十六話 イケナイ、ストレス発散方法②
「こ、これって私のお父様と……」
「うむ。『元』婚約者だな」
アレンは鷹揚にうなずいてみせる。
なんとなく『元』の部分を強調してしまった。なんとなく。
「おまえに必要なのは、すべてを受け入れることじゃない。怒ることだ」
「怒る、こと……」
「そのとおり」
そっとシャーロットの手を取って、同じく注文しておいたグローブをはめてやる。
色は血のような赤だ。完全にアレンの私怨が篭もったチョイスだが、特に説明はしなかった。
「我慢もときには大事だが、ときには解放することも必要だ。そうしないと、いつか必ず破綻する」
やりすごした感情は消えることはない。
心の奥底に溜まり続けて、やがて氾濫して己を壊す。
シャーロットにはそんな思いをさせたくなかった。
「なに、初めは誰しも戸惑うものだ。だが、そのうちそれが癖になる」
「《魔王》さん、言い方がいちいち悪役くさいのはなんなのですにゃ」
ミアハが呆れたようにぼやく。
しかしシャーロットは青い顔のままだ。サンドバッグに貼り付けられた王子と父の顔写真を見て、小さく肩を震わせる。
「で、でも……私は……怒ってなんか、いませんから」
「……あそこまで貶められてもか?」
この写真を探すため、アレンはいくつもの新聞に目を通した。
そうして、隣のニールズ王国ではいかにシャーロットが『悪女』で通っているかを知った。
おまけに懸賞金まで出されているらしい。アレンが追い払った兵士たちも『生死を問わない』と言っていたし……もはやあの国に、彼女の居場所はどこにもない。
シャーロットはすべてを奪われ、尊厳を蹂躙されたのだ。
それなのに、彼女は怒りの言葉をひとつたりとも発さない。
ただ諦めたように笑うだけだ。
「……王子様も、お父様も、なにか理由があったんですよ」
「なにか理由があったら、おまえをボロ雑巾のように捨ててもいいというのか!?」
「……仕方ありません」
シャーロットはゆるゆるとかぶりを振る。
「お父様にはここまで私を育ててくださったご恩が。王子様には私のような者が婚約者で……迷惑をおかけした申し訳なさがあります。恨むなんて……できません」
「……」
どうやら問題の根はあまりに深そうだ。
アレンが立てていたプランはこうだった。
一、シャーロットに恨みを自覚させる。
二、そのまま隣国に乗り込んで、王子の悪事を暴く。
三、シャーロットの無実は晴れて、悪党どもはお縄につく。
四、ハッピーエンドの万々歳!
だがしかし、その青写真はここに来て破棄せざるを得なくなった。
このプランだけではシャーロットの心は癒やせないだろう。
なにしろ彼女は自分の心ときちんと向き合えていないからだ。己の心を抑圧することに慣れてしまい、自分がどう感じているかを表に出すことを恐れている。もしくは、感じることを放棄している。
そうしないと、これまで生きていけなかったから。
自分を守るために作り上げたはずの殻が、今では自分の首を絞めてしまっているのだ。
仮に自分の汚名が晴れて、王子が断罪されたとしたら……喜ぶどころか、自分のせいで人が不幸になったと気に病むだろう。
そこでミアハがちょいちょいっとアレンの袖を引く。
「魔王さん。お客さんのご家庭に首を突っ込むのは、あんまりお上品とは言えないと思うのですが……」
ためらいがちにシャーロットを見て、そっと声のトーンを落とす。
「シャーロットさん……もうちょっとだけ、そっとしておいたほうがいいとおもうのですにゃ」
「それには俺もほぼ同意だがな」
「『ほぼ』?」
シャーロットの心の傷は深い。
それを解決するには時間が必要だ。
だがしかし……ただ漫然と時を待つだけなんて、ごめんだった。
「シャーロット」
「は、はい?」
じっと俯いていた彼女に声をかける。
グローブを装着していたままの手をそっと握って。
「だったらサンドバッグのかわりに……俺を殴れ」
「………………はい?」





