百八十七話 世界で一番の幸せを
かくしてひとまずの収拾が付いた。
瓦礫だらけのメアード地区の一角にて、エルーカは地面に散らばる水晶の欠片を拾い上げる。セシルがドラゴンを呼び出すために破壊した代物だ。
魔法の明かりで照らしてためつすがめつ眺めてから、呆れたような声を上げる。
「うわー、これってニールズ王国の秘宝だよ。大昔暴れた黒邪竜を封じたっていう。持ち出し禁止のはずなのになあ」
『奥の手として盗み出したのでしょう。いやはや、まこと愚かとしか言いようがありませぬなあ』
くつくつと笑ってから、ゴウセツはちらりと側のドラゴンを見やる。
『ねえ、貴殿もそうは思いませぬか?』
「ぐ、ぐるぅ……」
限界まで体を丸めたドラゴンがか細い鳴き声を上げる。
ぶん殴られたのがショックだったのか、地獄カピバラに睨まれて手も足もでないのか、はたまたその両方かは不明だが、すっかり大人しくなってしまっていた。
そちらはもう暴れ出すこともなさそうだし――。
「ふう、これで一段落だな」
「くっ……!」
セシルとコーデリアは捕縛が完了していた。
どちらも見るも無惨なまでに薄汚れており、ロープでぐるぐる巻きにされたその様は夜盗に襲われたようでもあった。
ふたりともドラゴンが倒れた拍子にぶっ飛ばされており、先ほどまで気絶していたのだ。種明かしもすでに済んでいる。
セシルは縛られたままで、アレンをじろりと睨め付けた。
「……貴様のような男が、シャーロットに手を貸していたとはな」
「ああ、意外か?」
「はっ……そうだな」
セシルは口の端を歪めて嗤う。
舐めるような視線を送るのは、アレンの隣にいるシャーロットだ。
「そこのアバズレに、男をたらし込むだけの技量があったとは驚いた。何の能力もない下賤な女だと見くびっていたからな」
「ほうほう。まだ口が減らないと見えるなあ」
アレンがこれ見よがしに拳をバキバキと鳴らしたところで――。
「セシル王子様」
シャーロットがそこに割って入った。
王子のことをまっすぐに見据えて、ゆっくりと口を開く。
「私、昔はあなたのことが怖かったんです。あなただけじゃありません。エヴァンズ家も、王城のパーティも、何もかもが恐ろしかった」
シャーロットは噛みしめるようにしてその言葉を紡ぎ上げる。
何年もずっと尊厳を奪われ続けた、辛く苦しい日々のことを思い出しているのだろう。
しかし――最後にはふっと柔らかく笑ってみせた。
「でも今はもう、ちっとも怖くありません。今の私には……昔じゃ考えられないくらいの、たくさんの家族がいますから」
「シャーロット……」
アレンは拳を収める。
ちゃんと自分の言葉で決着を付けられたのだ。
セシルも少し驚いたように目を丸くする。
その間に、シャーロットはコーデリアにも向き直って小さく頭を下げてみせた。
「おふたりの仲は知りませんでした。邪魔をしてしまってごめんなさい、お義母様」
「シャーロット……っ!」
それにコーデリアが目をつり上げて吼えるのだが――。
「おまえさえいなければ私は……っ!?」
突然、大きく目を見開いて息を呑んだ。
その視線の先にいたのは彼女の実子、ナタリアだ。
「ナタリア!? どうしてこんなところに……!」
「はい……?」
瓦礫の片付けを手伝っていたナタリアが、疎ましそうにこちらを振り返る。
今現在、ナタリアはアテナ魔法学院に留学中の身だ。
それがまさかこんな場所で会うとは思わなかったらしい。コーデリアは想定外の遭遇に目を丸くしていたが、しばらくしてから目に涙を溜めて悲痛に叫ぶ。
「お母さんを助けてちょうだい、ナタリア! この街の兵を呼んでくるのよ!」
「ちっ……」
「……え?」
ナタリアが顔を歪めて舌打ちしたので、コーデリアの嘘泣きはぴたりと止まった。
母までずんずんと歩み寄り、ナタリアは横柄に腕組みしながら冷たく言い放つ。
「主犯はそこの愚物のようですが、あなたも片棒を担いだ共犯でしょう。自分のやったことくらい自分で贖いなさい。わたしは一切関与も弁護もいたしません」
「なっ……ナタリア、じゃない……!? あの子が私に刃向かうなんてありえないわ!」
「ほんっとーに口の減らない女ですね……グローさん、適当な布きれをいただけませんか。猿轡をかまして転がしておきましょう」
「ナタリアちゃん、どんどん大魔王に似てきてないか……?」
「むぐーーーっ!?」
手際よく母を縛り上げるナタリアに、グローらはたじろぐばかりだった。
そうする間にもどんどん空が白んでいく。
賑やかな夜が明け、新しい朝日がもうじき昇る。
エルーカが軽い足取りで近付いてきて、アレンの肩をばしっと叩いた。
「お疲れ様、おにい。これでひとまず一件落着だね?」
「バカを言え。まだ何も終わっていない」
ざっくりとした復讐は完了した。
だがしかし、これはまだ通過点だ。
「何としてでもこいつらの悪事を暴き立て、シャーロットの無実を世界中に知らしめる。そこまで達してクリアのミッションだ」
「……ふっ」
そこでセシルが小さく噴き出した。
アレンを嘲りながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべてみせる。
「仮にどんな切り札を出そうとも、ニールズ王国の総力を挙げて握りつぶしてやる。それだけじゃないぞ、王族を害した事実は変わらない。俺は帰国次第、貴様とシャーロットを訴える。無事で済むとは思うなよ」
「はっ、芸のない脅しだな」
「何……!」
色めき立つセシルの鼻先に、アレンは人差し指を突きつける。
朝日がとうとう昇りはじめた。
その光を背に受けながら、アレンは笑顔で宣戦布告する。
「俺はな、やられたらとことんやり返す性格なんだ。これから貴様らを地の果てまでも追い詰めて、たっぷりと生き地獄を見せてやる。せいぜい楽しみにしていろよ」
「っ……!」
本気が伝わったのか、セシルの顔が青ざめた。
「アレンさん……」
シャーロットも胸の前で手を組んで、どこかホッとしたように表情を緩める。
次は国を相手取った大喧嘩になるだろう。
道のりは遠いかもしれない。
それでも――。
「俺は約束したんだ。シャーロットを世界で一番幸せにする、と。だから――」
それを阻む敵には容赦しない。
そう宣言しようとした、そのときだ。
緊迫感が満ちる場に、脳天気としか形容できない声が響く。
「あっ、アレン氏だ! こんなところにいたんすねー!」
「……何故こんなややこしい時に!?」
背後からぱたぱたと駆け寄ってくるのは言わずもがな、ドロテアだった。
続きはまた来週木曜更新。
来週はコミカライズ最新話も公開予定!よろしくどうぞ!原作三巻とコミカライズ三巻の予約もお早めに……!





