百八十話 前を向くために①
それからアレンたちは雪山リゾートを思いっきり楽しんだ。
スキーを体験したり、魔物レースを見に行ったり、のんびりと温泉に浸かったり。
旅行三日目となったこの日も、ふもとの魔道動物園に行って、雪国ならではのもこもこした魔物を見てきたところだ。
そんな一日の締めくくりとして出されたのは豪華なジビエ鍋だった。
丁寧に下処理された猪肉から脂が溶け出して、スープは黄金色に輝いていた。もちろん全員たらふく食べて、鍋にはしずくひとつ残っていない。
ソファーにぐったり沈みながら、ナタリアは天井を見上げる。
「もうお腹いっぱいです……」
『ルゥもたくさんたべたよ!』
『儂も年甲斐もなくがっついてしまいました』
ルゥとゴウセツも、カーペットにごろんと寝転がって腹を出している。
暖炉の薪がパチパチと爆ぜて、リビングは眠気を誘うぬくもりに満ちていた。
そんな中、アレンは食器を片付けていたものの、一緒に作業していたシャーロットがはっと気付く。
「そうだ、食後にアイスがあるんです。準備しますね」
「俺も手伝おうか?」
「いえ、アレンさんはお片付けをお願いします。私にちょっと考えがあるので」
「考え……?」
シャーロットはいたずらっぽく笑って、台所の方へと引っ込んでいった。
少し気になるものの、任されたからには片付けを優先させる。食器をまとめておけば、あとでスタッフが回収に来てくれる仕組みだ。
束にしたフォークを握って辺りを見回す。
「えーっと、カトラリーはどこにしまうんだっけか」
「ん」
「おお、でかしたぞ。リディ」
横手からリディが小さめのバスケットを差し出してくる。
そのままふたりして片付けを進めれば思ったより早く片付いた。椅子に上ってテーブルを拭くリディの頭を、アレンはぽんっと叩く。
「手伝いご苦労。どうだ、ちゃんと旅を楽しめているか?」
「う、うむ。たぶん……じゃが」
リディはぎこちなくうなずいてみせる。
雪遊びに連れ出したあの日から、しゃべり方はともかくとして所作はずいぶんと子供らしいものになっていた。一同もその変化をすんなり受け入れて、当人もだんだんと慣れつつある。
笑顔はまだ硬いものの、心から浮かべるものだった。
リディはすっかり片付いたテーブルを見て、小さく吐息をこぼす。
「聖女だったときは、食べ物の味なんて分からなかったが……みんなと食べると、こんなにぽかぽかするのじゃな。なんだか初めて、生きてるって気がする」
「なんだ、おまえも分かってきたじゃないか」
アレンはニヤリと笑いつつ、ふと気になったことを尋ねてみる。
「昔はこんなふうに食卓を囲むこともなかったのか?」
「うむ。エヴァンズ家の者たちと過ごした時間はそもそも少なかったし……あ、でも」
リディはどこか遠くを見るように目を細める。
「嫡子のロバート……弟は、何かにつけてわらわに話しかけてきたのう。魔法が使えるのがよっぽど珍しかったみたいで、いろいろ見せてほしいと頼まれた。それは……ちょっとだけ、嬉しかったな」
「……そうか」
アレンはそれ以上何も聞かなかった。
辛いことばかりだったはずの前世にも、ほんの少しだけ美しいものを見つけられたのなら……今後のリディの人生にも、明るい物が満ちるはずだと思えた。
他の面々も、静かにふたりの会話へ耳を傾けていた。
食後のリビングにはゆったりとした時間が流れていく。
「ともかく今のおまえはうちの子だ。何かあればいつでも言えよ。最近、妙に周りを気にしていただろう」
「それなら大丈夫なのじゃ」
リディは首を横に振って、何もないはずの部屋の隅をじとーっとした目で見つめる。
「なんだかおかしな気配がするのう、と思っておったが……正体はたぶん分かったから、もう気にしないのじゃ」
「ああ、なるほど」
アレンはそれですべてを察した。
リディの視線を追うようにして部屋の隅へと向かい――虚空をがしっと掴んだ。
「こいつのせいか」
「うぎゃっ!?」
「へっ、ドロテアさん!?」
ソファでまどろんでいたはずのナタリアが、すっとんきょうな声を上げる。
部屋に突然、ドロテアが出現したからだろう。不審者は尻餅をついたまま「ど、どもー……」と半笑いで手を振る。
それを見下ろして、アレンは奪った外套を広げてみせる。
白い布地は柔らかな手触りで、細部に刺繍が施されている。
「これで姿を消して、俺たちのことをずっとつけ回していたんだ。ツッコミを入れるのも面倒だったからスルーしていた」
「だってだって、この旅行はアレン氏たちにイチャついてもらうために贈ったんすよ!? 濃厚なラブコメを見守るためには、壁や床に同化するのが鉄則っす!」
「すごい執念ですね……ところでそれ、魔法道具ですか?」
「その通りっす。これを着ていれば周囲の景色に溶け込めるんすよー。透過の度合いも選べる優れものっす!」
「出歯亀以外の目的で使うべき代物だろ、これ。諜報とか隠密とか」
アレンは布を摘まんで顔をしかめる。
材質も、かかっている魔法も一級だ。相当名のある術士が作ったものに違いなく、市場価値は計り知れない。たぶん、小さな島くらいなら余裕で買える。
ルゥも困惑した様子で鼻を鳴らす。
『ええ……ルゥもわかんなかった。それ、匂いも消しちゃうんだ』
『ふぉっふぉ、儂は気付いておりましたがな。害がない故、放置しました』
「お待たせしましたー、ってあれ? ドロテアさん?」
そこでシャーロットがキッチンから戻ってきた。
ドロテアを見て最初はきょとんとしていたものの、軽く説明するとあっさり受け入れた。もうすっかり珍事には慣れっこらしい。
シャーロットは人数分のマグカップをテーブルに並べていく。なみなみと注がれているのは、数日前にも口にしたココアである。アレンは首をひねるしかない。
「ココアがデザートなのか?」
「いえ、まだ完成じゃないんです。ここにアイスを乗せて……」
シャーロットはよく冷えたアイスの箱を取り出して、それをスプーンで掬ってからココアの上に乗せる。本来ならばアイスはすぐに溶けて、ココアはぬるくなってしまうことだろう。
しかしシャーロットはマグカップをずいっとアレンに差し出した。
「アレンさん、魔法をお願いします!」
「ほうほう、なるほど……そら」
意図を察して、即座にぱちんと指を鳴らす。
するとマグカップは淡い光に包まれて、ココアの湯気が強くなる。溶けかけたアイスはそれ以上崩れることもない。ココアの温度を保つ魔法と、アイスが溶けなくなる魔法を同時にかけたのだ。
そしてそれはシャーロットの狙い通りだったらしい。マグカップをナタリアらに見せてにっこりと笑う。
「こうすると、どちらも一緒に楽しむことができるんです!」
「なんと! すごい発明です、ねえさま!」
「ま、ママ上! リディもリディも!」
「もちろんすぐに用意しますね。アレンさんもお願いします」
「ああ、もちろん任せておけ」
ちびっこふたりは特製ココアを覗き込み、目をキラキラさせる。
シャーロットもアイスをひと口味わって顔を綻ばせた。
「やっぱり美味しくなりました。ありがとうございます、アレンさん」
「合わせ技か……なるほど、やるじゃないか」
以前ふたりで旅行に出たとき、温泉でアイスが溶けない魔法を使った。それと今回の旅でのココアを合体させたわけだ。
甘いものにそれほど興味がないアレンにとって、わりと盲点の発想だった。
そう告げると、シャーロットはカップで口元を隠して笑う。
「ふふ、アレンさんのおかげです。私もすっかりイケナイ子になっちゃいました」
『ふぉっふぉ。なんともまあお熱いことですなあ』
「そ、そんなことありません。普通です。ほら、ゴウセツさんとルゥちゃんにはフルーツの盛り合わせがありますよ」
『わーい! 別腹ってやつだ!』
からかうゴウセツに顔を赤らめながらも、シャーロットは大皿を運んできて二匹の前にでんっと置いた。あからさまな照れ隠しである。
続きは来週木曜更新します。
昨日更新予定だったのに、さめが日付を勘違いしていて忘れておりました……!申し訳ない!!
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