百六十九話 聖女様、荒れる①
昨夜、間違えて推敲前のものをアップしてしまいました……!
お騒がせいたしました。昨日のはどうか見なかったことに……フカヒレ差し上げますので。
街外れにある、開けた広場。
そこは今、緊迫の空気に包まれていた。
あたり一面には人を模した丸太が無数に並べられ、そのただ中にはひとりの亜人の姿があった。
長いコバルトグリーンの髪を腰のあたりで一つに束ね、頭の上には髪と同じ色をしたケモノの耳が生えている。お尻から生えるのは長い鍵尻尾。性別は女性。
身にまとうのは動きやすそうな軽装備で、見るもわかりやすい冒険者の出立だ。
ミアハそっくりの彼女は腰に手を当ててゆらりと構え、淡々とした声で告げる。
「では……参ります」
言い放った次の瞬間、彼女は空高く跳躍した。短く息を吐いて両腕を振るう。
ズガガガガッッッ!!
撃ち出されたのは無数のナイフ。それらはあたりを埋め尽くす人型――人ならば心臓があるはずの位置に、狙いを違わず突き刺さった。
彼女はすたっと軽く着地して、ふうっと息をつく。背後で見守っていたギャラリーたちを振り返り、ナイフを差し出して無表情で言ってのけた。
「さあ、どうぞ。やってみてください。楽しいですよ」
『無茶言うな!!』
その場の全員が声を揃えてツッコミを上げた。
それに彼女はこてんと小首をかしげるのだ。
「どうしてです? 子供の頃に楽しかったことを教えてやってくれと言うから披露しただけなのに」
「いや、一般的な子供はそんなことやらねえよ。つかできねえわ」
メーガスが呆れたように肩をすくめる。
「聖女さんも無理だろ?」
「まあ、うむ……素晴らしい技であるとは思うが、やれと言われても困るわな……」
リディリアも軽く拍手を送りつつも肩をすくめてみせた。
聖女にイケナイことを教えるという一大ミッションにあたってお呼びをかけたのだが、とんだ大技を披露されてしまった。
ミアハが頬をぽりぽり掻きつつ補足する。
「いやはや、お騒がせしましたにゃ。うちのマイア姉さん、育った家が大道芸ファミリーだったとかで謎スキルを大量に持っているんですにゃ」
「この技を練習するのが子供の頃の楽しみでした。パパは予備動作なしでもっと多くの的に当てられます」
「何度聞いても暗殺者一家としか思えないですにゃ……今度ちゃんとご挨拶に伺いますにゃ」
「うん。ミアハならいつでも歓迎する」
マイアはこくこくとうなずく。
妹と対照的に物静かな性分のようだし、表情もほとんど変わらない。それでも生き別れになっていた妹と再会できて嬉しいのか、口元にはささやかな笑みが浮かんでいた。
そこにグローがワクワクしたように話しかける。
「なあなあ、ウィリアム・テルって分かるか? リンゴを頭に乗っけて撃ち抜くやつもできるたりするのか?」
「もちろんできます。それにしても、こんな地球ネタが通じる人がいるなんて思いもしませんでした」
「いやあ、どこかの誰かのせいでこの街にやたら集まってるからな……」
「そういえばグローも姉さんも転生者でしたにゃあ。そちらでは子供の頃、どんな遊びをされていたので?」
そのままその一角は前世トークで盛り上がり始め、プレゼンテーターはバトンタッチとなる。
「よーし! 次は俺だ! 幼少期に兄貴らと遊んだ岩駒を見せてやろうじゃねえか! 互いのコマをぶつけて、相手のコマを粉砕した方の勝ちだ!」
「面白いのか、それ……」
メーガスが意気揚々と出してきた岩の塊を前にして、リディリアの反応は薄いものだった。
むしろ少し離れた場所から見守っていたアレンの目には、どこか苛立っているようにも見えて――。
「うーん……どれもいまいちだな」
『そうですねえ……』
鏡の中のシャーロットもため息をこぼす。
あれから他の面々が入れ替わり立ち替わり、リディリアに『子供が喜びそうなこと』を教えていった。しかし結果は芳しくないどころか、目に見えてリディリアの機嫌が悪くなる一方で――。
そのことが分かるのか、ゴウセツもひそひそと言う。
「いかがいたしますか。これ以上続けても逆効果かと。最悪、気分を害してシャーロット様の中から出てこなくなりますぞ」
「その可能性は十分に考えられるだろうな」
アレン達の干渉が煩わしくなって、これまでシャーロットの中でずっと隠れていたように逃げてしまうかもしれない。
無理やり呼び出す方法がないこともないが、そんな強硬手段を取ってしまえば、ますます向こうは臍を曲げるだろうし……。
(さて、どうしたものかなあ)
そんなことを考えた、その時だ。
ゴウセツがすっと目を細め、アレンにだけ聞こえる声量で告げる。
「ですが、それはそれで良いのかもしれませぬ」
「なに?」
「彼女は生に興味などない、と言っていたようですが……今後、その気が変わってシャーロット様の肉体を乗っ取らないともかぎりませぬ」
そう言ってリディリアのことをちらりと見やる。その目には、刃のように鈍い光が宿っていた。
「あれは間違いなく、シャーロット様を害する可能性のある不穏分子。そのまま封じるなりして葬り去ってしまうのが筋というやつでは?」
「……おまえの言うことにも一理あるがな」
ゴウセツの言葉はもっともだ。
真にシャーロットの身を案じるのなら、問答無用でリディリアを封じてしまうのが一番いい。
相手はそもそも過去の人間――死者だ。ご機嫌をうかがう必要などありはしない。
だが、アレンはぱたぱたと手を振る。
「その手はダメだ。俺の主義に反する」
「意地、というやつですかな。愛する女性のためならば、そんなくだらぬものはドブに投げ捨てるのが道理では?」
「たしかに意地もあるが、もう一つの理由のが大きいな」
一度やると決めたことはとことんやる。
それがアレンのモットーだ。だが、今回はそれに加えて大事な理由があった。
思い返すのは、シャーロットを拾ってすぐの頃。彼女に誓った言葉である。
「俺は前に、シャーロットに約束したんだ。『世界で一番幸せだと胸を張れるように変えてやる』と」
「貴殿は臆面もなく言いそうな台詞ですなあ。で、それがいかがいたしました?」
「あの約束をしたとき、シャーロットの中にはリディリアもいたことになる。つまり、俺はリディリアとも約束したんだ」
幸せにする、と。
「だから俺はシャーロットだけでなく、あいつのことも幸せにしなければならない。それが大きな理由だ」
「……まったく貴殿という方は。それも結局、意地の問題ではございませぬか」
ゴウセツはやれやれと肩をすくめる。
心底呆れたとばかりの反応だが、その目に宿った攻撃的な光はなりをひそめてしまう。
くつくつと喉を鳴らして笑いながら、今度は普通の声量で語った。
「まあ、そのくらい豪胆でなければ、シャーロット様に次ぐ我が第二の主など務まりませぬな。で?」
「なんだ」
「封印がダメとなると、彼女の心を溶かす必要がございますが……策はあるのです? 一筋縄ではいかないようですが」
「なに、それはなんとかなる。取っ掛かりのようなものも見えたしな」
「ほう? あのスレたお子様も籠絡可能と。さすがはアレンどの。魔王の名をほしいものにするだけはありますなあ」
「だから大魔王だというに……おまえ、俺がそっちの呼び方を気に入っていないのを知っていてわざと呼んだな?」
アレンがじろりと睨むも、ゴウセツはニヤニヤと笑いっぱなしのままである。
そんな中。
「ただいま戻りました!!」
「む」
どばーん、と勢いよく現れたのはナタリアだ。
背中にはパンパンに膨らんだリュックサックを背負い、両手にも紙袋を提げている。かなりの大荷物だが、当人はそんなことをまるで気にせず得意げな顔をしていた。
そういえば途中から姿を消していたな、とアレンは遅ればせながら気付く。
「ナタリア……? おまえ今までどこに行ってたんだ」
「もちろんイケナイことの準備です。少々買い出しに行っておりました」
ナタリアは勝利を確信したように、ふふんと笑ってみせた。
続きは再来週の木曜日あたりに更新予定。
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