百五十三話 姉妹をつなぐもの①
ダンジョンの外へ出ると、一同が揃い踏みしていた。
シャーロットたちに、ナタリアの舎弟、ニールの配下……それにアレンの養父、ハーヴェイの姿もあった。
みな不安そうに顔を見合わせていたが、アレンたちの姿を見てあちこちからホッとしたようなため息が聞こえてくる。
「ナタリア……!」
そんな中から、シャーロットが弾かれたようにして駆け出してきた。
青い顔でナタリアの前にしゃがみこみ、その肩や頬をぺたぺた触って確かめる。
「大丈夫ですか!? 怪我は……どこも怪我はありませんか!?」
「え、えっと、大丈夫です……けど」
ナタリアはすこし目を丸くしながら応えてみせた。
シャーロットの狼狽ぶりが予想以上だったからだろう。
そんな中、一緒に出てきたニールがハーヴェイの前まで歩み出て、深々と頭を下げてみせる。
「申し訳ありませんでした、学長。すべては僕の責任です。どんな罰でもお受けします!」
「ふむ、きみも一皮剥けたようですね」
それにハーヴェイは目を細めて笑った。手下たちもニールの突然の変化に戸惑っている様子だったが……無事で安堵したようだった。ナタリアの舎弟たちも似たような反応だ。
しかし柔らかな空気が満ちても、シャーロットは青い顔のままだった。ついには目の端に涙を溜めて、嗚咽をこぼし始める。
「よかった……ほんとうに……あなたに何かあったら、私……私……」
「すみませんでした、シャロさん。ご心配をおかけしたようで……でも、本当に大丈夫ですから」
ナタリアはオロオロとそれを慰める。
微笑ましい光景である。そこで、アレンはシャーロットの肩をぽんっと叩いた。
「そうだぞ。すこし落ち着け、シャーロット」
「で、でもアレンさ…………えっ」
「……シャーロット?」
シャーロットが凍り付き、ナタリアは怪訝そうに眉をひそめる。
対照的な姉妹の反応にアレンはニヤリと笑って――。
「そら、感動のご対面だ」
「なっ……!」
「っ……!?」
シャーロットのかけていた眼鏡を素早く取り上げた。
姉妹はどちらも同時に息を飲む。
ナタリアの目には、姉が――ずっと後悔の念とともに追いかけ続けてきた姉が、突然目の前に現れたように写ったことだろう。
見守っていた舎弟達もざわめき始める。ゴウセツやルゥも目を丸くしていたが……そちらは静観を選んだらしい。
息を止めて固まるナタリアの前で、シャーロットはさらに顔を青くさせてうろたえる。ずりずりと後ずさりして、妹から離れようとするが――。
「あ、アレンさん!? 突然何をするんですか……!」
「大丈夫。ほら」
アレンはその手を引っ張って、もう一度妹の前に立たせてやった。
緊張で強張る肩を叩き、耳もとで囁く。
「今なら妹に、おまえの言葉は必ず届く。俺が保証するから……勇気を出せ」
「アレンさん……」
シャーロットはアレンとナタリアの顔をこわごわと見比べて――ごくりと喉を鳴らしてみせた。
自分の意思で一歩前に進み、妹に真正面から向き合う。
「あ、あの……ナタリア。その……」
ぐっと拳を握り、シャーロットは妹から目を逸らさないまま続ける。
「私のせいで、あなたにたくさん迷惑をかけたと思います。だから、ずっと、謝りたくて――」
「本当に……!」
シャーロットの言葉を遮って、ナタリアはその腕に縋り付いた。限界いっぱいまで開かれた目で姉を見上げながら、声を震わせる。
「ほんとに、本物のねえさま、なんですか……! アレン先生の幻術……なん、じゃ」
「おまえなら見ればわかるだろ」
アレンはそれに柔らかな笑みを向けてやる。
「それでも疑うなら、姉しか知らないことを聞いてみるがいい。俺が操る幻術なら返答は不可能だ」
「そ、それじゃ……あの、昔、よく読んでくれた絵本の内容は……」
「えっと、動物園のお話ですよね?」
「っ……!」
雷に撃たれたように、ナタリアの肩が大きく跳ねる。シャーロットは苦笑しながら、ゆっくりと答えた。
「子供たちが動物園に行く絵本。お母さんが生きていたころ、よく読んでくれて……それで公爵家にも持って行ったんですけど、いつの間にかなくなってしまって。きっと捨てられたんだと……な、ナタリア?」
「あ、あ、あああああ……!」
ナタリアはボロボロと泣き崩れた。顔を覆うことも、涙を拭うこともしない。
震える指先を懸命に動かして、足元に置いてあった旅行鞄の鍵を開く。
中には上等な布で何重にも包まれた何かがあった。その布を、ナタリアはもどかしそうな手付きでほどいていく。
「こ、これ……ねえさま、これ……!」
「それは……!」
はらりと布が落ちたあと――そこに現れたのは一冊の色あせた絵本だった。
背表紙や小口に細かな傷があるものの、ほかには目立った破損もなく、とても大事に扱われていたことがうかがえる。表紙に描かれているのはデフォルメされた魔物たちと遊ぶ、何人もの子供たち。
ナタリアはその絵本を、シャーロットにおずおずと差し出した。
「捨てられそうになってたのを、わたしが拾って、隠しておいたんです……ねえさまのかあさまとの、大切な思い出の品だって、知ってたから……」
ナタリアは泣きながら、つっかえながら、くしゃりと顔を歪ませながら、必死になって思いを吐き出す。
「ずっと、ずっとこれをねえさまに、返したくて……! それで、もう一度……もう一度だけでいいから、ねえさまに、これを、この絵本を、読んでもらいたくって……!」
「ナタリア……!」
シャーロットは絵本ごと妹をぎゅっと抱きしめた。姉の胸に顔を埋めて、ナタリアは目を丸くする。そうして次の瞬間、姉の体にしがみついて、一番の大声で叫んだ。
「ごめんなさい、ねえさま……! ずっとたすけてあげられなくて……! ごめんなさい!」
「ナタリア……! 私も、私の方こそ……ひとりにして、ごめんなさい……!」
そのままふたりは抱きしめ合いながら、わんわんと声を上げて泣いた。アレンはふたりの肩にそっと手を置き、静かにそれを見守るだけだ。
続きは明日更新します。明日は本章ラストです。
明日はコミカライズ二話も公開されるのでお楽しみに!