百四十五話 大魔王の指導タイム②
「なるほど。おまえは火の粉を払っていただけなのか」
「……そのとおりです」
たしかに鏡で様子を見たときも、今日の食堂でも、ケンカを吹っかけてきたのはいつも相手側だった。
ナタリアは疲れたように肩を落とす。
「わたしはただ、ここで自分の力を磨きたいだけです。早く強くなりたい。その練習相手として、ニールたちは好都合ではありますが……倒しても倒しても向かってくるので、最近は少々鬱陶しいというのが本音でしょうか」
「ふむふむ、おまえの抱える問題がようやく見えてきたな」
有り余る才能と、高潔な正義感、そして敵と認めた瞬間の容赦のなさ。
それらが組み合わさって、周囲との関係が激化してしてしまったのだろう。
「ちなみにおまえ、毎度毎度売られた喧嘩はどうやって買っていた?」
「もちろんふつうに乱闘ですが。向かってくる者がいるなら、とりあえず全員ボコボコにします。どんな魔法も得意ですが、肉体強化系魔法を使って素手で倒すことが多いですね」
「おお、いい趣味をしているなあ。予想通りといったところか」
「ふつうに、乱闘……?」
アレンが鷹揚にうなずく横で、シャーロットは顔を青ざめさせる。姉としては心配なのだろう。
とはいえそちらはひとまず置いて、アレンは顎を撫でてうなる。
「だったら話は早いな。ナタリア。おまえがやるべきことはひとつだけだ」
「まさかとは思いますが……奴らと仲良くしろ、なんてバカげたことを言うのではないでしょうね」
「違う。その真逆だ」
顔をしかめるナタリアの肩を、ぽんっと叩く。真正面からその幼い顔を覗き込み――アレンはにこやかに告げた。
「ナタリア、おまえがこの学院の天下を取れ」
「はい……?」
ナタリアだけでなく、他の面々もぽかんとする。
「何度倒しても敵が再起するというのは、倒し方が甘いからだ。俺が効率のいい戦い方を教えてやる。そうすれば、じきにこの学院からおまえの敵は消えるだろう」
そうすればナタリアは平穏な学生生活を手に入れることができるし、アレンはアレンで彼女からの信頼を勝ち取ることができるかもしれない。まさに一石二鳥の一手である。
だが、シャーロットは青い顔でオロオロするばかりだ。
「で、でも、喧嘩はダメですよ。それにもし、ナタリアさんが怪我をしたらと思うと、私……心配で、心配で……」
「シャロさん……」
「安心しろ、シャロ。俺がやろうとしているのはただの喧嘩ではないぞ。危険は最小限にとどめてみせる。もし荒事が必要になったとしても、身の守り方も俺がきちんと指導する」
もちろんアレンも、いくら有能とは言っても七歳の少女に無茶をさせるつもりなど毛頭ない。
そう説明して――ニヤリと不敵に笑ってみせる。
「それでも危険だと判断したなら……またさっきみたいに、おまえが俺を止めてみせろ」
「えっ……あ、あれはその、もうやりたくないって言いますか……私もちょっとやりすぎだったと思いますし……」
「ほう。無理だと言うのか」
ごにょごにょと言葉を濁すシャーロットに、アレンはわざとらしく肩をすくめる。
そうして揶揄するように続けることには――。
「おまえの覚悟はその程度のものだったのか? たとえ誰が敵だったとしても……立ち向かうと決めたはずだろう」
「っ……!」
シャーロットはハッとして顔をこわばらせる。
そうしてナタリアとアレンの顔を交互に見つめて――やがてごくりと喉を鳴らしてから、重くうなずいてみせる。
「わかりました。アレンさんにお任せします。それでもしものときは……私が全力で、アレンさんを止めてみせます!」
「ふはははは! いいぞ、その意気だ! 俺の手綱を掴めるのはこの世でおまえただひとりだからな! 心してかかれよ!」
「はい! がんばります!」
「いやあの、わたしを間に挟んで勝手に盛り上がらないでくださいよ。シャロさんの意気込みもよくわかりませんし……」
怪訝そうにツッコミを入れるナタリアだった。
昨日今日会ったばかりのふたりが保護者面で自分の教育方針について激論を交わせば、どんな者でも渋い顔にもなるだろう。
そんなナタリアに、アレンは以前と同じように左手を差し伸べる。
「さあ、どうするナタリア。俺と手を組むか」
「ふん、大魔王と天下取りですか……」
ナタリアはその手をじっと見つめる。
逡巡は一瞬のことだった。小さな手のひらでもってして、アレンの手をがしっと握る。口の端を持ち上げて浮かべるのは凶悪な笑みだった。
「面白そうじゃないですか。今後にも活かせそうですし……ひとまず乗るといたしましょう。ですが役立たずとみなせば、容赦なく協力関係は解消です。いいですね?」
「もちろんだ。せいぜい俺の有能さに恐れ慄くがいい!」
アレンがそれに哄笑を返し、かくして同盟関係が結成された。
「うおお……親分、頑張ってください!」
「俺らも全力で応援します!」
沸き立つ舎弟たち。
だがしかし、そこで彼らの背後から涼やかな声が響いた。
「こらこら、貴殿らは何を他人事のように見ておられるのですかな」
「へ」
そこで振り返った彼らが見たものは、顔に大きな傷を持つ絶世の美女――人間形態のゴウセツである。
先日のドレス姿から一転、今日はどこで手に入れたのかモノトーンの軍服を着込み、分厚いコートを羽織っていた。
竹刀を手でぽんぽんしながら微笑む姿は、どこからどう見ても鬼教官そのもので――。
「ナタリアどのが敵に目を付けられたそもそもの発端は、貴殿らが弱いせいでしょう。己の露払いすらできぬ臣下など、足手まといでしかない。よって……」
ゴウセツは舎弟たちに竹刀を突きつけて、ゾッとするほどの笑みを浮かべて告げる。
「多少は使い物になるように、儂が貴殿らを鍛えてご覧に入れましょう。礼などけっこう。これもひいては我が主のためですからな」
「「「……どちら様ですか?」」」
「おう、そちらは任せた! ただし、くれぐれも死なすなよ!」
「くっくっく……承知いたしましたとも。いやはや若者の指導など何百年ぶりか。これは腕が鳴りますなあ」
『ルゥもルゥも! おもしろそーだし、おてつだいするー!』
「あの、ゴウセツさんもルゥちゃんも、ほどほどにしてくださいね……?」
おおはしゃぎするゴウセツとルゥに、シャーロットがおずおずと釘を刺した。
続きは明日更新します。
コミカライズ開始がとうとう明後日に迫っております!その日は『やたらと察しのいい〜』も更新予定です。