百四十七話 エヴァンズ姉妹①
あとがきに告知が三つございます。
「おやぶーん! お疲れ様です!」
そんな話をしていると、満面の笑みで駆け寄ってくる者たちがいた。
ナタリアの舎弟――そのうちの三人だ。いつぞやコロッケパンを買ってきてぶっ飛ばされた竜人族も混じっている。
ナタリアは彼らを出迎え、笑いかける。
「こちらは終わりましたが……おまえたちはどうでしたか?」
「もうバッチリですよ!」
竜人族が食い気味に言う。
あとのふたりも興奮冷めやらぬ様子で、三人がギラギラした目で言うことには――。
「聞いてください! 前に俺をパシりに使ってたやつをボコ……話し合って、仲良くなってきました!」
「俺も本家の生意気なボンボンを……いろいろあって謝罪させてやりましたよ!」
「オレは彼女を寝取りやがったクソ野郎を海に……海で一緒に遊んできました!」
「おまえたち……」
すぐそばにいるシャーロットに気を使ったようで、かなりマイルドに復讐の報告をする三人だった。
そんな舎弟たちの報告を噛みしめるように聞いて、ナタリアは満足げに笑う。
「よくやりましたね。それでこそわたしの手下です」
「ううっ……ありがとうございます、親分……!」
「それもこれも全部、先生のおかげです……!」
三人はナタリアにすがりつき、ボロボロと泣き崩れる。
先生、とは呼ぶものの、もちろんそれはアレンのことではない。手下たちをよしよしとなだめながら、ナタリアはすぐそこの空き地に目を向ける。
「まったくゴウセツ先生には感謝の言葉もありません。これまでにもわたしが稽古を付けたりしましたが……あそこまで見事な飴と鞭の使い道には感服するよりありません。さぞや名のある、地獄カピバラとお見受けします」
「いえいえ、とんでもございません。儂などただの年寄りですよ」
空き地にいたゴウセツは恭しく頭を下げる。軍服を着込んで乗馬鞭を持ったその後ろでは、残りの舎弟たちが死屍累々と転がっていた。
報復を済ませた三名を見やって、ゴウセツは目を細めて笑う。
「貴殿らが目的を成し遂げたのは、真面目に鍛錬を積んだ成果でございます。儂はただ手を貸しただけ。その誇りを胸に、さらなる精進を積むといいでしょう」
「はい! 本当にありがとうございました!」
「ルゥ姐さんにもお世話になりました!」
『ふふん。追いかけっこと取っ組み合いなら、いつでも練習相手になってやろーじゃん』
倒れた舎弟を踏んで遊んでいたルゥが得意げに笑う。
アレンとナタリアがタッグを組んで天下取りに出たこの一週間、ふたりそろって舎弟たちをしごきにしごき、戦力の底上げに出たのだった。
ズタボロになって地面を這いつくばる他の舎弟たちは、必死の形相で起き上がる。
「く、くそぅ……まだだ、まだやれます……! 引き続き稽古のほど、お願いします!」
「俺らも仕返しは済んだけど、もっと強くなりたいです! 先生!」
「ほう、その胆力や良し。それでは……」
ゴウセツはひとつ小さく咳払いをして――鞭を振るって怒声を轟かす。
「さあ、休憩時間は終いだ! ウジ虫どもにクズクズしている暇はないぞ! 今すぐ島一周の走り込み! それが終わったら儂との組み手だ! 泣いたり笑ったりできなくなるまで痛め付けてやる故、覚悟するがいい!!」
「「「サーッ! イエッサー!」」」
『わーいわーい! 追っかけっこだ! 走るのおくれたら、ルゥがかじるからよろしくねー!』
「よろしくお願いいたします、ゴウセツ先生。ルゥさん」
ナタリアは深々と頭を下げて、走り去っていくその狂気の一団を見送った。
ほのぼのした光景ではあるものの――アレンは納得がいかなくて渋い顔をしてしまう。
「なあ、ゴウセツが先生なのに、俺は大魔王のままなのか? アレン先生とか呼んでくれてもかまわないんだぞ」
「あなたは先生というキャラクターではないでしょう。大魔王は大魔王。自惚れないでください」
アレンににべもなくジト目を返し、ナタリアはうーんと伸びをする。
「それより勝利を祝して食堂に参りましょう。もうお腹ペコペコです」
「そうですねえ。でも、ちゃんとお野菜も食べなきゃダメですよ」
「さ、最近は食べるようにしてるじゃないですか。シャロさんが勧めるから」
「ふふ、偉いですねえ。さすがはナタリアさんです!」
口ごもる妹に、シャーロットはにこにこと笑いかける。
そんななか、遠巻きに見守っていたエルーカがアレンのそばまで近付いてきて、そっと耳打ちした。
「ふたりともいい感じだねえ。もう完全に仲良し姉妹じゃん」
「それが本当になればいいんだがな……」
「ありゃ、まだナタリアちゃんに聞けてないわけ? お姉さんのことをどう思っているのか」
「その話はあいつにとって相当な地雷のようだからな。もうちょっと腹を割って話せるようにならないと」
アレンはため息をこぼすしかない。
先日食堂で姉の名前を出したときに見せた、あの怒りは本物だ。
仲睦まじく見える姉妹たちを横目に、こそこそと小声で続ける。
「今は信頼関係を築いている最中だ。下手は打てない。もう少し時間をかけて、じっくりやっていくしかないだろうな」
「ふうん。さすがのおにいも、好きな子の妹相手には慎重にもなるか」
エルーカはニヤリと笑って、アレンの背中をばしばしと叩く。
「まあひとまず学院抗争もある程度落ち着いたし、パパは満足してるよ。あとはナタリアちゃん本人の問題だけ。あたしも最後まで見守るから、せいぜい頑張りなよね」
「すまないなあ……ところでおまえ、これが終わったらどうするんだ? まだシャーロットの家のことを調査してくれるのか?」
「それはパパがやってくれそーだし、あたしは普通にあの街に帰るかな。ジルくんにも会いたいしね」
「ああ、あいつならこの前会ったぞ」
先日のデートで訪れた魔法道具屋――そこで店員をしている車椅子の青年である。
「何か改めて挨拶したいだのなんだの。何かあったのか?」
「ああ、付き合ってるからね、あたしたち」
「はー、なるほど…………はあ!?」
軽い調子で告げられた真実にギョッとすると同時、歩き始めていたシャーロットとナタリアがこちらを振り返る。
「アレンさーん。置いて行っちゃいますよー」
「早く来なさい、大魔王! 次の作戦会議をしますよ!」
「わ、わかったわかった……おい、エルーカ! あとで詳しい話を聞かせろよ!」
「おっ、珍しいじゃーん。おにいがそんなに食い付くなんて。妹の恋バナが気になる感じー?」
「それは心底どうでもいい!」
「はあ……?」
エルーカの肩をがしっと掴み、アレンは真剣な顔で詰め寄る。
「あいつは魔法に造詣が深くて、なにより真面目だし……見事に叔父上の跡継ぎにぴったりじゃないか! おまえとあいつが無事にくっつけば、俺にお鉢が回ってこなくなる! なんとしてでも逃すなよ!」
「完っっっ全に打算じゃんそれ!? 可愛い妹に手を出しやがって的なのはない……って、こら待て、おにい!」
「待ってくれシャーロ……シャロ! 今行くぞ!」
言うだけ言ってエルーカの怒声も無視し、アレンはシャーロットたちを追いかけたという。
続きは明日更新します。
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