百六十四話 聖女リディリア①
前回までのあらすじ・シャーロットの前世的なアレが出てきた。
次の日の朝。
屋敷はかつてない緊張に包まれていた。
静まりかえったリビングに、軽快な足取りが近付いてくる。
「おはよう、者ども!」
ばーんとドアを開いて現れるのはシャーロット……ではなく、シャーロットの体を借りたリディリアだ。
その後からは戸惑い気味のルゥが付き従う。
「いやはや、ベッドで眠るなど久しぶりの感覚じゃった。おまけにフェンリルの子もおるとはのう。よきもふもふであったぞ~」
『はあ……』
頭を撫でられて、ルゥは生返事をする。
いつもならシャーロットから撫でられるだけでご機嫌で喉を鳴らすものだが、今日はそういうわけにもいかないようだ。それでもおずおずといった様子でリディリアの袖を引く。
『ママ……じゃないのか。リディリア、おはなしがあるんでしょ。早くしなよ』
「おっと、その通りじゃったな。では……む?」
リディリアは鷹揚にうなずいてソファーにでんっと座る。
そのまま話を進めようとするのだが、すぐに眉をひそめてしまう。
「は…………い?」
その視線の先には、目を丸くしたまま凍り付くナタリアがいた。
ただ呻くばかりで、まともな言葉が口から飛び出すことはない。
そんな妹を見て、リディリアはこてんと首をかしげてみせる。
「なんじゃ、ナタリア。わらわが直に言葉を授けてやろうというのじゃぞ。なにを棒立ちになっておるのじゃ? これでは話をする気が起きんではないか」
「誰のせいだ、誰の……!!」
それに、アレンが渾身のツッコミを叫んだ。
部屋の隅で書物や紙の束を積み上げて、一晩中その中心であれこれ考えを巡らせていたのだった。
おかげで疲労と心労による色濃いクマが目の下にしっかり刻まれてしまっていた。
昨日いろいろあって、シャーロット……の体を借りたリディリアにぶん投げられたあと。
アレンは彼女に話を聞こうとした。
しかし当のリディリアが大きな欠伸をして目をこすり、待ったをかけたのだ。
『ふわあ。説明してやってもよいが……その前にいったん寝かせろ。わらわはもう眠い』
『認められるか! 今すぐに洗いざらい吐いてもらうぞ!?』
『そうは言うが、この体はシャーロットのものじゃぞ。睡眠不足は健康の大敵では?』
『ぐうっ……! だったら丸一日でもなんでも、好きなだけ寝ろ!』
こうして話し合いは一晩保留となって、ようやく昼前になってリディリアが起きてきた。
その間にアレンは聖女リディリアについて調べ上げ、朝になって起きてきたナタリアとルゥに事情を打ち明けておいた。ふたりとも半信半疑だったようだが、実物を見て納得したらしい。
ちなみに、エルーカ、ドロテア、そしてゴウセツの三人は昨夜飲みに出かけたまま、いまだに帰ってきていない。話がややこしくなるだけなので、そこはむしろよかったのかもしれない。
アレンは戸惑い気味の面々を代表し、テーブルに腰を落としてリディリアと向き合う。
「……まず最初の確認だ。本当に、おまえは聖女リディリアなのか」
「そのとおり」
シャーロットの姿形をした者は、やけに堂々と答えてみせた。
胸に手を当てて、朗々と名乗る。
「わらわの名はリディリア・エヴァンズ。今より五百年ほど前の、ニールズ王国歴一七四年生まれ、一八四年没。母の名はクリスティーヌ、父の名はベルドット。弟の名はロバート。飼っていた犬の名は――」
「ええい、もういい」
まだまだ続きそうな自己紹介を、アレンは片手を挙げて遮った。
その辺に散らばる紙の束を拾い上げてぱらりとめくる。
一晩かけて――全速力でアテナ魔法学院まで飛んで、養父のハーヴェイを叩き起こして学院の旧書庫を開けさせた――調べあげた聖女リディリアの情報が、そこにはざっくりと書かれている。
「たしかに生没年も家族の名前も一致するな。これだけで決めつけるにはいささか根拠が乏しいが……」
もう一枚の紙をめくれば、そこにはリディリアの肖像画の写しが挟まっていた。
利発そうな目をした幼い少女は――どう見てもシャーロットにそっくりだ。
「ここまで瓜二つとあっては、信じるしかないだろうな」
「うむ。話が早くて助かるぞ、アレンとやら。褒めて使わそう」
「その姿で横柄にされると、違和感がすごいなあ……」
ふんぞり返るリディリアに、アレンは額を押さえてぼやく。
姿形はシャーロットそのままだし、声も気配も据え置きだ。ただシャーロットが絶対にしないようなしゃべり方と表情をする。
新鮮と言えば新鮮だが、慣れるまではやはり時間がかかりそうだった。
そんな中、衝撃からやや立ち直ったらしいナタリアがちょこちょこと近づいてきて、リディリアの顔をのぞきこむ。
「えっと、ねえさまがあなたの生まれ変わり……ということでいいのでしょうか」
「うむ。その通りじゃ」
「では、あなたはシャーロットねえさまなのですか……?」
「厳密に言えば違う」
リディリアは肩をすくめ、ルゥをもふもふしながら説明する。
「この体には現在、ひとつの魂が宿っておる。それはかつてわらわが所有していたものであり、今はシャーロットのもの。そして、わらわとシャーロットはまったく別の人格じゃ」
「え、えーっと……?」
「つまり、ひとつの体にふたりの人格が住んでいる状態だ」
戸惑うナタリアに、アレンが補足する。
単なる生まれ変わりといっても、大きく三種類に分類される。
前世の人格がそのまま引き継がれる『継続型』。
人格は現世のものであり、前世の記憶だけが残る『新規型』。
前世の人格と現世の人格が、それぞれ独立して肉体に宿る『分離型』。
「転生者の千人にひとり、いるかいないか……という珍しい症例だがな。例がないわけじゃない」
「で、では、現在ねえさまの意識はどうなっているのですか?」
「案ずることはない。この肉体の中で眠っておるが、話がしたいのならば起こしてやろう」
「おまえが代わりに眠るのか?」
「いいや。わらわもシャーロットと少し話がしたい。なんぞいいものは……おっ」
リディリアは部屋を見回し、テーブルに目をとめる。
そこにはシャーロットが受け取ったプレゼントが、今も山のように積み上げられていた。リディリアはその中から鏡を引きずり出す。ナタリアが作った、連絡用の魔法の鏡だ。
「ちょうどいい。これを使うか、ほいっ」
軽いかけ声とともに指を鳴らす。
その瞬間、鏡はまばゆい光を放ち、その光が消えた後――。
『あ、あれ……?』
そこにはシャーロットが映し出されていた。
ぼんやりした様子で目をこすり、
『私ったらいつの間に眠って……って、わ、私がいます!? えっ、一体どうなっているんですか!?』
「ふふふ。こうして話すのは初めてじゃな」
悲鳴を上げるシャーロットに、リディリアは手を振って応えてみせた。
そんな一連のやりとりを見守って、アレンとナタリアはこそこそと言葉を交わす。
(今このひと、一瞬でわたしのかけた魔法を解析して割り込みましたよね……)
(うーむ。やはりそれなりに腕は立つか)
昨夜投げ飛ばされたのは記憶に新しい。
それからリディリアはシャーロットに、自分が一体何者なのかをざっくりと説明してみせた。
シャーロットは目を丸くしつつも納得したらしい。
『そうだったんですか……全然気付きませんでした』
「まあ、わらわは一切表に出てくる気はなかったゆえ無理もない」
リディリアはからからと笑う。
そうかと思えば、バツが悪そうに眉を寄せてほおをかいた。
「じゃが、かつて一度だけおぬしの体を借りたことがある。それは謝罪しておこうかのう」
『ええっ!? そ、それはいつですか?』
「やはり気付いておらぬか。おぬしだいぶ天然じゃものなあ」
慌てふためくシャーロットに、リディリアは苦笑する。
そこにアレンは口を挟んだ。情報は数少ないものの、簡単に予想がついたからだ。
「当ててやろうか。シャーロットが冤罪で捕まって……牢に入れられたときだな?」
「そのとおり。わらわが目覚めて、逃げる算段を整えた」
『えええっ!? それじゃあつまり、リディリアさんが助けてくださったんですか!?』
兵士を眠らせて鍵を壊し、安全な逃走ルートを探索。
その後シャーロットを起こして、リディリアはふたたび眠りについたという。
「わらわはおぬしの中でずっと眠っていた。だが、外の様子はぼんやりと見ておったのじゃ。さすがにあれは……放っておくこともできなかったからな。勝手なことをしてすまなかった」
『そんなことありません。それが本当なら、リディリアさんは私の恩人です!』
「そ、そうか……? そうまっすぐ言われると、なんぞ面はゆいのう」
顔を輝かせるシャーロットに、リディリアは照れたようにもぞもぞする。
すっかり打ち解けたらしいふたりを前に、アレンはこっそりため息をこぼした。
(そういうことだったのか……色々納得がいった)
城から抜け出した真相や、魔物や人々の心をつかむ人望、魔法の才能……それらの謎が一気に解けてしまった。
シャーロットは特別な力どころか、特別な存在を秘めていたのだ。
とはいえ問題は山積みだった。
「……どうしてですか」
「む」
考え込むアレンだが、冷えた声にはっとする。
見ればナタリアがまっすぐにリディリアのことを睨みつけていた。姉を救った恩人に向ける目ではない。握った拳を振るわせながら、ナタリアは言葉を紡ぐ。
「あなたはずっとねえさまの中にいて、様子を見ていたと言いました。それなら……ねえさまが、これまでどれほど虐げられてきたか知っていたはず! それなのに、どうして黙っていたのですか!?」
『ナタリア……』
妹の叫び声に、鏡の中のシャーロットが顔をゆがめる。
姉を救えなかったことを心底悔やんでいたナタリアだからこそ、その言葉には重みがあった。
もしも公爵家でリディリアが目覚めて力を振るっていれば、シャーロットに対する処遇は変わっていたことだろう。
重苦しい空気の中、リディリアは鷹揚にあごを撫でる。
「ふむ、おぬしの疑問ももっともじゃ。わらわはたしかに、この娘の置かれる状況を知っていた。その上で黙っていた」
「どうして! あなたなら、ねえさまを救えたはずではないですか!」
「……簡単な話だな」
激高しかけるナタリアの肩を、アレンはそっと叩く。
公爵家にいたころにリディリアが目覚めていれば、シャーロットの処遇は確実に変化しただろう。
だがしかし、それはけっして好ましい展開ばかりではなかったはずだ。
「ただの妾の子と、聖女の力を宿した者。利用価値が高いのはどちらの方だ?」
「っ……!」
ナタリアははっと押し黙り、顔を青ざめさせた。
かつて実在した聖女の生まれ変わり――利用する手段などいくらでも存在する。
妾の子ということで忌み嫌われたシャーロットだが、敵は家の中と件の王子くらいのものだった。それが聖女の生まれ変わりだと分かれば、数多くの悪人が彼女を狙ったに違いない。
「つまりこいつは……リディリアはシャーロットに累が及ぶのを避けるため、ずっと眠りについていたんだ。違うか?」
「ふふ、おぬしはやはり面白い男じゃのう」
リディリアは獲物を定めた獣のように、ぺろりと唇を舐めてみせた。
続きは来週木曜更新します。
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