百六十七話 イケナイ猛攻大作戦①
かくして仁義なき戦いの火蓋が切られることとなった。
リディリアにイケナイことを教え込み、その冷え切った心を動かすという勝負だ。
もちろんアレンには勝算があった。何しろこの半年あまり、シャーロットに対してずっとイケナイことを教え込むことだけを考えて過ごしてきたのだ。ネタのストックは大量にある。
おまけに相手はませているとはいえ、享年十歳のお子様だ。祖国の料理や甘味、動物などで釣れば目を輝かせて歓声を上げるだろうと踏んでいた。
しかしその結果――。
「うむ。美味ではあったな」
「反応薄っっっっ!!」
ナプキンで口元を上品にぬぐい、リディリアがさらっとした感想を述べた。
街のレストラン――先日のデートの際、シャーロットを連れてきた店である。ここは彼女らの故郷、ニールズ王国の料理を出すことで有名だ。懐かしの味で情緒に訴えかける作戦だった。
しかし結果はこの通り。
出された料理をひととおり食べきって、リディリアはすぐそばに控えていたコックに声をかける。
「どれもなじみ深い料理ではあったものの……わらわの生きたころに比べれば、味も調理法もずいぶん変わったようじゃのう」
「も、申し訳ございません……さすがに三百年前のレシピとなると再現が難しく……」
「いいや、気にすることはない」
恐縮するコックに、リディリアは鷹揚に笑う。
「時代の変化を味わうという貴重な体験であった。褒めてつかわすぞ、料理人」
「あ、ありがとうございます……! まさかあの聖女リディリア様に料理を召し上がっていただけるなんて……感激です!」
「うむうむ、苦しゅうないぞ」
どうやらニールズ王国出身者には、聖女リディリアの伝説は広く知れ渡っているらしい。
事情をざっくり伝えたおかげか、コックは全力で料理してくれた。
出された品々はアレンの目から見ても一級品ばかりで――しかしそんな料理の数々でも、少女の心を溶かすには至らなかったらしい。
「どうじゃ、ルゥ。おぬしも満足であろう」
『うん! すてーきおいしい! でもリディリアのごはんじゃないの? ルゥももらってよかったの?』
「なはは。気にすることはない。どうせ支払うのはアレンじゃしな」
ルゥをもふもふしつつも、リディリアは涼しい顔だ。
故郷の料理を食べながら動物に癒やされる――子供なら問答無用で喜びそうなコンボだが、結果はこの通りである。
アレンは離れたテーブルから一連の様子を盗み見て、あからさまに舌打ちする。
「ちっ……最初の作戦は失敗か」
手帳を開き、該当作戦に線を引く。
敵はかなり手強い。だがしかし、アレンはここで引くわけにはいかなかった。
(これは矜持をかけた戦いだ……! なんとしてでもあのクソガキに一泡吹かせてやる!!)
売られたケンカは真っ向から、笑顔で買う。それがアレンのモットーだ。
もはや相手がシャーロットの前世だとか、高名な聖女だとかは二の次である。
かならずやリディリアの度肝を抜いて、年相応にぴーぴー感涙の涙にむせぶところをニヤニヤと観察したい……そんな大人げない欲求に囚われてしまっていた。
そんな小さいことを考えるそばで、ひそひそと他の面々が話し合う。
「うわあ……おにいが言ってたのって本当のことだったんだね」
「わかりやすい前世返りの症例っすねー」
「それにしても違和感がすごいですにゃあ。ふんぞりかえるシャーロットさん……レアすぎますにゃ!」
エルーカとドロテア、それにミアハがしみじみとする。
一方でゴウセツ(美女モード)はシャーロットの姿を写した鏡を抱いて、涙ながらに歯がみするのだ。
「ううう……申し訳ございませぬシャーロット様……儂が不在の間に、まさかこのような事態になっているとは……! 従僕として不覚のかぎりでございます!」
『い、いえ。大丈夫です。私はなんともないですし』
シャーロットはおろおろとそれをなだめる。
三人夜を徹しての飲み会を開いていたところ、仕事終わりのミアハが参戦して今の今まで大盛り上がりしたらしい。
全員徹夜のはずだが、一切疲労を感じさせないタフネスを有していた。
そんな面々を見て、ナタリアが小首をかしげてみせる。
「みなさん、あんまり驚かれないんですね? こんな事態になったというのに」
「いや? たしかに驚きはしたけどさ」
「こんなのよくあることっすからねえ。むしろ納得の方が強いっすよ。前世持ちはチートかつ、波瀾万丈な人生を送るものと相場が決まっていますから」
エルーカとドロテアはあっけらかんと言う。
突然、前世の人格が目覚めて騒動になるというのはよく聞く話である。
宝くじで高額当選するより、前世に目覚める確率の方が高めなのだ。
ミアハも追加で頼んだポテトフライとエールで一杯やりつつ、平然と笑う。
「うちのお姉ちゃんも前世持ちですしにゃあ。それにしても……シャーロットさんも大変ですにゃあ」
『いえ、確かに最初は驚きましたけど、特に大変なことなんてありませんよ』
「にゃにゃ、そうですかにゃ? せっかくの誕生日だというのにこんなドタバタに巻き込まれるなんて災難だと思うのですがにゃあ」
『あっ』
「…………あっ」
話に参加せず、手帳に文字を書き連ねていたアレンの手がぴたりと止まる。
一方、シャーロットはぱあっと顔を輝かせてみせるのだ。
『忘れてました! そういえば誕生日です! 十八歳になりました!』
「おめでとー。あたしは再来月が誕生日だから、しばらくはシャーロットちゃんの方がお姉さんだね」
「大人の世界にいらっしゃいませですにゃー。そういうわけで、ミアハからもプレゼントですにゃ!」
『わあ! 手袋ですか!? 猫さんの手になってるんですね、かわいいです!』
ミアハが差し出した手袋を前にして、シャーロットは大いにはしゃいでみせた。
アレンは冷や汗ダラダラである。
(そうだ、誕生日プレゼント……! リディリアのせいで完全にうやむやになってしまっていた……!!)
顔面蒼白なアレンに気付いたのか、他の面々が冷たい目線を送ってくる。
「で……肝心のおにいはどうしたのよ?」
「まさかまだプレゼントが決まらないんすか」
「儂らが気を利かせて家を空けたというのに……シャーロット様の伴侶の座、かわりに儂が立候補してもよろしいですかな?」
「いやっ、違う! プレゼントはその、渡せそうだったんだが色々あって……!」
女性陣の絶対零度の眼差しを受けて、アレンはしどろもどろで弁明する。
それにナタリアがいくぶんホッとしたように相好を崩してみせた。
「安心しました。では、大魔王はどんなプレゼントを贈るつもりだったのですか?」
「は!? そ、それは、その……!」
キラキラした目を受けて、アレンはさらに言葉を詰まらせる。
(ええい、言えるか! 誕生日プレゼントとして、キスしようとしていたなどと……!)
自分でも相当キザったらしいと思うので、口が裂けても言えない。
女性陣から生暖かい目を向けられるのは確実だし、最悪ナタリアがブチ切れて襲いかかってくる。それだけは絶対に避けねばならなかった。
とはいえ今日が誕生日当日なのは変わらない。
今日中にすべてに片を付ける必要がある。
(リミットはあと十二時間……! その間にリディリアの件を解決し、シャーロットとキスをすればミッションコンプリートだが……難易度が高いなおい!?)
二つとも大変に荷が重い。
しかも、もはや一刻の猶予もないときた。
わなわなと震えるアレンに何を思ったか、リディリアはふっと鼻で笑ってみせる。
「それでアレン、イケナイこととやらはこれで終いかのう」
「っ、バカを言え! まだまだこんなの序の口だ!!」
わかりやすい挑発をアレンは真っ向から受け止める。
荷が重いがやるしかない。己を鼓舞するようにして、アレンはリディリアに人差し指を向けて決意を叫ぶ。
「これからは手を抜かん! イケナイことのオンパレードで貴様を調教して……おまえをクリアさせてもらおう! 覚悟しろ!」
続きは来週木曜日更新予定!
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