表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/225

十七話 イケナイ、ストレス発散方法③

 シャーロットばかりか、ミアハも目を丸くして固まる。

 しんと静まり返ったなか、アレンは首をひねる。

 

「む、聞こえなかったのか? 俺を殴れと言ったんだが」

「いやいや聞こえてましたけど! ど、どうしてですか!?」

「魔王さん……そういう趣味があったのですにゃー……」

「勘違いするな。これもイケナイことの一環だ」

 

 じとーっと白い目を向けるミアハに、アレンは肩をすくめてみせる。

 しかしシャーロットの顔は真っ青だ。グローブをつけた手を胸に抱いて、ぶんぶん首を横に振る。


「そんなことできません! アレンさんにはお世話になっていますし……無理です!」

「できないとか、できるとかじゃない」

 

 アレンはにっこりと笑う。立てた人差し指をついっと曲げて『来い』と示す。


「やるんだ」

「はっ……!?」


 刹那、シャーロットの右腕が突然跳ね上がる。

 そのまま彼女は腰を沈めて思いっきり振りかぶり――。

 

「ごふっ!?」

「アレンさぁん!?」

 

 アレンの頰に、綺麗なコークスクリュー・パンチが炸裂した。

 おかげでアレンは三メートルほど吹っ飛んだ。せっかく掃除したリビングに、天井から(ほこり)が舞い落ちる。

 

 床に転がりうめくアレンに、シャーロットが慌てて駆け寄ってくる。


「い、今のはなんなんですか……!? 勝手に、グローブが動いて……!」

「ふっ……魔法だ。お前の右腕を操って、俺を殴らせた……いいパンチだったぞ」

「ミアハはいったいなにを見せられているのですにゃ……」

 

 ミアハがドン引きの目を向けてくるが、かまっている余裕はなかった。


 アレンは怪我の具合を確かめる。口の中と(くちびる)を少々切ったが、歯も骨も無事。口の端ににじんだ血をぐいっと拭い、青い顔のシャーロットに笑いかける。

 

「いいか、シャーロット。これだけは言っておく」

「な、なんですか……!?」

「俺は殴られようと、踏まれようと、悪態をつかれようと。なにがあってもおまえを見捨てない」

「……っ」


 シャーロットは言葉を失う。


 伝えたかったのはこれだけだ。

 アレンは彼女の味方である。どんなことがあってもそれは変わらないし、変えるつもりもない。


 昨日今日出会ったばかりの少女に誓うにしては、あまりに度を過ぎた告白だとわかっていても。言わずにはいられない。


「ここはエヴァンズ家じゃない。おまえはなにを感じてもいいし、なにを言ってもいい。自由なんだ」

「じ、ゆう……」


 シャーロットは初めて聞いた単語とばかりに、その言葉をぼんやりと口にする。

 しかしすぐにハッとするのだ。


「それを言うために……ご自分を殴らせたんですか!?」

「当たり前だろう。ここまでしないとお前は考えを変えないだろうからな。ショック療法というのがあるだろう」

「捨て身にもほどがあります!」


 シャーロットは顔を真っ赤にして怒る。

 おかげでアレンはたじろぐしかない。


「そ、そうは言ってもな、この程度の怪我ならすぐ治せるんだ。ほれ」


 簡単な治癒魔法を自分にかける。

 すると(ほお)()れは引き、口の中の鉄錆味も綺麗さっぱり消えた。


「このとおり。取り返しのつかないことなんて、なにもない。だからお前には、あらゆるものを怖がらずにいてほしいんだ」

「アレンさん……」


 シャーロットはほんのすこし目を丸くするが……すぐにスッと素の怒り顔に変わる。


「でも、さっきアレンさんが痛い思いをした事実は変わりませんよね」

「うっ……それはまあ、そうだが」

「こういうことは今後一切やめてください。心臓がいくつあっても足りません」

「わ、わかった……」


 アレンはおずおずと頷くしかない。

 怖いもの知らずの彼ではあるが、シャーロットの本気の怒りが伝わってさすがに堪えた。

 すると……シャーロットはわずかに相好を崩してみせる。


「……これまで、私は色んなことを怖がって生きてきました」


 シャーロットはどこか遠い目をして言う。


「でも……もういいんですね」

「……もちろんだ」


 その手をそっと握る。

 グローブ越しに、シャーロットの緊張が伝わった。彼女は決意のこもった目でアレンを見つめる。


「すぐには無理かもしれませんけど……私、頑張ります。自分の思っていること、ちゃんと言えるようになりたいです」

「うむ。急がなくていいぞ。俺はいつまでだって付き合うからな」


 アレンはそれに笑いかける。

 ストレス発散という当初の予定からはずいぶん外れたが……まあ、最初のステップとしては悪くないだろう。


(シャーロットは、ここからやり直すんだ。俺はゆっくりそれを見守ろう)


 そこでふと、所在なさげに(たたず)むサンドバッグが目に入った。そのついで、そばのミアハに苦笑を向ける。


「すまないな、ミアハ。せっかく持ってきてもらったのに……こいつを使うのは当分先になりそうだ」

「いやいや、とんでもないですにゃ」


 ミアハは、何故か満面の笑みでかぶりを振る。

 アレンの顔を覗き込み、ゴロゴロとのどを鳴らしながら言うことには。


「それより、今後とも我がサテュロス運送社をご贔屓(ひいき)にお願いしますにゃ」

「うん? それはもちろんだが。なぜだ?」

「だって、これから色々ご入り用だと思いますからにゃ! ダブルベッドに指輪に……ベビーグッズも近々必要になりますかにゃ! やー、運び屋の腕がなりますにゃー!」

「なんでそんなものが必要に……?」

「さあ……?」


 ひとり盛り上がるミアハとは対照的に、アレンとシャーロットは顔を見合わせるばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミカライズ十巻発売!
flpigx5515827ogu2p021iv7za5_14mv_160_1nq_ufmy.jpg
― 新着の感想 ―
[気になる点] アレン、言葉選びがそんななのに、 意外とそっち方面は疎い…?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ