百六十二話 苦悩の末のプレゼント②
前回までのあらすじ・シャーロットへの誕生日プレゼントが決まらない。
「いやー、なんだか悪いっすねえ。ボクまでご相伴に預かったりして」
「いえ、せっかく帰っていらしたんですし遠慮なさらず」
ドロテアのグラスにぶどう酒を注ぎ、シャーロットはにこにこと笑う。
全員で囲むリビングのテーブルには、色とりどりの料理が所狭しと並んでいた。誕生日は明日だが、せっかくナタリアとエルーカが来たのだからとシャーロットが張り切ったらしい。
妹コンビも手伝ったようだ。
だがふたりは料理に手を付けることもなく、神妙な面持ちでアレンにヒソヒソと尋ねてくる。
「おにい、ダークエルフなんかと知り合いだったの? どこでどうやったらこんな希少種と会えるわけ?」
「わたしも実物は初めて見ますよ……これが《叡智の守人》と名高いダークエルフですか……」
「ああ、うん……」
アレンは生返事をするしかない。
中古の屋敷を買ったら付いてきた、なんて説明しづらいことこの上なかった。
おまけにシャーロットへの誕生日プレゼントが未だに決まらずにいるため、ますます口数が減るというものだ。
(ぐぐぐ……どうする!? ホムンクルスはお蔵入りだし……何を贈ればいいんだ!)
処分するのは心苦しかったので、あのホムンクルスはそのまま研究室に置いてある。しかし、あれをプレゼントするわけにはいかない。
シャーロットは素直に喜んでくれるだろうが、他の女性陣はドン引きだろう。特にこれ以上ナタリアからの株が下がっては堪ったものではない。
そんなふうに苦悩するアレンをよそに、ドロテアは「そういえば」と指を鳴らす。すると虚空からリボンの巻かれた本が落ちてきた。それを彼女はシャーロットへにこにこと差し出す。
「シャーロット氏、誕生日なんすよね。はいこれ、ボクからのプレゼント。ボクが書いた恋愛小説です」
「わあ! いいんですか!?」
それを受け取って、シャーロットは飛び上がらんほどに喜んだ。顔を綻ばせて、本をぎゅっと抱きしめる。
「ドロテアさんの本、物置でたくさん見つけたから少しずつ読んでいたんです。とってもロマンチックでドキドキして…… 新しい本もとっても嬉しいです!」
「いやあ、こちらこそありがとうございます。シャーロット氏とアレン氏のおかげで、今回の新刊ができたようなもんっすから!」
「えっ、そ、それはどういうことですか?」
「その本、おふたりをモデルに書いたものなんで。そりゃもーデロデロ甘々に仕上げさせていただきましたよ!」
「えええええっ!?」
「は……?」
満面の笑みでサムズアップしてみせるドロテアに、シャーロットは悲鳴のような声を上げる。
アレンとしても見過ごせなくてガタッと腰を浮かせてしまった。本の内容を確かめようとしたところで――。
『プレゼントでしたら儂らを忘れてもらっては困りますな!』
『ルゥもー!』
バーンと扉が開き、ゴウセツとルゥが現れた。
シャーロットへのプレゼントを用意すべく、朝から出かけていた二匹である。どちらも風呂敷包みを背負っており、急いで戻ったのか体のあちこちに葉っぱをくっ付けたままだった。
そんな二匹に歩み寄り、シャーロットは葉っぱなどのゴミを払ってやる。
「ゴウセツさん、ルゥちゃん。おかえりなさい。埃だらけですし、あとで一緒にお風呂に入りましょうね」
『ありがたき幸せ。ですがその前に我らのプレゼントを受け取っていただけますと、幸甚にございまする』
『ママ! プレゼント持ってきたよ! もらってもらって!』
「ふたりとも……ありがとうございます」
じーんとするシャーロットを前にして、二匹はいそいそと風呂敷包みを開く。
『まずは儂から献上させていただきましょうかな。最初はどこぞの城でも落として差し上げようかと思ったのですが……』
「や、やめてください……」
『そうおっしゃると思って、ひとまずこちら』
ゴウセツは丸っこい前足でペンダントを差し出してみせた。細いチェーンに、ダイヤモンドのような煌めく石が繋がっている。
それをおずおずと受け取って、シャーロットは目を丸くした。
「これってまさか宝石ですか!? こんな貴重なもの受け取るわけには……」
『なあに、宝石ではございませぬよ。儂ら地獄カピバラの歯は、よく磨き上げるとこのように透明な石となるのです。それを加工してペンダントにいたしました』
この通り、とゴウセツは口を大きく開いてみせる。綺麗な歯並びの中、前歯の一本がなくなっていた。
『ちなみに我らの歯は三日で生えかわりますゆえご安心を。御守りとしても用いられる品でございますよ』
「そ、そうですか……じゃあ、ありがたくいただきます。キラキラしてて、とっても綺麗です!」
『喜んでいただけて光栄でございます』
にこにこのシャーロットに頭を撫でられて、ゴウセツは目を細めて喉を鳴らす。
そこにルゥが待ちきれないとばかりに割り込んだ。
『ルゥのも見て見て! ルゥはね、母上と兄弟たちとそうだんして……じゃーん!』
「わあ、マフラーですか?」
ルゥが出してきたのは、金と銀の毛が入り混じったふかふかのマフラーだ。
心地良さそうに頬擦りするシャーロットに、ルゥは声を弾ませて言う。
『うん。みんなの毛を集めて、母上があんでくれたんだー。母上、人間にも化けられるから器用なんだよ』
「ふかふかです……! 今度お母様たちにお礼を言いに行かなきゃですね」
『来て来て! 母上も兄弟たちも、ママにもう一回あいたいっていってたよ』
『儂もご挨拶に行きたいですな。ルゥどのにはお世話になっておりますし』
ひとりと二匹はきゃっきゃとはしゃぐ。
一見すると微笑ましい光景だが、その他の面々はやや絶句していた。
エルーカとナタリアは、顔を引きつらせてこそこそとぼやく。
「シャーロットちゃん、すごいプレゼントもらってるねえ……」
「ええ……金貨何百枚になるんでしょうね、あの二品……」
片や地獄カピバラがよほど気を許した主人にしか与えないという伝説級のレア装飾品で、片や絶滅危惧種のフェンリルの毛だ。
どちらも市場に出れば、好事家たちが目の色を変えて金を積むだろう。
(ちょっと待て……俺はあいつら以下なのか?)
二匹とも心の篭った唯一無二のプレゼントを用意できて、シャーロットに喜んでもらえている。
それに対して自分は……とアレンは柄にもなくずーんと落ち込んでしまう。
そんな三者三様の空気の中、ドロテアはすこし驚いたような声を上げるのだ。
「話には聞いていましたけど、フェンリルと地獄カピバラの両方に懐かれるってどういうことなんです? 千年くらい生きたボクでも知らねーっすよ、そんな傑物」
「むう。ダークエルフのドロテアさんが仰るなら、やはりよっぽどのようですね……」
ナタリアはかぶりを振り、神妙な面持ちで小さなあごを撫でる。
「ひょっとすると、ねえさまはうちの血筋が強く出ているのかもしれません」
「ほう、何か特殊なお家柄なんすかね。差し支えなければ教えていただけませんか?」
「一応、ニールズ王国のエヴァンズ家です」
「エヴァンズ……あー! あの、聖女リディリアの!」
「聖女……?」
聞き慣れない単語に、アレンは首をひねる。
「リディリア・エヴァンズ。五百年ほど前、我がニールズ王国を救った英雄です」
遙か昔の人物だが、その名を知らない者はニールズ王国にはいないという。
若干十歳という若さで魔法を極め、大の大人が束になっても敵わなかった。
彼女の言葉はどんな粗暴な者の心も動かし、あらゆる魔物を手懐けた。
当時国を襲った魔物の一団をたったひとりで相手取り、倒すのではなくなんと説得して追い返したこともある。
その甲斐もあって救国の聖女として、当時一躍その名を轟かせたらしい。
アレンもさすがにその逸話くらいは聞いたことがある。
「まさか、それがおまえたちの先祖だったとはな……」
「いいえ。リディリアは若くして流行病で亡くなったので、今のエヴァンズ家は彼女の弟が継いだものです」
もともとエヴァンズ家は貴族と言ってもかなり下級の家柄だったらしい。
しかしリディリアの活躍が高く評価され、一気に公爵の位にまで上り詰めた。それからも王家と密接な関係を保ち、今の地位を築いたという。
「とはいえ曲がりなりにも聖女を輩出した血筋。うちの家系には、神がかり的な力を有する者が時折生まれるらしいです。ねえさまもその一例でしょう」
「そんな大袈裟な。私なんて、ただゴウセツさんやルゥちゃんとお話できるだけですよ」
「ねえさまはそう仰いますが……わたしはずっと疑問だったのです」
ナタリアはかぶりを振り、真剣な顔で問う。
「ねえさま、半年ほど前にあのクソ馬鹿ゴミ屑王子に貶められて、城の牢獄に入れられましたよね?」
「お、お口が悪いのはダメだと思いますけど……それがどうかしましたか?」
「ではその牢獄から……ねえさまはいったいどうやって逃げ出したのですか?」
「へ?」
シャーロットは目を丸くしてきょとんとする。
「それは前に聞いたぞ。たしか見張りの隙を見て…………うん?」
口を挟んだアレンだが、自分の言葉に疑問を覚えて首をかしげてしまう。
かつて行き倒れていたシャーロットを拾ったとき、彼女は『見張りの隙を突き、こっそり逃げてきた』と言った。
その言葉に嘘はなく、アレンはそれをそっくりそのまま信じていたのだが――今改めて考えてみると、絶対におかしい。
「王城の牢屋だよな……? 逃げ出す隙なんか普通あるか?」
しかもシャーロットは国家転覆を企てた悪女で通っていた。そんな罪人を拘束したともなれば、きっと多くの兵士が見張りに当たったことだろう。
当時誰ひとりも味方がおらず、魔法のひとつも使えなかったシャーロットが逃げ出せたとは考えづらい。
「それ、私も気になってたんだよねー」
エルーカも興味津々とばかりに口を挟む。
「シャーロットちゃんのこと、色々調べてみたんだよ。でもどうやってお城から逃げ出したのかがまったくわからなくってさ。それなりに警備は厳重だったはずなのに」
「え、えっと、ふつうに、こっそり出てきただけなんですけど……」
全員の注目を集めつつも、シャーロットは何でもないことのように言う。
「気付いたら檻の鍵が開いていて、見張りの兵士さんたちがみんなお昼寝していたので……こっそり出てきたんです。すっごくラッキーでした」
「幸運とか、そんな次元じゃないからな!?」
その後もなんとなく安全そうだと思う道を選んでいくと、一切人と出くわさなかったらしい。
そうして無事に城の外まで逃げおおせ、止まっていた行商人の馬車に潜り込んで、国外逃亡に成功したという。
あまりにもデタラメな話である。
アレンもシャーロット以外の口から聞かされていたら「嘘付け!!」とでもツッコミを入れていただろう。
しかし相手はシャーロット。やはりその言葉に嘘はなく……全員それが分かるのか、神妙な顔を見合わせるしかない。
「聞いたら聞いたで、さらに謎は深まるばかりだねえ……そんな偶然ありえないでしょ」
「ちなみに、その時監視に当たっていた兵士はみな『気付いたら意識を失っていた』と証言したらしいです」
「やっぱりお城の警備って激務なんですねえ……みなさんすやすやと気持ち良さそうに寝てらっしゃいましたよ」
「絶対にただの疲労じゃないと思うよ、シャーロットちゃん」
「当時、ねえさまが何かおかしな魔法を使ったのではないかと騒ぎになったのですが……身に覚えはなさそうですね」
ナタリアとエルーカが難しい顔をする中、ひとりもさもさとサラダを食べていたドロテアが顎を撫でて唸る。
「ふむふむ、なるほど。ひょっとするとシャーロット氏には、もっと未知の力があるのかもしないってことっすね」
「ありますかねえ……?」
シャーロットはいまいちピンと来ていない様子で、小首をかしげるだけだった。
そんな彼女を見て、アレンはふと思い当たることがあった。
(ひょっとすると……シャーロットは、その聖女リディリアの生まれ変わりなのでは?)
転生というのは別段珍しい現象ではない。
アレンの周囲にも前世の記憶を有する者が何人もいる。そして中には前世で有した特殊な力に目覚める例もあり……シャーロットのこれまでの行いを見るに、あながちありえない話でもなさそうだ。
エルーカやナタリアも何か思うところがあるのか、じっと考え込んでしまう。リビングにはドロテアが野菜を咀嚼する音だけが響き――。
『もー! なんだかむずかしいお話してる! そんなことより、ルゥはママのおたんじょーびお祝いしたい!』
「わわっ!」
沈黙に飽きたルゥが、シャーロットにぐいぐい頭を押し付けて甘えにいく。
それを見てアレンはふっ、と笑みをこぼしてしまう。
「ルゥの言う通りだな。誕生日は明日だが……これまでの分も合わせて今日もしっかり祝わねばならん」
『でしょ? 母上にね、たんじょーびのこと聞いてきたんだ。大事な日だって、母上も言ってたよ』
「ルゥちゃんのお母さんは人間のことにもお詳しいんですか?」
『うん。昔、人間のおともだちがいたんだって』
ルゥはふんす、と得意げに鼻を鳴らす。
その子供らしい仕草に、アレンもシャーロットも頰が緩む。しかしそのほのぼのとした空気は、ルゥが尻尾をぶんぶん振って放った明るい声で、がらっと変化することとなる。
『それでね、母上言ってたよ。ツガイのオスは、ツガイのメスのたんじょーびに、だれよりすごいプレゼントをあげるんだって! ママはアレンから何もらったの? おいしいもの?』
「えっ、えっと……」
シャーロットが少し口ごもり、アレンをちらっと見やる。その青い瞳と視線が交わって、アレンはびしっと凍りついた。
(し……しまったああああ!! 結局まだプレゼントが決まらないままじゃないか……!?)
聖女とか生まれ変わりとか、そんなことは些末な問題だった。冷や汗をだらだらと流して固まるアレンに、ナタリアがこそこそと耳打ちしてくる。
「トリを譲ってあげたのですから、ちゃんと恋人としてねえさまを喜ばせるんですよ。わかっていますね、大魔王」
「ぐっ……!」
その言葉からは、なんだかんだ言ってアレンのことを信頼していることがありありと読み取れて――余計胃にグサッときた。
いくつもの期待の眼差しがアレンに突き刺さる。
アレンが用意したプレゼントの真相を知るドロテアだけが『え、マジであのシャーロット氏激似のホムンクルスを出すんすか? それとも他の策がおありで?』なんてハラハラするような視線を投げかけてきた。
(ええい……! 考えろ! 俺が今出せる、価値のあるものと言えば……!? ホムンクルス以外で……!)
アレンは人生最高速度で脳を働かせる。
とはいえこれまでシャーロットには様々なものを送ってきた。お菓子にケーキ、洋服に魔法の杖……そのあたりを今さら渡しても反応は芳しくないだろう。
そうなると手持ちのカードで切れるものは、もうこれしかなかった。
アレンは席を立ち、シャーロットのそばまで歩み寄る。
どこか期待のこもったそわそわした眼差しを向ける彼女の手を取り、そっと品物を載せた。
「シャーロット……これを」
「これって、お屋敷の鍵ですか?」
「ああ」
シャーロットに屋敷の鍵を握らせ、アレンは真顔で続けた。
「俺が現時点で所持する、もっとも資産価値の高いものがこの屋敷だ。置いてある魔法道具や資材などを含めると、ざっと金貨二千枚くらいにはなるだろう。おまえにやるから、煮るも焼くも好きにしてくれ」
「う、受け取れません……!」
シャーロットが裏返った悲鳴を上げて、『こいつは本当に……』という呆れた空気が部屋中に満ちたという。
続きはまた来週木曜日。
来週はコミカライズも更新されますので、まだお読みでない方は今のうちに!下のリンクから飛べます。
書籍版もぜひともよろしくお願いいたします。ステイホームのお供に一冊!





