十五話 イケナイ、ストレス発散方法①
さて、次の日の正午過ぎ。
「ご注文の品、お届けにあがりましたにゃー!」
「うむ。ご苦労」
昼食を終えたころになって、ミアハが元気よく玄関扉を叩いた。
荷物をいくつも抱えた彼女をリビングに通す。
小さな布袋に、人が入っていそうな直方体の巨大な木箱。見るからに大荷物だが、ミアハは汗ひとつかいてはおらず、余裕綽々の表情だった。
布袋の方は、そばで見ていたシャーロットに手渡す。
「どうぞ。こっちはシャーロットさんから頼まれてた日用品ですにゃ」
「あっ、ありがとうございます」
それをおずおずと受け取るシャーロット。
いつの間にか呼び方が『メイドさん』から本名に変わっていたが、シャーロットは気付きもしない。どうやらミアハは本当に黙っていてくれるらしい。
「で、こっちは《魔王》さんのご注文の品ですにゃ」
「感謝する。さて、どれどれ……」
アレンの前にでんっと置かれたのは、巨大な木箱だ。
まるで棺桶のようなその上蓋を開けてそっと中身を確認する。
シャーロットも興味深そうにそっと覗こうとするのだが……その前に、アレンは蓋をパタンと閉じた。プレゼントはギリギリまで隠すのが筋というものだ。
「うむ。上々の品だな。それじゃ、こっちが今回の報酬だ」
「それじゃ確認しますにゃ。ひー、ふー、みー……ありゃ?」
銀貨を数えていたミアハが小首をかしげてみせる。
「だいぶ多いですにゃ。おつりを用意するので待ってくださ――」
「必要ない。チップだ、受け取ってくれ」
「にゃにゃっ! 《魔王》さんったら気前がいいですにゃ! ありがとうですにゃ!」
ミアハは満面の笑みで、銀貨をポケットに突っ込んだ。
一種の口止め料とも言える。これでシャーロットが守れるなら安い物だった。
財布をしまうアレンをよそに、ミアハは木箱をじーっと見つめる。
「それにしても……《魔王》さんってば、こんなものをどうするつもりなんですにゃ?」
「当然、使うんだが?」
「ええー。インドアっぽい《魔王》さんが?」
嘘に決ってますにゃー、と失礼なことを言ってのけるミアハ。
そこで、アレンはシャーロットの肩をぽんっと叩いてみせる。
「違う違う。俺じゃなくて、シャーロットが使うんだ」
「えっ、私ですか?」
シャーロットがきょとんと目を丸くする。まさか自分に水が向けられるとは思っていなかったのだろう。
「へえー。シャーロットさんって意外とアクティブなんですにゃー」
「い、いったいなにを買われたんですか……?」
「くっくっく……見て驚くなよ?」
アレンはそう言って、ぱちんと指を鳴らす。
すると、木箱がばこっと音を立てて砕けた。木切れが散らばるただ中に佇む中身とは――。
「……サンドバッグ?」
「その通り!」
戸惑うシャーロットをよそに、アレンは堂々と言ってのけた。
金属のポールによって吊り下げられた、文字通りのサンドバッグだ。ボクシングの練習や自主鍛錬に用いるスポーツ用品である。
「いやあ、こんなものまで届けてくれるとは。さすがはサテュロス運送社だな。今後ともよろしく頼む」
「もちろんお任せくださいですにゃ! 《魔王》さんなら優先して配達するですにゃ」
「い、いやあの……待ってください」
のほほんと話すアレンたちに、シャーロットが割って入る。
まるで理解ができないという目だ。アレンとサンドバッグを交互に見て、また首をかしげる。
「な、なんでこれを私が使うんですか? あっ、ひょっとして運動のため……とか?」
「近いが、そうではない」
ばしっとサンドバッグを叩いてみせて、アレンは宣言する。
「これが今日のイケナイことだ!」
「い、イケナイこと……!」
シャーロットがごくりと喉を鳴らす。
一方で、ミアハはドン引きの目をアレンに向けるのだ。
「は? なんですか、それは。そういうプレイですかにゃ?」
「違う。話せば長くなるんだが……」
かくしてアレンが手短に事情を説明すると、ミアハは渋い顔でかぶりを振る。
「《魔王》さん、言葉のチョイスが最悪にもほどがあるですにゃ……それにしてもサンドバッグを殴るのが、なんでイケナイことになるのですにゃ?」
「まあ、これだけなら普通の運動だがな……」
そこでアレンは懐から新聞の切り抜きを取り出す。
それをサンドバッグに貼り付ければ……準備完了だ。
「さあ、ストレス発散の時間だ! こいつを思いっきりぶん殴れ!!」
「えええ!?」
シャーロットが素っ頓狂な声を上げる。
アレンがサンドバッグに直貼りしたのは、厳しい顔つきの壮年男性と、冷たい目の青年の顔写真。
順に、彼女の父と、元婚約者の憎たらしいツラである。