百六十一話 苦悩の末のプレゼント①
それから数時間後――。
「で、できた……!」
アレンはかすれた声をこぼし、ぐっと拳を握りしめた。
現在彼がいるのは屋敷の奥まった場所にある実験室だ。日ごろは魔法薬の調合などに使っており、危険な薬品なども多いのでシャーロットたちには立ち入らないように伝えている。
部屋のあちこちには怪しい実験器具やらフラスコ、魔法の窯などが所狭しと並んでおり、それらは今フル稼働中だった。
中でも特にぶくぶくと大きな泡を立てているのは、部屋の中央に置かれた巨大なガラス製の培養槽だろう。
ライムグリーンの液体で満たされたその中には、小さな影が見える。
アレンはそれを満足げに見つめ、バインダーに挟んだ紙にメモを書いていく。
「よし、これであとは微調整をして――」
「へー。なかなかの出来栄えじゃないですか」
「うおわっ!?」
急に背後から話しかけられて、思わずバインダーを取り落としてしまう。
慌ててばっと振り返り――アレンはぎょっと目を丸くしてしまう。
「ど、ドロテア……!? おまえ、生きていたのか!?」
「勝手に殺すんじゃねーですよ」
半眼を向けてくるのは、ダークエルフのドロテアだ。
のびきったシャツに素足というズボラスタイルは相変わらずである。
彼女はこの屋敷の元所有者だ。地下で引きこもっていたせいで誰にも気付かれないまま失踪扱いとなり、屋敷が売却されてアレンが住むこととなった。
それで屋敷の所有権を巡ってちょっとした一悶着があったのだが……結局色々あって、この屋敷から姿を消していた。
ドロテアはさっぱり笑って言う。
「いやー、娑婆の空気はうまいっすね。仕事の方が落ち着きましてね、ヨルさん……担当編集の許可も出たことですし、こうして帰ってきたってわけですよ!」
「帰ってきたって、おまえ……結局ここに住むつもりなのか」
「当たり前っすよ。あっ、でもおかまいなく。ボクはずーっと地下にこもりっきりだと思うんで。半年に一度くらいは日の光を浴びよーかなあ、とは思いますけど」
「セミか何か、かおまえは」
一応、ダークエルフは希少種で、こうして人里に降りることなど滅多にない。
会って話せるだけでも学術的な価値は高いのだ。だがしかし、一切ありがたみがないのは何故だろう。
アレンが渋い顔をしていると、ドロテアは興味深げに培養槽を覗き込む。
「ところでこれ、よくできてますけど……アレン氏は、何でまたこんなものを作っているんです?」
「ああ、これはだな――」
アレンは手短に説明する。
シャーロットと色々あって恋仲になったこと。しかし彼女の誕生日が明日だと知らなかったこと。その誕生日プレゼントを準備していたこと。
そんなことを語れば――ドロテアはますます首をかしげてみせた。
「つまり……その誕生日プレゼントが、このホムンクルスなんすか?」
「そのとおりだ!」
アレンは堂々と培養槽の中を指し示す。
緑の培養液の中には、小さな人影が膝を抱えて浮かんでいた。見た目年齢十歳ほどの女児だ。目を固く閉じて、こんこんと眠っている。
とはいえ本物の人間ではない。
魔法と錬金術の粋を集めた結果生み出された人造のヒトガタ――ホムンクルスだ。
あとは仕上げに擬似的な魂を込めば、簡単な家事程度なら問題なくこなしてくれる。
「シャーロットの手伝い用に作ったんだ。あいつは面倒見がいいし、子供型の方が馴染みやすいかと思ってな」
「それはかまわないと思うんですけど……うーん」
今回作ったホムンクルスの出来は、アレンがこれまで作った作品の中でも随一のものだ。
しかしドロテアは渋い顔をして、じーっと培養槽の中を凝視するばかりだった。
アレンは眉を寄せる。
「なんだ、動作におそらく問題はないぞ。それともダークエルフなりに気付いた点でもあるのか?」
「いやー、エルフとかどうとかじゃなく、一般的な視点になるとは思うんですけどね?」
エルフは一般的に魔法に長けた種族だ。どれだけ社会不適合者だとしても、腐ってもエルフはエルフ。その指摘なら、まず間違いなく参考になるはず。
そう期待してドロテアの発言を待つアレンだったが――彼女がおずおずと発した言葉に、目が点になる。
「このホムンクルス……シャーロット氏に激似ですよね」
「…………は?」
言われてすぐには、その言葉の意味が理解できなかった。
アレンは数秒固まってから、ゆっくり培養槽の中へ視線を向ける。
そこに浮かび、眠り続けるホムンクルスの女児。
そのあどけない顔立ちは――たしかにシャーロットそっくりだった。髪が白いことを除けば、彼女の子供時代の姿だと言われても信じたかもしれない。
アレンはごくりと喉を鳴らして言葉を絞り出す。
「似て……る…………な」
「あっ、やっぱり無意識っすか」
ドロテアは合点がいったとばかりにぽんっと手を叩く。
「ホムンクルスの容姿って製作者のイメージに添うものですからねー。プレゼントの相手を思い浮かべながら作ったら、そりゃーこうなりますか。いやーラブラブで何よりっすね! あとでじっくりその過程を根掘り葉掘り聞かせてもらわないと!」
メモ帳を取り出して何やらきゃっきゃとはしゃぎ始める彼女の本業は、たしか恋愛小説家だった。
そんな益体のないことを思い出しつつ、アレンは両手で顔を覆いつつ口を開く。
「なあ……ドロテアよ」
「なんすか、アレン氏」
「恋人の誕生日に……恋人そっくりのホムンクルスを送る男は、どう思う?」
「ええー、そうっすねえ。率直に言わせてもらえれば……」
ドロテアは思わせぶりなニヤニヤ笑いで顎を撫で――すっと真顔を作って断言する。
「ドン引き間違いなしっすね」
「やっぱりな!!」
地団駄踏んで絶叫したのとほぼ同時、夕暮れに染まる窓の向こうでカラスが鳴いた。
シャーロットの誕生日まであと六時間を切った。
ドロテアは五章ぶり登場。次は来週木曜の5/28に更新予定です。
そして本日はコミカライズ更新日!今ならWEB版序章内容が丸々無料で読めますので、ぜひともどうぞ。下のリンクから飛べます!次にくるマンガ大賞へのご投票もぜひ!詳しくは活動報告で。





