百七十五話 リディ・クロフォード②
リディはぎこちなくアレンに顔を向ける。大きく見開かれた目は、まるで理解ができないとでも言いたげだ。
「父……? いったい誰が……?」
「もちろん俺だが。なんだ、その不服そうな顔は」
「逆にどうして不服でないと思う!?」
リディは叫び、わなわなと震えてしまう。その顔は真っ赤に染まっていた。
そんな彼女に、アレンは肩をすくめて言う。
「身元保証人として、便宜上そうしただけだ。その方が今後何かと手続きもスムーズだしな」
義父のハーヴェイの養子としても良かったのだが、行政の手続きが必要な場合わざわざサインをもらいに学園まで行かねばならなくなる。
それなら名実ともに自分が保護者になってしまえ、とアレンは気軽に判を押したのだ。
そう簡潔に説明しても、リディはあんぐりと口を開けて固まるばかりだった。アレンは眉を寄せる。
「家族になると言っただろう。何を驚くことがあるんだ」
「いやその、おぬしはどー見ても父親というキャラではないじゃろ……」
「まあ、それに関しては俺自身も同意せざるをえんな」
アレンはしみじみとうなずく。
自分が人の親になるなんて、一年前までなら考えもしないことだった。
しゃがみ込んでリディの顔を覗きこみ、その頭をがしがしと撫でる。
「だから俺もおまえも、父親初心者で子供初心者だ。お互いゆっくりレベルを上げていこうじゃないか」
「むう……」
リディは口をきゅっと引き結び、アレンのことをじーっと見上げてくる。やがて消え入りそうな声でたずねることには――。
「おぬしは……ずっと、わらわの父でいてくれるのか?」
「もちろん。嫌と言われても逃さんぞ」
アレンはニヤリと笑う。
予想外の結果となったが、このところは万事が万事そんなものだ。それでも全力で取り組んでなんとかなっている。父親も全力でやり遂げるだけだ。
それに、自分ひとりで取り組むわけではない。
アレンは隣のシャーロットに目配せする。
「そうだよなあ、シャーロット」
「は、はい。頑張ります」
「へ?」
固い面持ちでうなずくシャーロットに、リディはきょとんと目を丸くする。わけが分からないと言いたげだ。
そんなリディにシャーロットはぐっと拳を握って心意気を語る。
「え、えっと、至らないこともあるかもしれませんが……いいお母さんになれるよう、頑張ります!」
「……母? シャーロットが……?」
「はい」
シャーロットはこくりと頷く。
胸に手を当てて、はにかむようにして言うことには――。
「アレンさんは私に家族をくれました。だから今度は……私がリディさんの家族になれたら嬉しいな、って」
「…………」
「そ、それで、なるとしたらお姉さんかな、とも思ったんですが、アレンさんがお父さんになるなら、私は……あ、あれ? リディさん?」
黙り込んだリディに気付き、シャーロットは目をみはる。すぐにしゅんっと肩を落としてしまうのだが――。
「や、やっぱり私がお母さんだなんて、頼りないですよね……」
「そんなわけないじゃろ!?」
「きゃっ」
リディは叫ぶと同時、シャーロットの腰にがばっと抱き付いた。
浮かべる笑みは、これまで見せた中でも群を抜いてキラキラしている。アレンを指差して堂々と言う。
「あれに比べたら断然アリじゃ! むしろ大歓迎なのじゃ!」
「あ、あれって……そんなこと言っちゃいけませんよ、アレンさんはリディさんのお父さんなんですからね」
たしなめるシャーロットだが、その顔はゆるみにゆるんでいた。
受け入れられてホッとしているらしい。
そこにナタリアも乱入し、シャーロットにぎゅうっと抱きついた。
「もう、リディさんだけずるいですよ! ねえさまはわたしのねえさまなんですからね!」
「ふーんだ、それを言うならわらわのママ上じゃぞ!」
「ま、ママ上ですか……!? と、ともかくふたりとも、仲良くしなきゃダメですよ!」
きゃいきゃいとじゃれ合うふたりに、シャーロットはあたふたするばかり。母親(レベル1)はなかなか前途多難らしい。
そんな光景を前にして、エルーカはニヤニヤしながらアレンを肘で突いてくる。
「ほんっとやるじゃんねー、おにい。結婚前に娘ができるとかどんな気分?」
「ふ、不可抗力だ。仕方ないだろ」
アレンはまごつきながらも咳払いするしかなかった。
(とはいえ……書面上、シャーロットはリディの保護者でもなんでもないがな)
シャーロットにかけられた濡れ衣はまだ晴れないまま。当然、リディの市民登録書類にシャーロットの名前を書くことはできなかった。
たかが書類。されど書類である。
そうしたものに大手を振って自分の名前を書けるようになったとき、彼女の人生が本当に再始動するのだ。
そんなことをぼんやり考えるアレンをよそに、他の面々は盛り上がる。
ルゥなどリディの前に立ち、得意げに鼻を鳴らしてみせた。
『それじゃ、リディはルゥのいもーとだね。おねーちゃんって呼んでもいいよ!』
「むう、先に娘になったのはそちらの方か……ならば仕方ない。ルゥ姉上じゃな」
『では、儂のことはゴウセツお姉様と』
「ばあさまじゃな。承知した」
『おやおや、すでにもう反抗期まっただ中というわけですかな? なんとまあ教育しがいのある……』
「ひいっ!?」
凄むゴウセツに、リディの肩がびくりと跳ねる。
なんとか闘志を取り戻してふんぞり返るのだが――。
「や、やれるものならやってみるがいい! ママ上を味方に付けたわらわには、恐れる物なんぞ何ひとつないのじゃ!」
「ダメですよ、リディさん。ゴウセツさんとも仲良くしましょうね」
「うぐうっ……じゃ、じゃがママ上よ、あやつやっぱり怖いのじゃ……!」
結局シャーロットにしがみつくリディだった。
みな冗談を飛ばしつつも、すっかり元聖女のことを受け入れてしまっていた。
それが肌で分かるのか、リディの表情もずいぶん柔らかなものとなっている。
これでようやく一件落着である。ひとまずは。
アレンは片手で顔を覆い、長めにため息をこぼしてから――最後の難敵を倒す決意を固めた。
(さて、誕生日プレゼント……どのタイミングで仕掛けるべきか?)
ずばり、シャーロットへのプレゼント。
ファーストキスである。
お久しぶりの更新です。続きは来週木曜更新します。
次回でリディ編終了。無事にキス完了できるのか!
次回からはコンスタントに更新できる予定です。お楽しみいただければ幸いです。
また、コミカライズも最新話が更新されております。
来週木曜は一周年記念企画も始動!お楽しみに!





