百八十六話 報復のとき③
魔方陣ゲートをくぐった先は、ニールズ王国王都外れの公園――のはずだった。
「っ……!? どこだ、ここは……!」
ゲートを出てすぐ、セシルは目を丸くした。
それもそのはず、目の前に広がっていたのは見知った景色ではなかったからだ。
そこは簡素な街道で、鬱蒼とした森が道の両側を挟んでいる。その先にはぽつぽつと人工の明かりが浮かんでいた。
コーデリアも真っ青な顔で声を震わせる。
「何よこれ……! ニールズ王国に通じているはずじゃないの!?」
「俺が知るもんか! くそっ、こんなときに――っ!」
声を荒らげるセシルだが、魔方陣ゲートがふたたび光りはじめて息を呑む。
その光の中にうっすらと浮かび上がるのは、線の細い少女のシルエットで――セシルはそれを見るなり、コーデリアの手を取って駆け出した。
「走れ! あの街に行けば、何とかなるかもしれない!」
「そんな……私はもう無理よ!」
「つべこべ言うな! あんな超級悪霊、俺たちじゃどうしようもないだろ!」
コーデリアを引きずるようにしてセシルは足を動かした。
己の懐にそっと手を入れて、忌々しげに舌打ちする。
「もしものときはこれを使うしかないが……そればっかりは最終手段だからな」
「っ、ちょっとセシル! うしろ! 来てるわよ!?」
コーデリアが悲痛な悲鳴を上げる。
魔方陣から飛び出してきたのは、少女の霊だけでなかったのだ。
爛々と目を輝かせて夜闇に躍り出るのはフェンリルと地獄カピバラという物々しい魔物たちだ。魔物たちはその背にシャーロットを乗せて、風を切って肉薄する。
「に、にくいー……」
「がるるるる!」
「かぴー」
「ひいっ!? 使い魔を召喚した!?」
「いやああああ!? く、食い殺されるうう!?」
ぐずっていたコーデリアだが、魔物たちを前にして驚異的な足を見せた。セシルもそれを追いかけて、ふたりしてもつれ合うようにして街へと駆け込んだ。
シャーロットと魔物たちはそれをゆっくりと追いかける。
その追走劇は付かず離れずの絶妙なものではあったが、セシルらは手加減されていることに最後まで気付かなかった。
やがて彼らはふたりそろって街の入り口をくぐる。
深夜と呼ぶべき時間帯のため、大通りには人影がほとんどいない。建物に灯る光もまばらだ。
「こ、こっちだ! とりあえず誰か探そう!」
そんな街中をセシルらは駆けずり回った。
いくつもの角を曲がり、通りを抜け、ひとまず人の声がする方を目指して走る。
しかしすぐに限界が来た。ふたりは倒れ込むようにして、とある路地へとたどり着く。
どこか荒涼とした区域である。
廃墟が多いのか、あちこちの窓が割れていたり板が打ち付けられたりしている。
それでも何故か道ばたに花が植えられていたり、掃除が行き届いていたりして、治安が良いのか悪いのかよく分からない場所だ。
そんな彼らを出迎えたのは――。
「わはは! もっと飲め飲め!」
酒盛りをする冒険者、数十名だった。
ふつうの人間が大半だが、中には岩人族や亜人といった種族も混じっている。ダンジョン帰りなのか全員武装しているが、誰もがほろ酔いの赤ら顔で物々しい雰囲気は微塵もない。
セシルは息も絶え絶えながらにニヤリと笑う。
「た、助かった……あいつらを使おう」
「ええ……あんなの明らかに三下じゃない。勝てると思うわけ?」
「バカだな、ただの囮にするんだ。でくの坊どもでも多少の役に立つだろうさ」
そう言って、セシルは地面の泥でわざと服を汚す。
追われる弱者を装って、よたよたとした足取りで冒険者たちのもとへと向かった。
セシルらは知る由もないが、そこはメアード地区と呼ばれる場所であった。
かつてはチンピラ崩れがたむろするようなスラム街のような地区だったのだが、アレンとシャーロットが華麗な飴と鞭を振るった末に制圧した。
今ではこの場を根城にしていた彼らもすっかり強制改心していて――。
「なあ、おまえらこの本もう読んだか? 最近巷で噂の恋愛小説なんだけど」
「読んだよ……どう考えてもあれ、モデルは大魔王と女神様だったよな……」
「俺もあんな恋がしてみてえ……」
恋愛小説を囲みながら、遠い目をする者たちやら――。
「うううっ……女神様、どうしてあんなクソ野郎なんかに……!」
「まだ言ってんのか、おまえ……」
「俺も悔しいけどさあ……女神様を一番幸せにできるのは大魔王だからなあ」
「とりあえず今日は飲もう! 飲んで忘れるんだ!」
失恋に泣き崩れるひとりを囲んで励ます者たちがいるくらいには、和気あいあいとしている。パーティの垣根を超えた絆が彼らの中には確かに生まれていた。
そんな彼らのもとへ、セシルは大声で叫びながら飛び込んだ。
「よかった……人がいた! どうか助けてくれ……!」
「ああ? どうしたんだ、兄さん」
それに首をかしげるのは、岩人族だ。
他の者たちも酒盛りの手を止めて顔を見合わせる。
みなの注目が集まったのを確認してから、セシルは震える手で皮袋を取り出してそれを岩人族へと差し出した。
きょとんとしつつも袋を開いた岩人族は、中に詰まった金貨を目にして困惑の声を上げる。
「お、おいおい。こりゃいったいどういう真似だ?」
「厄介なバケモノに襲われているんだ……! 金ならある! 君たちを雇わせてくれ!」
「へえ……? おもしろいじゃねえか」
それにせせら笑うのは、大蛇を首に巻いた青年である。
「この街に来たのが運の尽きだ。いいぜ、俺たちが相手をしてやるよ。なあ、メーガス!」
「ははは、グローはやる気だな。それじゃこっちのも負けてらんねえか」
「おう!」
岩人族がそれに笑い、他の者たちもそれに応える。
ほどよく酒が回った彼らにとって、飛び込みの依頼はいい肴となったらしい。
セシルがこっそりと黒い笑みを噛み締めたところで、背後で獣の足音が響いた。慌てて駆け寄ってきたコーデリアを抱きしめて、セシルは彼らへ叫ぶ。
「っ、奴が来た! どうか頼む!」
「へいへい。軽くやっちまいますか」
のそりと立ち上がり、武器を構える数十名。緊迫した空気が路地に満ちる。
そんな彼らからゆっくりと後退りながら、セシルはコーデリアに小声で耳打ちした。
(今のうちに逃げるぞ! さすがの悪霊も、朝日が昇ればパワーが落ちるはずだ……!)
(わ、わかったわ……!)
そうしてふたりがこっそりとその場から離れようとした、そのときだ。
ついに悪霊(仮)が使い魔とともにその場に現れて――。
「あれ、みなさんお揃いでパーティですか?」
『は……?』
悪霊(仮)が気さくに話しかけると、その場の全員がぴしっと固まった。手にした武器を振るうこともなく、魔法の呪文を唱えかけていた者はそれをあっさりと中断した。
しばし悪霊(仮)と冒険者たちは見つめ合ったまま誰も動かず……セシルは痺れを切らせて声を荒らげる。
「どうしたんだ、おまえたち! 早くあいつを倒せ!」
『ああん!?』
「ひっ!?」
それに冒険者たち全員がセシルのことを一斉に振り返った。彼らがその顔に浮かべているのは紛れもない憤怒の色だ。雇い主に向けるものでは決してない。
冒険者たちは悪霊(仮)を放置してじりじりと距離を詰めてくる。
「てめえこら! 俺らの女神様をバケモン呼ばわりとはどういう了見だゴルァ!」
「あ、あの怨霊が女神だって!? どういう目をしているんだおまえたちは!?」
「そりゃこっちの台詞だ! あのお方が意味もなく一般市民を追いかけ回すわけねえだろうが!」
「さてはてめえらの方が悪人だな……?」
「よっしゃ、やっちまえ!」
「なっ、なんでそうなっ――ぐぎゃっ!?」
「きゃああああ!? セシル!?」
セシルはそのまま華麗に殴り飛ばされてしまって、夜空にコーデリアの悲鳴が轟いた。
地面に転がり、セシルは呻く。
そこに冒険者たちは追撃を加えようとするものの、悪霊(仮)のシャーロットが慌てて割って入った。
「す、ストップです! みなさん、どうかそのあたりでやめてください……!」
「でも女神様、この男って悪い奴なんですよね?」
「えっ、それは、その……そうですけど」
「……ひょっとして、こいつに何かされたとか?」
「あ、あはは……」
グローの問いかけに、シャーロットはあいまいに笑う。
ほとんど肯定したに等しい返答だった。
一瞬にして冒険者一同らの怒りのボルテージはマックスまでぶち上がる。
「殺るぞおまえら! 女神様を害する輩は俺たちの敵だ!!」
『応!』
「ええええっ!? み、みなさん落ち着いてください!」
シャーロットが慌てふためくものの、すべては後の祭りだった。
ルゥとゴウセツも顔を見合わせるばかりである。
そんな中、コーデリアに介抱されていたセシルだったが――。
「っ……悪いやつ、だって……?」
「せ、セシル、どうしたの」
口の端ににじんだ血をぬぐい、コーデリアを押しのけて立ち上がる。
その目に宿るのは恐怖とは真逆のどす黒い炎だった。
「ふざけるな!!」
「きゃっ!?」
懐から取り出した水晶を、躊躇なく地面へと叩き付ける。
澄んだ音と光が弾けた次の瞬間――。
「GRR……」
そこには巨大な影がそびえていた。
月明かりのもとでゆっくりと頭を上げるのは漆黒のドラゴンである。
その身の丈は星に手が届きそうなほどに大きく、体中に新旧様々な傷跡が刻まれていた。
「GR……グァアアアアアアア!」
ズ――ン!
ドラゴンが羽を広げて空高く吼える。その際に生じた突風によって、足下の家屋がいくつも崩れ落ちることとなった。辺り一面に色濃い砂塵がもうもうと上がる。
「ぎゃあああ!? なんだよ、このドラゴンは!?」
「召喚用の魔法道具か! こんな街中で使うか、ふつー!?」
グローやメーガスたちは慌てて逃げ惑う。
シャーロットは血相を変えて背後の二匹を振り返った。
「た、大変です! ゴウセツさん、どうしましょう……!」
『いやあ、我らが手を出すまでもないでしょう』
場の大混乱をよそに、ゴウセツの反応は呑気なものだった。
ルゥも『だよねー』と気楽に空を見上げる。
ドラゴンの肩にはセシルが立っていた。彼は地上のシャーロットを見下ろして、声高に叫ぶ。
「俺はただ、愛する人と結ばれたかっただけだ! いったいそれの何が悪い!」
「何が悪い……か」
「っ……!?」
セシルがハッとして振り返った先――崩れかけた屋根にいたアレンと目が合った。
その目にわずかな戸惑いが浮かぶ。彼にとってアレンは見知らぬ顔だから当然の反応だ。
だがアレンにとっては違う。いつか必ず仕留めると決めていた、不倶戴天の敵である。
そして、今がまさにそのときだった。
屋根を蹴りつけ空へと躍り出て――。
「強いて言うなら……やり方が悪いわぁ!!」
『グビョッ!?』
「うぎゃあっ!?」
一撃必殺。全身全霊の力をこめた拳が、ドラゴンの横っ面に炸裂する。
結果、ドラゴンは家屋を押しつぶして一撃ダウンして、セシルもあえなく吹っ飛ばされた。
続きは来週更新します。
本日はコミカライズの方も更新されております!イチャつき続けるオマケ四コマ!
小説三巻とコミカライズ三巻の表紙も公開。どちらも7/2発売なのでよろしくお願いします!
また、コミカライズ三巻は桂イチホ先生のサイン本も販売予定。6/5(土)の正午予約受付です。詳しくは後ほどあげる活動報告まで。





