百六十五話 聖女リディリア②
前回までのあらすじ・シャーロットの前世=聖女。
リディリアは足を組み、声を弾ませてアレンにたずねる。
「話は変わるがのう、わらわは一体どんな死因で命を落としたことになっておる?」
「流行り病、としか書いていないが……」
アレンは調べ上げた書類の束をぺらぺらとめくる。
聖女リディリアは流行り病によって命を落とした。
どんな本を紐解いても、それだけの情報しか見つからなかった。
「たった五百年前の出来事だ。もう少し詳細な記載があっていいはずだろうに、具体的な病名がどこにも記されていない。意図的な隠蔽があったと考えるのが自然だろうな」
「ならば、わらわの本当の死因は何だと思う?」
「簡単だ。過労死だろう」
『か、過労死……!?』
アレンがあっさりと告げた単語に、シャーロットがはっと息をのむ。
ナタリアとルゥも怪訝そうに顔を見合わせてみせた。
ただひとり、リディリアだけが「正解じゃ」と愉快げに手を叩く。
「わらわは幼き頃から、人より魔法に長けておった。聖女だのなんだのともてはやされてのう……むやみに力を使いすぎた」
「まあ、そうでなければ、享年十歳という若さでここまでの逸話は打ち立てられないだろうな」
アレンは調査の紙をめくる。
そこにはリディリアの残した功績の数々が記されていた。
新たな魔法体系を構築し、記録的な豪雨による大災害を収め、国を襲わんとした魔物の侵攻をたったひとりで防ぎ……そうした手柄は十や二十では足りなかった。
彼女が魔法に目覚めたのが七歳のころ。
それから命を落とすまでのたった三年で築き上げたにしては、あまりにもエピソードが多すぎる。
公式な記録でこれだけだ。
記録に残らなかった事件なども数えればもっと数は多くなったことだろう。
ひとり納得するアレンだが、そこでシャーロットがおずおずと声を上げる。
『ま、待ってください。リディリアさんって……十歳なんですか!?』
「うむ。享年は十じゃ」
『てっきりもっとお年を召した方なのかと……』
「こういう話し方をすると『聖女らしい』とウケたからのう。すっかり板についてしもうた」
リディリアはけらけらと笑う。
小さく息をついてから、遠くを見るような目で続けた。
「父も母も、国王も、わらわが手柄を上げるたびに喜んだ。当時はまだニールズ王国は新興の小国であったからのう。わらわはいい広告塔じゃった」
国内には聖女というシンボルを使って民からの忠誠心を集めることができ、国外にはニールズ王国の国力をアピールすることもできる。
見目麗しい少女という点も、聖女という看板を背負わせるのにうってつけだった。
それゆえ力に目覚めてから、リディリアは聖女としての職務を課せられた。
国内外を飛び回って演説を行い、力を振るって人助けを行った。
寝食もまともにできない過酷な日々ではあったものの、それだけ実家に報奨金が入った。貧乏暮らしをしていた両親はこれにたいそう喜んで、幼い弟もいい暮らしができて嬉しそうで――そんな彼らを見て、リディリアは一切文句も言わず『聖女』としての務めを果たした。
しかしその無理が祟った。
リディリアはある日突然倒れてしまい、十歳という若さでこの世を去った。
そのあらましを聞いて、アレンは顎を撫でる。
「そりゃ流行病として処理するか。王国からすれば、自分たちが殺したようなものだからな」
『ひ、ひどいです……』
シャーロットは真っ青な顔で言葉をこぼす。
しかしリディリアは飄々としたものだった。
「なに、妥当な判断じゃろう。その点に関しては別にどうでもよいわ」
むすっと顔をしかめつつも、ぱたぱたと雑に手を振る。
簡潔に言い表すとするならば、その死は非業と評するべきものだ。
それなのにまるで他人事であるかのような態度である。
そこには強がりも何もなく、ただ純然たる事実としてすべてを受け止めているように見えた。
(享年十歳にして悟っているなあ……)
アレンは胸中でぼやくしかない。
重い身の上話に、部屋の空気がどんよりと重くなる。
それでもリディリアはあくまでも軽い調子で話を続けた。
「ともかくこれで分かったであろう。そもそも力など持たぬ方がいい。持っていると知られてもいけない、とな」
「だからあなたは、表にこれまで出てこなかったんですか……?」
「その通り」
ナタリアが発したため息のような問いかけに、リディリアは鷹揚にうなずく。
鏡の中のシャーロットをチラ見して続けることには――。
「シャーロットの置かれている状況は知っておったが、それでもこやつには第二王子の妃という椅子が用意されていた。いずれ時間が解決すると思っていたのだが……あの謀事はダメじゃ」
そう言ってゆるゆるとかぶりを振る。
言っているのは元・婚約者である王子による冤罪事件のことだろう。
リディリアは重い吐息をこぼす。
「わらわが手出ししなければ、シャーロットは一両日の内に殺されておった」
『た、たしかに捕まってしまいましたけど、ああいうのって裁判とかがあるんじゃ……』
「裁判まで行くものか。牢で出された食事や飲み水、すべて毒が仕込まれておったからのう」
『毒……!?』
「やはり気付いておらなんだか」
言葉を失うシャーロットに、リディリアは皮肉げに鼻を鳴らす。
「いくら冤罪をかぶせようと、裁判で余計なことを話されては元も子もない。その前に口を塞いでしまうのがベストじゃろ」
「それはつまり、あの王子がねえさまを……!?」
『何それ! ママのことなんだと思ってるんだ!』
ナタリアもルゥも気色ばんで声を荒げる。
そんな中、リディリアは愉快そうにアレンへ目線を向けてみせた。
「おぬしは予想しておったようじゃな、アレンとやら」
「……まあな」
アレンは渋い顔で首肯する。
うっすらと考えていた予想が、どうやら当たってしまっていたらしい。
(リディリアがいなければ、俺は新聞でシャーロットの死を知ったのか……)
隣国を騒がせた毒婦、獄中で毒をあおる。
いかにも新聞を賑わせそうな見出しである。
ある朝そんな記事を読み、無感動に新聞を畳んでそれっきり忘れてしまう――ありえたかもしれない光景を想像し、アレンはぞっと身震いする。
それは、ひどく笑えない話だった。
続きは来週木曜日更新します。
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