百八十四話 報復のとき①
竜宮郷の夜は更けていく。
セシルは立ち上がり、コーデリアへと手を差し伸べる。
「さて、退屈な話はここまでだ。夜は長いんだ。楽しもうじゃないか」
「ええ。あなたとゆっくりできるのも久々だし……あら?」
その手を取ろうとしたコーデリアが、ふと顔をしかめる。
どこからともなく風が吹き込んで、部屋を照らし出していた蝋燭のひとつが音もなく消えたのだ。
「嫌だわ、隙間風だなんて。安宿はこれだからダメね」
「そんなはずは……窓も閉めたんだが」
セシルは訝しげに眉をひそめて窓へと歩み寄る。
どの窓も鍵が掛けられており、扉もすべて閉まっていた。
しばしセシルは壁や天井などを探っていたものの、風の差し込む穴などは見つけられなかったらしい。
「おかしいな。いったいどこから……おや?」
そうこうするうちに、また風が吹く。
今度はほとんどの蝋燭と、煖炉の炎がかき消されるほどの強さだった。
あたたかな光に満ちていた部屋の中は、突如として冷え冷えとした暗がりに叩き落とされる。
これにはコーデリアも肝を潰したらしい。
小さく悲鳴を上げて、セシルのそばへと駆け寄った。
「ちょ、ちょっと、何よこれ」
「何、ただの風だ。怖がることは……ああ、いや」
そこでセシルは言葉を切って、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
「ひょっとしたら……あの女の呪いかもしれないな。野垂れ死んだ末に、恨みを晴らそうとしているんだ」
「へ、変なことを言わないでちょうだい。あの女が化けて出るようなタマ?」
「ははは、仮にそうだったとしても心配無用だ。俺が守ってみせるからな」
怯えてしがみついてくるコーデリアに、セシルはからからと笑う。
このハプニングを、逢い引きのスパイス程度にしか考えていないのが明白だった。
セシルは扉の外へと呼びかける。
「おい、火が消えたぞ。早く点けろ」
すぐそばには雇った腕利きが控えているはずだった。
しかし、その声に応えるものはいなかった。いつまで待っても、静寂だけがそこにある。
セシルは舌打ちし、乱暴に扉を開く。
「まったく、何をやって……なっ!?」
「どうし……ひいっ!」
セシルが言葉を失って、のぞき込んだコーデリアも喉の奥で悲鳴を上げた。
室内に反し、廊下はひどく冷え切っていた。
小さな蝋燭がいくつも灯っており、そして今、それが倒れた男たちを照らし出していた。
もちろんセシルの雇った腕利きたちである。目立った外傷は見当たらないものの、全員ピクリともしない。
コーデリアはますます血相を変えて叫ぶ。
「な、何よこれは!? まさか死んだの!?」
「俺が知るわけないだろう! おい! 他の者はいないのか!」
セシルは大声で叫ぶ。
すると上階や隣の部屋から物音がした。「何ですか!」といった慌てた声も聞こえるし、無事な者もいるらしい。
それに少しばかり安堵したようだが、セシルの顔は強張ったままだ。
コーデリアを背に庇いながら、腰に下げていた短剣を抜き放つ。
「賊か……? いやしかし、いったいどこから――」
「せ、セシル……! あ、あれ……あれ!」
コーデリアが悲痛な声を絞り出し、廊下の先を指し示す。
ろうそくの明かりが届かないそこには色濃い闇が蠢いていた。
ゆらゆらと揺らめく闇。それはおぼつかない足取りで歩く人間を思わせる、薄ぼんやりとしたシルエットを有しており――その影が、とうとう灯りの届く範囲にやってきた。
「ひっ……!?」
その悲鳴がセシルとコーデリア、どちらのものであったのかは分からない。
それでもその引き絞ったような声が廊下に響いた瞬間、コテージ全体が軋みを上げた。
引きつった顔で凍り付くふたり。
影はそこへ、一歩一歩踏みしめるようにして歩を進めた。
「にく、い……」
それは少女の姿をしていた。
うつむき加減で床を見つめ、長い金髪の隙間からうかがえる相貌はひどくやつれている。
身に纏うのはボロ同然のドレスだ。そしてその全身はべっとりと赤黒い血で汚れていて――背後の景色が透けて見える。
少女がか細い声をこぼす度、廊下には凍てつくような風が吹いた。
その外見はどこからどう見ても、彼らが貶めた令嬢、シャーロットそのものだ。
コーデリアがふたたび悲鳴を上げる。
「まさか、シャーロットの幽霊……!? な、なんでこんな場所に!?」
「ふっ、俺たちが一緒にいるところを狙ったか……?」
セシルがあざ笑うようにして鼻を鳴らす。
コーデリアの怯えように反し、セシルは平静そのものだ。ニヤリと笑みを深め、ゆっくりと歩み寄ってくる少女の霊に対し高らかに言い放った。
「のこのこ出てくれたのなら好都合! 探す手間が省けた! 出てこい、おまえたち! ゴースト退治だ!」
「了解いたしました」
「へえ、こんなとこにも出るんだなあ」
セシルの声に応えるようにして、上階や他の部屋から屈強な男たちが飛び出してくる。
彼らはゴーストを見ても顔色ひとつ変えず、手にした武器を構えてみせた。
いわゆる幽霊――つまりゴーストというのは自然現象に近い。
人などの残留思念が自然界に溢れるマナと偶然にも結びつき、形を有したものとされている。物理攻撃こそ効かないものの、多少魔法の心得がある者にとっては雑魚同然だ。男らの反応も当然のことだった。
だがしかし、ごくまれに――。
「よし、消え失せ――」
「……にくい」
浄化魔法を唱え、それを放とうとしたひとりの男。
それに少女の霊が人差し指を向ける。その瞬間――。
「ぶばっ!?」
「なっ!?」
男の体が勢いよく真横に吹っ飛んだ。
壁に叩き付けられて完全に動かなくなった男を目の当たりにして、セシルを含めた一同は言葉を失う。しかし、場慣れした男らの動きは迅速だった。
「くっ、このゴースト風情が……!」
「大人しく失せろ!」
魔力を宿した剣を向ける者。魔法を唱える者。
何人もの腕利きが同時に飛びかかり――。
「……どいてください」
「ぶげらぼっ!?」
「ぎゃぶげっ!?」
少女の霊が軽く右手を振るだけで、男らは吹っ飛んだり凍り付いたり雷に撃たれたり。とにかく多種多様な手段で制圧された。
廊下はすっかり死屍累々の有様だ。
それをまるでバージンロードであるかのように、少女の霊はゆっくりと歩く。
コーデリアがさらに顔をゆがめてセシルに抱き付いた。
「ただのゴーストがこんなに強いなんてありえるの……!?」
「……よほど俺たちへの恨みが強いんだろう」
通常のゴーストは雑魚同然だ。
だがしかしごくまれに、この世に強い未練や恨みを残したものが、驚異的なパワーを持った怨霊となることがあった。中には国を滅ぼし尽くした例も存在する。
戦慄するセシルらだが……今回はまた別の例である。
(よーっし! いい演技だ、シャーロット! 一流の女優も顔負けだな!)
アレンは廊下の隅でしゃがみ込んだまま、ぐっと親指を立ててみせた。
それに気付いたシャーロットがわずかにぱっと顔を輝かせるものの、すぐにキリッと表情を正す。
幽霊にしてはすこし生気に溢れている気もするが、怯えたセシルらにはバレなかった。
「にく、い……です」
「ひいいいっ!?」
抑揚のない喋り方は、単に慣れていなくて棒読み気味のせいではあるものの、それはそれで雰囲気抜群である。
続きは来週木曜更新。
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