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百八十三話 陰謀の証明②

 エルーカに連れられて全員ひっそりと山を進み、このコテージまでやって来たのが一時間ほど前のことになる。

 かまくらの中で暖を取りながら説明を待っていると、現れた客人の顔を見てシャーロットとナタリアが息を呑み――そのタイミングでエルーカから望郷の鏡を手渡された。どうやらこれを見せるために準備を進めていたらしい。


 真顔で殺意を燃やす面々を見回して、エルーカはため息をこぼす。


「ま、そういうことらしいんだよねえ」

「なるほど、なあ……」


 アレンは大きく息を吐く。

 意識しないと呼吸ができなかった。少しでも気を抜くと怒りに任せてコテージに突撃しかねなかったので、足にぐっと力を入れて堪えることも忘れない。


 がしがしと頭を掻いて、鏡を睨む。


「王子と義母が繋がっていたのなら……色々と辻褄は合うか」


 濡れ衣を着せて追放した王子。何年にもわたり虐待し続けた義母。

 それぞれ別の敵かと思っていたが、陰謀はふたりが結ばれるためで、虐げていたのは単なる嫉妬だったというわけだ。

 いったん怒りを収め、アレンは顎に手を当てて唸る。


「そうなると図式はシンプルだな」

「ええまったくその通りですね!!」


 そこでナタリアが声を荒らげた。

 風の魔法で防音は完璧だが、かまくらが大きく揺れてヒビが入るほどの声量だった。

 わなわなと震えながらナタリアはたっぷりと怨嗟を込めた声をしぼりだす。


「あ、あのクソ女ぁ……! ねえさまを虐げていたのはこんな理由だったんですか!? てっきり己が血を引く娘が次女なのが気に食わないのかとばかり……!!」

「そういえば、あの女はおまえに興味を示さなかったんだっけか」


 アレンはふむ、と鏡の中の女を見つめる。


 言われてみれば気の強そうな面立ちはナタリアによく似ていた。

 血の繋がりを感じさせるものの、姉妹と言われた方がしっくりくる。


「ちなみにあの女、いったいいくつなんだ? ナタリアの母にしてはずいぶん若いが」

「今は二十五だね。王子の方は二十二だよ」

「あー、分かったぞ。親の決めた婚約を一度は受け入れたが、後になって運命の愛とやらに出会ったと。そういうわけだな?」

「せいかーい。何、おにい。人の心が分かるようになってきたじゃない」

「茶化すな。貴族社会じゃよくある話だろう」


 公爵家に嫁ぐとなれば、コーデリアも実家はかなりの家柄なのだろう。

 親の決めた結婚を飲んで子を産んだが、その後別に好きな相手ができた――セシル王子も同様だ。互いに年も近いし不思議でも何でもない。


「だったら地位も名誉も全部捨てて駆け落ちしたら良かったんですよ! 保身に走った結果がこれですよ!? あんのクソアバズレ、マジで潰す……! 腐れ王子もろとも八つ裂きにしてくれます!!」

「あの、ナタリア……? 一応あなたのお母様ですし、あまり悪く言うのは……」

「わたしの家族はねえさまだけなので悪しからず!!」


 おずおずと諫めたシャーロットに、ナタリアはぴしゃっと言い放った。


 運命の相手と出会ったのなら、好きでも何でもない男との間に生まれた子など邪魔者でしかないだろう。

 その疎ましさがナタリアに向かなかったのは、シャーロットという明確な恋敵がいたからだ。幸か不幸かは別として。


 真っ赤になって震えるナタリアをよそに、エルーカはやれやれと肩をすくめてみせる。


「ニールズ王国に潜伏して王子を張ってたら、あっさり逢い引きの現場を目撃しちゃってねー。一応物証も必要かと思ってちょいちょい詰めてたんだ」

「ま、警戒心はなさそうだものなあ……ここのコテージを手配したのもおまえだろ。よく用意できたなあ、予約で何年も待つんだろう?」

「もちろんパパにも協力してもらったよ。コネは使ってなんぼっしょ?」


 ばちんとウィンクを決めるエルーカだ。

 そんな中、姉によしよしされて少し冷静さを取り戻したナタリアが不可解そうに首を捻ってみせる。


「しかしこんな繋がり、あっさり露見して然るべきなのでは……何故これまで表に出なかったのでしょうか」

「それも簡単なことだろう」


 義妹の肩をぽんっと叩き、アレンはあっさりと告げる。


「『臭いものには蓋をする』……これが処世術の基本だ。一国の王子と公爵家夫人が共謀し国を騒がせたとなれば、責任は他方に波及する。それなら無実の少女ひとり見殺しにした方が早いだろう?」

「くっ……大人って汚い!」


 ナタリアがギリギリと歯がみして憎悪を燃やす。

 そんな中、リディは首をひねるばかりだった。


「むう……わらわも全然気付かなかったのじゃ。おとなって難しいのじゃ……」

「……子供は分からなくていいことですよ」


 シャーロットはリディの頭をそっと撫でて苦笑する。

 辛く苦しい日々の記憶を思い起こしているらしい。

 そんなシャーロットに寄り添って、ルゥは心配そうに顔を見あげる。


『大丈夫? ママ、顔色が悪いよ』

『無理もありませぬ。よもやこのような下らぬ奸計であったとは……儂もはらわたが煮えくりそうでございますよ』


 ゴウセツもまた側で控え、ふんっと鼻を鳴らした。

 重い空気が場に満ちて、誰も彼もがしかめっ面で黙り込む。

 そんな面々を横目に、アレンは最後の疑問をエルーカに投げた。


「で……エヴァンズ家の当主はいったい何をやっているんだ? 家督の危機だろうに」

「ああ、何かあっちこっちを飛び回ってるよ。魔法道具を色々かき集めてるみたいでさ、私財もけっこう浪費してるみたいで」

「ふうむ……金持ちにはよくある道楽だが」


 魔法道具は日常生活で役立つものから、神秘的な力を秘めたものも幅広く存在する。金と暇を持て余した貴族が蒐集にハマるのはよく聞く話だ。


(だが、家の危機にも無関心なのか……? そっちはそっちで変な話だな)


 とはいえ、この場にいない当主について悩んでいても仕方ない。


「よし、ともかく情報は揃ったな」


 張り詰めた空気を振り払うようにして、アレンは軽く手を叩く。

 そうして、なるべく静かにシャーロットへと声をかけた。


「おまえはどうしたい。決断すべき局面だ」

「そ、そうですね。ここが正念場なんですよね」


 シャーロットはふうと小さく息を吐く。

 そのわずかな吐息がかまくらの隅々にまで満ちた。


 全員が固唾を呑んでシャーロットの言葉を待つ。

 望郷の鏡には依然として義母と王子が映し出されていた。シャーロットはそれをちらりと見やってから、困ったような笑顔をアレンに向ける。


「好きな人と一緒にいたいって気持ち、今の私なら痛いほどに分かるんです。それだけは……おふたりを責めることはできません」

「……ならば最低限の報復で済ませるか? 告発するとか」


 それもひとつの選択だ。

 あらゆる証拠を集めてから、正当な手段でふたりを告発する。

 時間はかかるだろうが、名誉回復には繋がるだろう。


 そう説明すると、シャーロットはどこか考え込むように眉を寄せる。


「それもいいですけど……ちょっと、聞いてもいいですか?」

「何だ。俺でよければ答えよう」


 シャーロットの前にしゃがみこむと、彼女はこくりと重くうなずく。

 そうして飛び出した質問は、予想だにしないもので――。


「ケンカって、どうすればいいんでしょう?」

「……は?」


 目を瞬かせるアレンの後ろで、他の面々も無言で顔を見合わせた。

 そんな全員に、シャーロットは慌てて補足する。


「そ、その、アレンさんだったらこういうとき、自分で戦って、相手をばしっとやっつけちゃうじゃないですか」

「まあそうだな……」

「私、そういうのって一度もしたことがないから……だから、いい機会だと思うんです!」


 困惑したアレンの前で、シャーロットはぐっと拳を握る。

 その瞳に迷いはなかった。ただ純粋なキラキラとした目で決意を語る。


「私、自分の手で決着を付けます。アレンさんみたいに!」

「シャーロット……」


 それにアレンは言葉を忘れて見惚れてしまう。

 かつて、怒りを口にすることもできなかった彼女がここまで人として成長した。それにジーンとするのだが、ナタリアは白い目を向けてくる。


「大魔王……わたしのねえさまに悪い影響を与えすぎなのでは?」

「あっ、ナタリアもあとで教えてくださいね。だって得意ですよね?」

「ねえさま!? わたしのことをそんな目で見ていたんですか……!?」

「順当な評価だろ」


 ガーンとショックを受けるナタリアだった。

 シャーロットはそれにくすりと笑って、この場にいる面々の顔をぐるりと見回す。


「私がこんな勇気を出せたのは、アレンさんやみなさんがいたからです。あのふたりに、変わった私を見せてやりたいんです。だからあの……」


 最後にまたアレンに目を向けて、にっこりと笑う。


「私に教えてくれますか? アレンさん流のケンカのやり方を」

「ふっ、それなら俺の得意分野だ」


 アレンはニヤリと口の端を持ち上げる。

 シャーロットに右手を差し伸べて、高らかに言い放った。


「ならば本日のイケナイことは決まったな! ずばり、一世一代の大喧嘩だ!」

「はい!」


 シャーロットは満面の笑みでその手を取った。

 かくして魔王と悪役令嬢による一大連合軍が結成された。

 しかしふとシャーロットは顔を曇らせるのだ。


「あっ、でも、大怪我させるとかはダメですよ? ほどほどに脅かして反省していただくとか、できたらそんな感じでお願いします」

「ふむ、そういうことなら……よし、ドロテア!」

「えっ、ボクっすか?」


 ずっと隅の方で取材メモを取っていたドロテアがきょとん目を丸くする。

 完全に部外者に徹してこれまで口を挟まなかったし、事実そうなのだから話を振られたのがよほど予想外だったらしい。


 そんなドロテアに、アレンはびしっと人差し指を向けて言い放つ。


「少しばかり手を貸せ! そうしたら好きなだけ……俺たちのことを書いてもいいぞ!」

「ひゃっほーい! お任せくださいっす」


 二つ返事で戦力が加わって、作戦が急ピッチで練られることとなった。

続きはまた来週更新します。

来週はコミカライズ本編更新もあるぞ!よろしくお願いします!

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コミカライズ十巻発売!
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