百四十四話 大魔王の指導タイム①
その一時間後。
アレンとナタリアは例の庭園で仲良く並んで正座していた。
ふたりの首からは『私は食堂でケンカして騒ぎを起こしました』という反省札がかけられており、シャーロットはその前に座ってこんこんと説教する。
「私のために怒ってくださったのはうれしいです。でもふたりとも、あれはやりすぎです。乱暴はよくありません」
「すみませんでした……」
「ナタリアさんもですよ。あんな危ないことをして……怪我をしたらどうするんですか」
「それなら魔法で治せば…………いえ、すみませんでした……」
反論しかけるナタリアだが、シャーロットがさっと顔色を曇らせたのを見て大人しく頭を下げた。
「みなさんもですよ! ケンカはめっ、です!」
「はあ……」
ナタリアの舎弟一行もアレンたちの後ろで正座して、生返事をするだけである。
ちなみに電撃をくらった拍子に魔法結界が解けてしまい、ニール一行は一目散に逃げていった。『覚えていろよ!』という典型的捨て台詞を残して。
そのまま舎弟たちにも説教をくらわすシャーロットを盗み見ながら、アレンはしみじみと嘆息する。
「いやはや、この俺に魔法をぶちかました上に説教をかますとは……サンドバッグすらぶん殴れなかった気弱な少女が、強くなったものだ……」
「たしかにあの魔法をぶっつけ本番で成功させる実力には、わたしも感心しますがね……あなたはなぜそこまで満足げなのですか」
アレンがのろける横で、ナタリアは若干引いたような目をする。
そんな中、そばで見ていたルゥがこてんと小首をかしげてみせる。
『でもさあ。ママの魔法、アレンならよけられたんじゃないの? けっこう隙だらけだったしさ』
『いやいや、ルゥどの……それは聞いてはなりません』
ルゥの肩をぽんっと叩き、ゴウセツが渋い顔でゆるゆるとかぶりを振る。
『世の中には知らなくていいことというものが少なからずあるのです。これもまたそうした類でございますぞ』
『えー、なんで。気になるじゃん。ルゥでもよけられそうだったのに』
「ふっ……決まっているだろう。あいつに成功経験を積ませるためだ」
『はいー?』
ますます首をひねるルゥに、アレンはニヤリと笑う。
「魔法を使うのに、もっとも必要になるのは強靭なメンタルだ。『できる』という思いこそが力になる。俺のような歴戦の魔法使いを一撃で倒した経験は、間違いなくあいつの自信につながるだろう。次またあんな場面で敵に出会したとしても、臆せずぶちかませるはずだ」
『つまりおまえ……わざとくらったっていうわけ? ママのために?』
「そのとおり」
アレンはあっさりとうなずく。今もちょっとピリピリするが、この程度でシャーロットの自信が付くなら安いものだった。
アレンの覚悟に、さぞかし女性陣からは尊敬の眼差しが飛んでくるかと思いきや――。
「心底気持ち悪いですね。なんなんですか、あなたの歪んだその愛情は」
『聞かなきゃよかった……やっぱりおばーちゃんが正しかったよ』
『わかってくれればいいのですよ、ルゥどの』
「なんでだ」
三人分のジト目が飛んでくるだけで終わった。解せない。
そんなことには気付かずに、シャーロットは舎弟たちに説教を続けていた。
自分たちの心配をしてくれることが分かるからか、舎弟たちは神妙な面持ちで聞いていた。
しかし彼らは顔を見合わせて、重々しいため息をこぼしてみせる。
「でも、ケンカはダメって言われてもなあ……」
「基本、俺らはケンカを売られる側なんです。こっちから仕掛けたことは一度もありませんよ」
「そ、そうなんですか?」
シャーロットが目を瞬かせて、ナタリアをうかがう。
するとナタリアは鷹揚にうなずいてみせる。
「ええ。そこの者たちはみんな元々、この学院のはみ出し者たちでしてね」
実家が貧しかったり、種族の中でも珍しい体毛や鱗を持っていたり、特定の魔法が極端に不得手だったり。
そうした者たちは、小さなコミュニティの中では格好の標的だ。
ナタリアの舎弟たちも以前まではニールや他の連中たちに因縁を付けられ、蔑まれ、散々な目にあっていたという。
「そこをみな、わたしが助け出してやったのです。弱い者いじめなど、見ていて気持ちの良いものではありませんから」
「でもそのせいで、親分はあちこちから恨みを買ってしまっているんですよ」
「ううっ、すみません、親分……俺たちのせいで……」
「うるさいですよ! わたしが勝手に手を出しただけです! おまえたちに謝罪される筋合いなどないと、いつも言っているでしょう!」
うなだれる舎弟たちを前にして、ナタリアは怒声を飛ばしてみせた。
続きは明日更新します。
コミカライズまであと三日!作画をご担当くださる桂先生が、ツイッターでカウントダウンイラストを描いてくださっております。要チェックです!