百六十八話 イケナイ猛攻大作戦②
前回までのあらすじ・相手は手強い!
戦いはそれからも熾烈なものとなった。
アレンは持てるネタすべてをリディリアにぶつけた。
流行りの服屋で一揃え買い与えてみたり――。
「まあ、服とか着せられてもな。この肉体はシャーロットのものじゃし、よーく似合っておるなあとしか」
「たしかに……!」
故郷の料理では反応が悪かったので、今の時代のジャンクフードを与えてみたり――。
「ふむ、美味いことは美味いが……なぜにチーズを七色に着色する必要が?」
「悪い……俺にもよくわからん」
ちょうどいい頃合いだったので昼寝をさせてみたり――。
「ふわあ、よーく寝たのう。で、仮眠の何がイケナイことなんじゃ?」
「ぐっ、う……!」
そんなこんなで時間は過ぎ――。
「くそっ……もう夕方なのにネタがない……!」
『あ、アレンさん。大丈夫ですか?』
酒場の一角にて、アレンは頭を抱えていた。
街の大通りに面した店で、メニューも値段も庶民派である。昨夜、エルーカとドロテア、ゴウセツの三人が飲み明かした店らしい。アレンも何度かメーガスたちと飲んだことがある。
ちょっとした馴染みの店で、それなりに酒の種類も豊富だ。だがしかし、今日は酒を味わう余裕などまるでない。
水の入ったグラスをぐいっと煽れば、多少気分は落ち着く。
しかし真隣から勝ち誇ったようなニヤニヤ笑いが飛んでくるので、一切心安まる暇がなかった。
「くはは、素直に負けを認めればいいのにのーう」
優雅にカップを傾けながら、リディリアは高らかに笑う。
そのついで、両脇にルゥとゴウセツを侍らせて交互にぽふぽふと頭をなでた。
それなりに二匹のもふもふ具合に満足そうだが、感極まるほどではない様子。ダブルもふもふ作戦も失敗に終わっていた。
アレンをねっとりとした目で見つめながら、リディリアは唇を三日月の形にゆがめる。
「この世の楽しみを教えてくれる、と申したが……それは何か? おぬしの無様な様を見て心ゆくまで笑え、と。つまりはそういうことだったのかのう?」
「こっ、このクソガキがあ……!」
青筋を立てて呻くと、手にしたグラスに細かいヒビが生じた。
そんなふうにいっぱいいっぱいのアレンのことを見て、テーブルに置いた鏡の中から、シャーロットがしゅんっと肩を落として浮かない顔をする。
『ごめんなさい、アレンさん……私が変なお願いをしたばっかりにご迷惑をおかけして……』
「む? 何を言うんだ」
申し訳なさそうな彼女に、アレンは柔らかく笑いかける。
「迷惑などと思うものか。大事なおまえの願いなら、死力を尽くす他はない」
『アレンさん……』
「それに、な……」
ふっ、と薄い笑みを浮かべてから――びしっとリディリアを指さす。
「ここまで来たら意地だ! 俺は何としてでもこのクソガキを泣かせてやらねば気が済まんのだ……!」
『そ、それはそれで心配になるんですけど……』
『ほんっと、おとなげないなあ』
「まあ、そういう執念深さもアレン殿の美点ではありますがなあ」
ルゥもゴウセツ(美女のまま)も半眼を向けてぼやいてみせる。
一方で、リディリアは真っ向からの宣戦布告を鼻で笑い飛ばすのだ。
「往生際の悪い男よのう。それにしても……」
そこで言葉を切って、視線を店の奥へと投げる。
アレンも釣られてそちらに目をやった。
まだ夕方で、店が賑わうには少し早い。それなのに店の奥はテーブルがほとんど埋まっていた。
「うーん……うまい飯もダメ、金銀財宝もダメ……俺たちだったら、あとは酒があったら最高なんだけどなあ」
「七歳に酒は出せねえだろ。しっかし七歳か……俺は実家の店番サボって、親父に叱られまくってた頃だなあ」
「ミアハはその年頃だとお人形遊びにハマっていましたにゃ。義兄弟たちがいつも付き合ってくれましたにゃあ」
「あたしはおにいと魔法の勉強ばっかりだったなあ。あと、パパとママの仕事の見学とか?」
「七歳っすかー……ボクにとっては遙か昔の話っすねえ。あのころはうちのかーちゃんが、実家の森の守護神やってて――」
いつものメンツ、メーガスやグロー、そしてミアハにエルーカ、ドロテアである。
みな真剣な顔で額を付き合わせてわいわいと言葉を交わしていた。
それを見て、リディリアは不思議そうに首をひねる。
「あの者たちはいったい何をやっておるのじゃ……?」
「ああ。おまえに課すイケナイことを考えているらしいぞ」
「なに? 他者の知恵を借りるとは、ついになりふり構わなくなったか」
「バカを言うな、俺が頼んだわけじゃない。事情を話したら、協力したいと言い出したんだ」
手出し無用と言ったものの、エルーカたちは首を突っ込む気満々だった。
そこにちょうどダンジョン帰りのメーガスたちが加わったというわけだ。
もちろん彼らの手下たちも一緒のため、店の中はかなりの盛況となっている。物々しいメンツではあるものの、話し合う内容が『いかに聖女様を喜ばせるか』なので、ある意味平和である。
おまけにその聖女様が七歳ということもあり、どこのテーブルも子供時代の思い出に花が咲いているようだ。
そう説明すると――。
「ふうん……ほかにも暇な奴らがいるとは呆れるのう」
リディリアはつまらなさそうに視線をそらし、ちびちびと紅茶をすすった。
その薄い反応に、アレンはひそかに首をひねるのだ。
(ほう? てっきり俺にしたように小馬鹿にするものかと思ったが違ったようだな……)
むしろ直視するのを避けるような様子である。
そこにリディリアを攻略するための、何らかのヒントがあるように思われた。
(ふむ、意外と人見知りするタイプなのか? それとも世話を焼かれることに慣れていないのか……うーむ、いったいなんだろうなあ)
あごを撫でつつ、アレンは思案する。
そんな中、シャーロットはにこやかにリディリアへと話しかけるのだ。
『それよりリディリアさん、そのお紅茶いかがですか?』
「む、これか? ああ、うむ。良い香りだとは思うが……」
『よかった! 私、そのお紅茶が大好きなんです』
『へー。ふたりとも好みが似てるんだね』
リディリアになでなでを要求しつつ、ルゥがしみじみと言う。
ゴウセツも興味深そうに目を細めてみせた。
「前世ですからな、共通する部分も多いかと。しかしそちらの茶葉は少々癖が強いものですが……いささかシャーロット様の好みとは外れるのでは?」
『あっ、え、えーっと、その……』
シャーロットは顔を赤らめ、視線をさまよわせてから――小さくなってぼそぼそと打ち明けた。
『え、えっと……アレンさんのおうちに入れてもらって、初めて飲ませていただいたお紅茶なので……それで、好きになったんです……』
「ここぞとばかりに惚気ますなあ」
『ママもアレンに似てきたねえ』
「ぐっ、うううう……!」
「おぬしら、わらわをダシにしてイチャつくのをやめろ」
恋人のかわいさで思考を乱されるアレンのことを、リディリアは冷たい目で見やるのだった。
続きは来週木曜日……の予定!
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