百六十話 特別な日②
アレンはとっさに身をよじり、小さな膝を手のひらで受け止める。
その勢いを利用して投げ飛ばせば、相手は軽やかに着地して、ちっと舌打ちしてみせた。
「さすがは大魔王。不意打ちでも一撃入れるのは厳しいですね」
「おーまーえー……急に現れて何をする! 師匠兼義兄の不意を打つんじゃない!」
「誰が義理の兄ですか誰が! わたしはまだ、あなたとねえさまの交際を認めたわけではありません!」
キッとアレンを睨みつけるのはもちろんナタリアだ。
魔法学院の制服に身を包み、大きなリュックサックを背負っている。
突然現れた妹にシャーロットはぽかんとしていたが……すぐに気を取り直したようで、ぱっと笑顔を浮かべてみせた。
「ナタリア、いらっしゃいませ」
「ねえさま!」
ナタリアも殺気を収めてシャーロットに飛びつく。
そんな姿だけ見ると、年相応の少女だ。今し方アレンを本気で殺ろうとしたことなどすっかり忘れたように、姉へキラキラした笑顔を向ける。
「遊びに来ました! 今日はご都合よろしかったですか?」
「もちろん大歓迎ですよ。でも、アレンさんとケンカするのは良くないです。めっ、ですよ」
「ち、違います。今のはただの手合わせですから。弟子はいつ何時でも、師に闇討ちを仕掛けてもいいとされているのです」
「そ、そうなんですか? 先生って大変なんですね」
「それは師弟関係などではなく、もっとドロドロしたものだと思うぞ……」
アレンはため息をこぼしつつ、ナタリアの頭をぞんざいに撫で回す。
「それでニールの件はどうなった。うまくいったのか」
「ふん、もちろん成功したに決まっています」
アレンの手をぺしっとはたき落とし、ナタリアは鼻を鳴らす。
学友の姉を救うという一大プロジェクトはどうやら成功したらしい。
アレンも計画に加担してアドバイスをいくつも投げていたため、ほっと胸を撫で下ろす。
そんな話をするうちに、ルゥやゴウセツも、ナタリアを取り囲んで歓迎する。
『いらっしゃーい、ナタリア。元気してた?』
「はい。ルゥさんもお変わりなく、つやつやのもふもふですね」
『遠路はるばる大変だったでございましょう。学院からここまでは相当な距離ですからな』
「平気です。今回は付添人がいましたので」
「付添人?」
「あたしだよー」
アレンが首をかしげたところで、また客人が入ってくる。
エルーカだ。大きな箱をいくつも抱えており、それを部屋の隅にどすんと置く。
「ふう、重かったー。ナタリアちゃん、ドラゴンの乗り心地はどうだった?」
「快適でした。さすがはリズ先生の育てた子です。たった二時間でねえさまの家に来られるなんてびっくりですよ」
ナタリアは少し興奮したようにうなずいてみせる。
アレンの養母、リーゼロッテは魔物のスペシャリストだ。
彼女が育て上げた魔物は飼育も躾も完璧で、あちこちの品評会で高評価をかっさらっている。
そんなドラゴンに乗ってきたのなら、さぞかし悠々とした旅路だっただろう。
しかし分からないことがいくつもあった。アレンは首をひねりつつ、大荷物を指し示す。
「ナタリアはともかく、エルーカは何か用なのか? そもそもその大荷物はなんだ」
「ああ、これ? うーん、あたしは後でいいから、ナタリアちゃんが先に渡しなよ」
「それじゃあお言葉に甘えて……」
エルーカと目配せして、ナタリアはよいしょっとリュックサックを下ろす。
ガサゴソとあさって取り出すのは、綺麗にラッピングされた長方形の箱だった。
それをシャーロットに差し出して、にっこりと笑う。
「どうぞ、ねえさま。ちょっと早いですが、お誕生日のプレゼントです」
「えっ!?」
シャーロットは目を丸くして固まってしまう。
おずおずと箱を受け取って、ナタリアと箱を見比べた。
「お、お誕生日……本当に、私に、ですか?」
「はい。これまでは家の者の目がありましたが……今は違います。これまでお祝いできなかった分、今年はめいっぱいねえさまのお誕生日をお祝いしようと思いまして。よかったら開けてみてください」
「は、はい」
ナタリアに急かされるまま、シャーロットは箱を開く。
中から現れたのは一枚の鏡だ。とはいえただの鏡などではなく、特別な魔法がかけられているのは明白だった。
「これ、魔法の鏡なんです。人工精霊がついているので調べ物も教えてくれたり、遠く離れた相手とも話ができるんですよ」
「すごい! こんな貴重なもの、本当にいただいてもいいんですか?」
「もちろん。私が作った品ですから」
ナタリアはふふんと得意げに笑ってから、もじもじと指をすり合わせる。
「そのかわりと言ってはなんですが……たまに、わたしとお話してくれたらうれしいです。わたしも同じものを持っているので」
「本当ですか!? もちろんです。たくさんお話ししましょうね、ナタリア」
「っ……はい! ねえさま!」
姉妹は仲睦まじく笑い合う。
つい先日の一件を経て、ずいぶん仲が深まったようだ。
そんな、本来ならば微笑ましいはずの光景を――アレンはすぐそばで、渋面を浮かべて見つめていた。。
(くっ、そう来たか……! ナタリアならば誕生日を知っていても不思議ではないが……完全に出遅れた!)
シャーロットの誕生日という一大イベントに、何の準備も出来ていない。
これでは恋人どころか保護者としても名折れである。
早くなんとかしないと、とやきもきしていたところで――エルーカが持ってきた箱のひとつをずいっと突き出す。
「それで、あたしからもお誕生日プレゼント。お料理道具セットね」
「何!?」
「エルーカさんまで!?」
箱には鍋やらナイフやらが大量に詰まっていた。
のぞき込んで目を輝かせるシャーロットに、エルーカは得意げに解説してみせる。
「魔法道具だから、火がなくても温められたり、凍らせたりなんかも簡単にできるんだー。他にも便利な機能付き。最近お料理勉強してるんでしょ? ちょうどいいかと思ってさ」
「す、すっごく便利そうです! ありがとうございます!」
「それで、こっちの大きな箱はパパからの魔法の教科書と、ママからの魔物使いの鞭ね。分からないことがあったらいつでも聞いて、だってさ」
「あっ、ねえさま。ニールからもプレゼントを預かっています。珍しい花の種だそうです。あとはうちの舎弟一同からお菓子の詰め合わせが……」
「あと、パパとママから追加で可愛い服とか雑貨とかいろいろ……」
「えっ、えっ……えええっ!?」
ふたりにどさどさとプレゼントを渡されて、シャーロットは目を丸くするばかり。
あっという間に鍋やら花やら服やらの供物に囲まれる。
「待て待て待て!?」
そこで思わずアレンは声を上げてしまう。
「どうしておまえや叔父上たちが、シャーロットの誕生日を知っているんだ!?」
「えっ。どうして、って……」
エルーカは『なに言い出すんだろ、この人』といった目を向けて、平然と言う。
「この前シャーロットちゃん、うちの学院に偽名でもぐり込んだじゃない? その公文書を作るときに聞いたんだよ」
「ニールたちには私が教えました。お世話になったからお礼がしたいと言いまして」
「なっ、なんだと……!」
ナタリアはまだいいだろう。
だがエルーカや義父のハーヴェイ、義母のリーゼロッテにニールやナタリアの舎弟達……そんな者たちまでもがシャーロットの誕生日を知っていたというのは、かなりの衝撃だった。
顔面蒼白でアレンは立ち尽くすしかない。
そこで何かを察したらしく、ナタリアはニヤリとした笑みを浮かべてみせた。
「おやおや、ひょっとして大魔王……ねえさまの誕生日を知らなかったとか?」
「ぎくっ!?」
「へえ……恋人というのはそんな体たらくでも務まるものなのですねえ……へえ?」
「ぐっ、ううう……!」
完全に、小姑にいびられる婿の気分だった。
しかしナタリアの言葉が正論すぎて何の弁明も浮かばなかった。
ゴウセツも床に膝をつき、この世の終わりのようなうめきを上げる。
『くっ……主の祝い事に聘物ひとつ献上できぬなど、臣下の名折れ……このゴウセツ、一生の不覚でございます……!』
『みんなママにプレゼントあげるの? だったらルゥも! ルゥもなにかプレゼントする!』
「い、いえ、お気遣いは必要ありませんよ。そのお気持ちだけで十分――」
「そういうわけにはいかん!」
慌てるシャーロットの手を、アレンはがしっと握る。
真剣な顔で告げるのは決意そのものだ。
「待っていてくれ、シャーロット。俺は最高の誕生日プレゼントを、おまえに用意してみせる!」
『儂もこの世にまたとない宝物を奉納いたします!』
『ルゥは母上に相談してくる!』
「みなさん……」
シャーロットはじーんとしたように目を潤ませる。
そんな必死の三者を見て、ナタリアは不敵な笑みを浮かべてみせた。
「はっ、いいでしょう。それじゃあ、誰のプレゼントがねえさまに一番喜んでもらえるか……勝負といこうではないですか!」
「望むところだあ!」
かくして波乱の誕生日が幕を開けたのだが――このときはまだ誰も、それに端を発して勃発する大事件についてまったく予期できていなかった。
続きはまた来週木曜日。来週はコミカライズも更新されます!
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