百九十話 教えてくれたもの①
事件から一ヶ月あまりが経過したある日のこと。
アレンらはニールズ王国の南西に位置する、とある田舎町を訪れていた。
王都や大きな街から遠く離れたその集落は、なだらかな山の斜面に沿って広がっていた。小さな民家がいくつも建ち並び、草原には放牧された羊がちらほらと見える。
山間には炭焼きの煙がたなびき、晴れ渡る空の元、その白い煙がよく映える。
冬の時期でもそれなりに穏やかな気候で、雪がちらつくこともない。一枚コートを羽織るだけでしのげるほど、風もやわらかい。
あくびが出るほどに退屈な光景だ。
そしてこここそが――シャーロットの生まれ育った故郷だった。
「わあ……!」
ふもとからその景色を眺め、シャーロットは声を上げた。
その顔にはキラキラとした笑みが浮かんでいる。隣のアレンに、興奮気味に口を開いた。
「す、すごいです! お母さんと住んでいたときから、ちっとも変わりません!」
「そうかそうか、良かったな」
アレンは荷物を抱えたまま、それに目を細める。
シャーロットが喜んでくれたのも嬉しかったし、平和な光景に柄にもなくホッとしたのだ。
空を行き交う数羽の鳥を見上げ、シャーロットはため息をこぼす。
「またここに来ることができるなんて……思ってもみませんでした」
「なあに、これから何度でも連れてきてやるとも。いつでも言ってくれ」
「はい!」
シャーロットはにこにこと笑う。
そしてこの場所を気に入ったのはふたりだけではないらしい。ルゥも尻尾をぱたぱたさせて高く鳴く。
『ここがママのふるさとなの? ルゥのふるさとに似てるね! ねーねー、ちょっと走ってきてもいい?』
「行ってもいいが……あまり遠くに行きすぎるなよ?」
『なあに、ご心配を召されるな。儂がついて行きましょうぞ』
ゴウセツが一歩前に出て進言する。
そのついで、前足でアレンの腰を励ますように叩いてみせた。
『アレン殿にはこれから大事な使命がございますからな。邪魔者の儂らは消えますゆえ、どうかご奮起くださいまし』
「余計なお世話だ。おまえも目立つなよ」
『承知いたしました。ルゥどの、どうかこの老いぼれに手加減してくださいまし?』
『よく言うよ! このまえの雪山魔物レースで、ルゥにぶっちぎりで勝ったくせに! 今日は負けないんだからね!』
二匹はきゃいきゃいとはしゃぎながら山の方へと走っていく。
それを見送ってから、アレンは歩き出そうとするのだが――。
「よし、それじゃあ――」
「おやまあ、旅人さんかい?」
そこで背後から声をかけられた。
びくりと身を縮めるシャーロットの隣で、アレンはゆっくりと振り返る。
そこにいたのはひとりの老人だった。新聞と椅子を抱えていて、日向ぼっこの場所を探しているらしかった。ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
「こんな田舎によくいらしたねえ。旅の途中かい?」
「いや、ただの墓参りだ。この通り」
アレンは肩をすくめ、抱えた荷物――バケツいっぱいに生けられた花々を掲げる。
ここに来る直前、山で摘んできたばかりの品だ。
老人は首を傾げてみせる。
「そいつはますます珍しいなあ。いったい誰の知り合い……うん……?」
そこでふと老人が言葉を切った。
視線が注がれているのは、アレンの背中に隠れたシャーロットだ。
じーっとシャーロットを見つめて、老人はハッと息を呑む。
「まさかシャーロットちゃんかい!? 昔この町に、お母さんとふたりで住んでおった……!」
「あっ、ひょっとして裏のおじいちゃ……い、いえ! 人違いです!」
シャーロットもぱっと顔を輝かせかけるが、何とか取り繕おうとする。
アレンに助けを求めるような視線を送ってくるが、あっさりスルーしておいた。問題ないと判断したからだ。
そんなシャーロットの手を取って――老人は万感の思いを込めて叫ぶ。
「わしらは無実を信じておったよ!」
「……えっ?」
シャーロットが目を瞬かせる。
そんなことにはおかまいなしで、老人は堰を切ったように話しはじめた。
「マリアさんが亡くなってすぐ、シャーロットちゃんがどこかに引き取られていったろ? わしらはずいぶん心配したんだが……まさか、ニールズ王国を脅かす毒婦として新聞で見ることになるとは思わなかった」
「あう……そ、その件はお騒がせしました」
「シャーロットちゃんが謝ることはない!」
老人は持っていた新聞を開き、力強く断言する。
「悪いのは王子と継母なんだろう!? 本当に腐った奴らだ……!」
その一面には、ニールズ王国を騒がせた事件が大きく取り上げられていた。
公爵令嬢シャーロット――無実の彼女を貶めた陰謀劇のあらましだ。
彼女の婚約者である第二王子セシルと、継母のエヴァンズ公爵家夫人コーデリア。道ならぬ恋に落ちたふたりが手を組み、邪魔なシャーロットを亡き者にしようとしたのである。
そうした悪巧みに加え、王子による国税の浪費、兵士らの買収、非合法な商品の裏取引……そうした事実が次々と明るみに出ており、記者は強い言葉で王家を非難していた。
まさに国家を揺るがす大騒動となっているのだ。
老人は鼻息荒くまくし立てる。
「まったく王都の奴らも目が腐っている! シャーロットちゃんのどこが毒婦だ! この町にも何度かシャーロットちゃんを探しに兵士がやってきたが、どいつもこいつも気に食わない奴らだった!」
「ええっ!? 追っ手がここまで来たんですか……!」
「おう! みんなでクワを持って追い返してやったよ!」
老人は胸を張って豪快に笑う。
懐かしむように目を細め、彼はシャーロットの手をふたたび握りしめた。
「よくお母さんの手伝いをしていたろう。わしの腰が悪いときなんかには、声をかけてくれたし……この町のみんなは、シャーロットちゃんが本当はいい子だと知っていたよ」
「おじいさん……」
シャーロットの声が上ずった。
目尻に浮かんだ涙をぬぐい、そっとアレンに笑みを向ける。
「私の味方は……この国にも、ちゃんといたんですね」
「……そのようだな」
アレンはそれに力強く首肯した。
シャーロットは尊厳の何もかもを奪われて、国を追われた――そう思っていた。
だが、ここにこうして無実を信じていてくれた人がいたのだ。
老人の言葉はアレンの胸にも強く響いた。そして老人は今になってアレンの存在に気付いたらしい。目をすがめてじーっと凝視してくる。
「む? ということは、あんたが新聞に載っていた魔法使いかね。シャーロットちゃんにぞっこんで、隣国まで乗り込んできたバカ王子を華麗にとっ捕まえたとかいう……」
「ま、そんなところだな」
「ぞ、ぞっこん……」
シャーロットの顔がぽっと真っ赤に染まる。
ぞっこんなのは事実なので、そこはきちんと首肯しておいた。
あの日――王子らとの一大騒動があった日から、一ヶ月あまりが経過していた。
その間に、シャーロットを取りまく環境は一変した。新聞が手のひらを返したように悲劇の令嬢を報じ、王子らの悪事を暴き立てたのだ。
どうやら本当に、ドロテアの暴露本が効いたらしい。
世界中に広く配本され、それを読んだ人々がニールズ王国へ疑念の目を向けた。
当初はしらばっくれていた王家ではあるものの、ここぞとばかりにそれを裏付ける証拠がメディア各所にばらまかれ、ガンガン燃え上がっているのが今である。
それでもアレンらの周囲は平和そのものだ。
記者が取材に来たら追い返そうと思っていたのだが……そんな例はまだ一度もない。
不思議に思って尋ねれば、ドロテアはサムズアップでこう言った。
『その辺の配慮はうちの法務部がやってくれるそうっす! アレン氏はぜひともどーんとかまえて、ボクの次回作のためにシャーロット氏とイチャついてほしいっす!』
『あるんだな……長命種同盟の中にも法務部が』
どうやら先日の本が売り上げ絶好調らしく、同盟で守ってくれているらしい。
ちなみにセシル王子とコーデリアの身柄は、すでにニールズ王国に引き渡されている。今現在は王家が預かっているはずだが、針のむしろであるのは想像に難くない。
よくて王位継承権剥奪。悪くて国外追放だろう。
(ま、愛するふたりだ。過酷な運命もどうにか乗り越えるに違いない)
もしもこちらを逆恨みして奸計を巡らせたとしても、再度ぶっ飛ばせば済むだけだ。
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