百九十一話 教えてくれたもの②
そんな決意をアレンがしみじみと抱いていると、老人はびしっと人差し指を向けてくる。
「ともかくシャーロットちゃんを幸せにすることだぞ! もしもこの子を泣かせたら、この町の全員が相手になるからな!」
「お、おじいさん!?」
突然の宣戦布告に慌てふためくシャーロット。
だがしかしアレンはそれを真っ向から受け止めて、不敵に笑う。
「どうか安心してくれ、ご老人。今日はこいつを幸せにすると誓うため、母上に挨拶しに来たんだからな」
「ふうむ……なるほどな」
老人はふっと相好を崩し、道の先を指し示す。
「そういうことなら早く行きなされ。シャーロットちゃんや、マリアさんによろしくね」
「はい、ありがとうございます。アレンさん、早く行きましょう!」
「ああ。それでは失礼するぞ、ご老人」
「ごゆっくり。できたら後で町によっておくれ、みんなで歓迎しようじゃないか」
気さくに手を振る老人と別れ、ふたりは小道を進んだ。
目的の場所は、大木を曲がった先に広がっていた。
こぢんまりとした墓所である。墓標の数こそ少ないものの、どれもよく手入れがなされていた。墓参りに来ているのは自分たちだけだ。
シャーロットはゆっくりとした足取りで静かな墓所を歩く。
アレンは少し遅れてそれを追った。
やがて彼女は隅にあった小さな墓石の前で立ち止まる。そこに書かれている名は――マリア・エヴァンズだ。シャーロットは小さく息を吸い、震える声を絞り出す。
「ただいま、お母さん」
「初めまして、母上」
アレンもまたその隣に並び立ち、深々と頭を下げた。
それからふたりして墓石のまわりを整えた。とはいえ他の住民が墓参りのついでに手入れを続けてくれていたらしく、雑草はほとんど生えていなかった。
持ってきた花を墓石の前に供え、シャーロットはその前にしゃがみこむ。
「えっと……先に、これ」
胸元から取り出すのは分厚い手紙だ。
白い封筒にはしみひとつなく、蜜蝋で封が成されている。
中に詰め込まれた便せんがあまりに多いせいで、封がはち切れそうになっていた。この手紙をしたためた人間の想いと覚悟がうかがえる。
「お父様から預かってきたお手紙です。もう少ししたら、ちゃんと会いに来るそうですよ」
シャーロットはそれを花の側にそっと添える。
口の端に笑みを浮かべ、少しだけ声を弾ませた。
「今日はお母さんに話したいことがたくさんあるんです。聞いてくれますか?」
それからシャーロットは、墓標に向けて話し続けた。
エヴァンズ家で起こったこと。
出会った多くの人々のこと。
そして、隣に立つアレンのこと。
心地よい風が吹く静かな墓所に、シャーロットの声だけが響く。
それに耳を傾けながらアレンはそっと目を閉じた。
思い返されるのは、こうして墓参りに来るほんの数日前の出来事だ。
セシル王子を引っ捕らえたあの事件から久方ぶりに、関係者が一堂に会した。
場所はもちろんアレンの屋敷である。
「っ……シャーロット!」
「お父様……」
リビングに通され、出迎えたシャーロットを見るや否や、その男性は大きく息を呑んだ。
上等な身なりをした紳士である。髪に白いものが混じっているものの、口ひげを蓄えたその顔立ちはよく整っており、青い瞳も深い知性を湛えている。
紳士はよろよろとシャーロットに歩み寄る。
『なあに、こいつ。ひょっとしてわるいやつ……?』
「待て、ルゥ」
その危なげな足取りにルゥが飛びかかりそうになるが、アレンはそれを片手で制した。
紳士はとうとうシャーロットの前に立つ。
その手を取って――彼は声を震わせ嗚咽を上げた。
「無事で良かった! 本当に、よかった……!」
「お、お父様、この前も同じことをおっしゃいましたよ……?」
シャーロットはおろおろとするしかない。
見かねて紳士にハンカチを差し出すものの「何ていい子なんだ……!」とますます号泣する始末だった。少し落ち着いてから、彼は深々と頭を下げる。
「騒がせてしまってすまない……まだ、この状況がにわかに信じられないんだ」
「それはわたしの台詞ですよ」
むすっとした声でツッコミを入れるのは、遠巻きに眺めていたナタリアだ。
男性へと冷たい目を向けて、容赦のない質問を浴びせかける。
「あなたは本当におとうさま……フランク・エヴァンズ、その人なんですか?」
「……それを証明するのは、私には難しいな」
フランクは小さな声をこぼしてうつむいてしまう。
その面持ちは沈痛そのものだ。質問を投げかけたナタリアまでもが「うぐっ……」と言葉に詰まるほどである。そこに――。
「正真正銘、ご本人ですよ」
続いて入ってきたハーヴェイが答えてみせた。
リディを抱っこしたままで、紙の束を器用にめくる。
「魔法医への受診記録も確認できました。リディさんの証言からも十分裏が取れましたし……ま、よくある前世症候群ですね」
前世と現世の人格がそれぞれ独立していて、体の主導権を奪い合う。
シャーロットとリディのときとは多少事情が異なるが、あれと似たような現象である。
少なく見積もってもここ十年あまり、フランクの意識はほとんど表層に出てこなかったはずだ――とハーヴェイは淡々と語ってみせた。
「通常は言動が一致せず、周囲の人々が異変に気付くんですが……今回のケースは上手くやったみたいですね。なまじフランクさんは地位があるせいで、誰も指摘できなかったのかもしれません」
「それじゃあ、わたしが生まれたことも知らないのですか?」
「いいや、そんなことはない」
フランクはかぶりを振って、薄く笑う。
「体の主導権は奪われてしまったが、ずっと意識だけはあったんだ。周囲で起こっていることもちゃんと理解できていた」
「……それは、知らないよりも残酷ですね」
ナタリアはわずかに言いよどむ。
十年もの間、彼はずっと牢獄に囚われていたようなものなのだ。見知らぬ者が自分の体で好き勝手しているのを、指を咥えて見ていることしかできなかったことになる。
重い空気が場に満ちる。
そこでリディがハーヴェイの腕からぴょんっと飛び降りて、やれやれと肩をすくめてみせた。
「まったく人騒がせな現象じゃのう。わらわが言うのもなんじゃが」
「本当に、おまえが言うべき台詞じゃないだろ」
アレンはリディの頭をぐりぐりと撫でる。
「それにしてもご苦労だったな、リディ。調書の連続で疲れただろ」
「ふふん、あれくらい問題ないのじゃ。アテナ魔法学院はおもしろい場所じゃったしのう!」
「そうかそうか」
ことが終わったあと、フランクはずっと魔法学院で治療を受けていた。
そんな彼の身に起こった出来事を証言すべく随行し、リディもずっと留守にしていたのだ。
得意げに胸を張って笑うリディに、アレンは小さな声で問う。
「葛藤はなかったのか。当主どのの中にいたのは、おまえの実の弟だったんだろう」
「……実の弟だったから、じゃよ。わらわの手でケリを付けねばならぬと思った」
リディは不敵に笑ってみせる。
セシルらの一件が片付いた直後、リディがフランクを連れて現れたときはアレンを含む全員が驚いた。今も顛末を説明したときと変わらず飄々としている。
そこに暗い影を感じ取り――アレンはリディの頭を力強く撫でた。
「なら、その責任は保護者の俺にもある。ひとりで抱え込むなよ」
「……うむ」
リディは小さくうなずいてみせた。
しかしすぐにその憂いを振り払うようにして、びしっとアレンに人差し指を向ける。
「ともかくこれで、わらわは名実ともにエヴァンズ家と決別した形になる! わらわの新しい人生を、とことんまでサポートするのじゃぞ、アレン!」
「そういうことなら、もうじき春だし……」
アレンは顎に手を当てて思案し、ニヤリと笑う。
「そうだ。街の学校に通ってみるのはどうだ?」
「なっ! が、学校……じゃと?」
「うむ。同じ年頃の子供と勉強したり、遊んだりする場所だ」
「わ、わらわを馬鹿にするでない! それくらい知っておるわ!」
リディはアレンの手をはねのけてぷんぷんと怒る。
そうしてつーんとそっぽを向いてみせるのだが――。
「学校か……わ、悪くはないではないか。学校、わらわが通ってもよいのか……なんと……」
肩がそわそわと揺れていて、口元の笑みは隠しきれてはいなかった。
どうやらアレンの提案はお気に召してもらえたらしい。
続きは明日更新します。
コメントで義母と王子の制裁が甘いんじゃないかというご意見がいくつかありましたが、二部でもしばく予定なのでゆっくりお待ちください!
本章が終わったら、エルーカの番外を挟んで第二部予定です。





