百四十九話 彼女が大切にするもの①
次の日の朝。
いつもの庭園で、アレンは腕を組んで難しい顔をしていた。
「それで……起こしに行った時には、もう姿がなかったと」
「そ、そうなんだよ」
うろたえながらもうなずくのは、竜人族の舎弟である。
姿形が人間と大きく異なる種族の場合、表情の変化が読みにくいことが多い。
それでも彼が相当参ってしまっていることは、アレンの目にも明らかだった。
「親分、朝がすっげー苦手なんだ。だから俺らのうちの誰かが毎朝起こしに行くんだけど……今日はもう部屋にいなくて」
「それで、あの大事にしてた鞄も一緒になくなってたんだな?」
「そうなんだよ。これまで一度も持ち出したことなんてないのに……」
「ふーむ……」
アレンは顎を撫でてうなる。
ほかの舎弟たちも不安そうな顔を見合わせるばかりだった。
ナタリアが姿を消したとわかってから、彼らは全員で方々を手分けして探したのだという。
それでも結果はなしのつぶてで――いよいよ本格的にまずいとなって、アレンに助けを求めたのだった。
「ルゥはどうだ?」
『うーん。あいつ匂いを消して行ったみたい。わかんないや』
くんくん鼻を鳴らしていたルゥだが、目をすがめてかぶりを振る。
それでもまだ探す手がないわけでもないのだが――シャーロットは真っ青な顔で、呻くように言う。
「ひょっとして、昨日の話を聞いていたんじゃ……」
「ぐっすりお休みだと思っておりましたが……可能性はあるでしょうなあ」
それにゴウセツが渋面で首肯してみせる。
シャーロットが姉だと気付き、出奔した。
状況だけ見れば、ありえない話ではないだろう。
だがしかし、アレンはかぶりを振ってそれを否定する。
「いや、それはないだろう。おそらく別の理由があったんだ」
「ふむ。貴殿がそう断言されるならよほど確信がおありのようで。ですが、いかがなされます。どのみち放ってはおけませんぞ」
「そうだなあ……ひとまず俺が――」
「あっ、いた!」
探しに行こう、と続けかけたそのときだ。
切羽詰まった声とともに、数名の生徒が駆け寄ってくる。全員見覚えのある連中で、そろってナタリアの舎弟たち以上の青い顔をしていた。
「なんだ、ニールのところの取り巻きじゃないか。悪いが今は――」
「頼む! 助けてくれ!」
アレンが追い払おうとするのにもかまわず、彼らは必死にすがりついてくる。
食堂でボコボコにされて以来、アレンのことを目の敵にしていたくせに今日は様子がおかしかった。訝しんでいると、彼らはひどく取り乱しながら口を開き――驚くべき内容を口にした。
「うちの坊ちゃんが……封印されたダンジョンの奥まで、ナタリアを無理やり呼び出しちまったんだよ!」
「しかもあいつの大事なものまで盗んで……!」
「……詳しく話せ」
ざわりと揺れるその場の面々たち。
アレンが静かに先を促せば、手下たちはつっかえながらも事情を打ち明けた。
近頃のニールは相当思い悩んでいたらしい。
アレンの読み通り、ナタリアが来るまでは学院内で神童として名を馳せ、肩で風を切る勢いだった。
それがナタリアに全戦全敗。
プライドをズタズタにされて追い詰められ、どんな手を使ってでも勝利しなければと口にするほどになっていたという。
そんな折、昨夜果たし状をもって行った際、偶然にもナタリアが大事にしている鞄の存在を知ってしまう。ニールはそれを盗み出し、相打ち覚悟の決闘に誘い出したのだ。
「俺たちもさすがにそれはマズいと思って止めたんだが、坊ちゃんひとりで飛び出して行っちまって……」
「あのダンジョンの奥、今は教員すら滅多に近付かないっていうのによ……! 絶対まずいって!」
「なるほどなあ」
アレンはため息まじりに唸るしかない。家出の可能性は完全に潰えたが、どのみちマズい事態であることに変わりはなかった。
昨日の夜、ニールの姿を見かけたが……あのとき鞄のことを知ったのだろう。
そこまで思い詰めているとは予想だにしなかった。
(いや、予想しておくべきだった。俺もシャーロットのことですこし視野が狭くなっていたようだな……)
猛省しつつもアレンは左手を伸ばし、駆け出そうとしていたシャーロットの肩をガシッと掴んだ。
「おまえはおまえで、どこへ行く気だ」
「き、決まってるじゃないですか! 助けに行くんですよ!」
シャーロットは悲痛な声で叫ぶ。妹の危機にいてもたってもいられないらしい。だがしかし、アレンは冷静に首を横に振るだけだった。
「ダメだ。おまえは多少魔法を使えると言っても素人だろう。俺がそばにいたとしても危険すぎる」
「では、儂がご同行いたしましょうか」
ゴウセツが前に出るが、それにもアレンは渋い顔をする。
「それもマズい。あそこにいる魔物は産卵で今の時期気が立っているんだ。他の魔物が近付いては火に油を注ぐだけだろう。俺一人で行く」
『ほんとにアレンひとりでだいじょーぶ?』
「なに。さくっと行って、クソガキにゲンコツ食らわせて帰ってくるとも」
心配そうなルゥにニヤリと笑いかけるついで、アレンはゴウセツにそっと耳打ちする。
(だが、ひとまず叔父上たちに連絡しておいてくれ。何が起きるか分からないからな)
(……承知いたしました)
ゴウセツはひとつうなずいて、さっとその場から姿を消す。
アレンはシャーロットの顔を覗き込み、何でもないことのように笑って告げる。
「そういうわけだ。おまえはここで待っていてくれるな?」
「……わかりました」
シャーロットは固い面持ちでうなずいた。
その顔は血の気が引いたまま。だがしかし確固たる信頼が読み取れた。
強い光を宿した瞳で、シャーロットは真っ直ぐアレンを見つめて懇願する。
「アレンさん……! ナタリアのこと、お願いします!」
「任せておけ。おまえたちもここで待機だ! シャロのことを頼んだぞ!」
「りょ、了解!」
舎弟たちに見送られ、アレンは一目散に駆け出した。学院で教鞭を取っていたころ、よく潜ったダンジョンへと。
続きは明日更新します。本章長くなりましたがあと五話ほどです!お楽しみいただければ幸いです。
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