑う。
「だから、こうした帰省は初めてなんだ。俺にもせいぜい満喫させてくれ」
「はい! それじゃ、精一杯案内しますね。昔はあっちの方に住んでいたんですよ」
「それなら少し歩くとするか。どうせルゥたちもしばらく帰ってこないだろうし」
こうしてふたりは田舎道を歩くこととなった。
続きは明日更新します!
原作&コミカライズ三巻は7/2発売!次にくるマンガ大賞への投票もよろしくお願いします!





