百四十三話 問題児との面談③
使用したのは身体強化というシンプルな魔法。だがしかしその手際の良さには、アレンでさえも舌を巻くほどだった。
一撃で昏倒した手下を見て、ニールたち一同は気色ばむ。
「お、おまえ……! 僕の配下をよくもやってくれたな!?」
「かわりに躾をしてあげたのです。感謝してほしいくらいですね」
ナタリアはゆらりと立ち上がり、ニールのことをジロリと睨む。
先ほど相手をあしらっていた冷静さは完全に失われていた。怒髪天を突くとはまさにこのことだろう。
殺気で髪を揺らめかせながら、ナタリアは牙を剥いて言い放つ。
「女性に手を出すなど言語道断! アポイントなどもう結構! 今すぐこの場で――」
「こらこら、ナタリア」
そんな彼女の背後に歩み寄り、アレンはその肩をぽんっと叩いた。
姉だと勘付いたのかと思ったが……単に女性が虐げられていることに我慢がならなかったらしい。その正義感は買うが、これは少々いただけない。
アレンは苦笑を浮かべながら、あたりの様子を示してみせる。周囲には、こちらを遠巻きに見守る多くの生徒の姿があった。
「きちんと周りを見るといい。ここは食堂だぞ。ほかの生徒も大勢いる。そんな場所で無計画な乱闘を起こすなど、とうてい褒められたものではないな」
「はあ!? シャロさんはあなたの助手でしょう! 彼女が傷つけられて黙っているというのですか!」
「あはは。面白いことを言うじゃないか、おまえ」
吠えるナタリアに向けて、アレンはにこやかに笑う。
最近聞いた中ではトップクラスに愉快なジョークだった。
すっと笑みを取り払い――ぼそっと低音を絞り出す。
「……誰がこいつらを許すと言った?」
「へ」
ナタリアがかすかに目をみはる。
それと同時にアレンは指をひとつ鳴らした。
青白い光が床を駆け抜けて、天井まで届く光の壁があっという間に築かれる。壁によって四角く区切られた空間の中に閉じ込められるのは、アレンたちとニール一行だけだ。
「なっ……! 結界!? 一瞬でこの規模を覆うだと!?」
「落ち着け! この手の結界の弱点は明白だ! 術者を叩け!」
「りょ、了解!」
うろたえる配下たちに、ニールが檄を飛ばす。すぐにその内の三人が呪文を唱え、得物を抜いて飛び出してきた。体運びや呪文詠唱の正確さは、そこらのゴロツキとは一線を画するものだ。
だがしかし、アレンから言わせれば学生のおままごとだった。
「いいか、ナタリア。喧嘩に大事なことには三つある」
ぽかんと目を丸くするナタリアに、アレンは淡々と語りかける。
「敵の退路を断つこと。ただのひとりも討ち漏らさないこと。そしてもっとも大事なことは……!」
「ぎゃっ!?」
「びゅっ!?」
「ぎょぼ!?」
向かってきた三名の攻撃を身をよじってかわし、すれ違いざまに手足を氷で拘束。そのまま流れるような所作でぶん殴って床へと沈めた。
先日、養父であるハーヴェイが港で騒ぐ生徒たちを鎮めたときのように、氷柱に閉じ込めることももちろんできる。
それをせず最低限の拘束にとどめたのは……単に物理制裁を加えたかっただけである。こちらの方が悲鳴も上がるし派手でいい。
目論見通り、味方三名が無様に昏倒してニール一行にさらなる動揺が走った。
そちらをしっかり見据えながら、アレンは口の端を限界まで吊り上げて、獣のような笑みを浮かべてみせる。
「喧嘩においてもっとも大事なこと。それは……二度と立ち向かう気が起こらなくなるように、徹底的に相手の心を折ることだ! 何よりその方がスッキリできるしなあ!!」
「ふっ……何を言うかと思えば」
ナタリアはくすりと上品に笑う。
しかし次の瞬間、その笑みは獰猛なものへと早変わりして――。
「気が合いますねえ大魔王! 全面的に同意します!」
「わはははは! 貴様も話がわかるやつだな! さあ、もろとも床のシミに変えてやるぞクソガキども! 覚悟しろ!!」
「な、なんだこいつ!?」
「あっ……! てめえは大魔王!? 戻ってきやがったのかよ!?」
「うおおおお! 俺らも親分と大魔王に続くぞ!」
「目にもの見せてやらァ!!」
かくして光の壁のリングの中で、悲痛な叫び声と怒声が飛び交う乱闘が幕を開けた。
その隅でぽかんと座り込んでいたシャーロットのそばに歩み寄り、ルゥが小首をかしげてみせる。
『ママだいじょーぶ? ねえねえ、ルゥたちもあっちにまざってきていい? ママの分まで仕返しするんの!』
『儂もゴーサインを出していただければ、たちどころにこの場を血の海に変えてご覧に入れますが』
「そ、そんなの駄目です! ちょっと転んだだけですから! ストップです! アレンさんも……待ってください!」
「ぬるいぬるい、ぬるすぎる! その程度かゴミムシども! 俺のシャロを害しておいて、ただで済むと思うなよ! この世に生まれてきたことを後悔させてやる!!」
「ぎゃあああああ!?」
『あれは聞こえてなさそーだねえ……』
「だからほんとにダメですってば! ご、ゴウセツさん! 杖を!」
『承知しました』
ゴウセツがどこからともなく魔法の杖――先日のデートでアレンが買い与えたものだ――を素早く取り出してシャーロットに手渡す。それを掲げて、シャーロットは声の限りに叫んだ。
「喧嘩は、ほんとにイケナイことです!」
「ぎゃあああああ!?」
ナタリアから教わったばかりの雷撃呪文――殺傷能力は極めて低いものの、クマでも一撃で意識を失う威力がある――が迸り、アレンを見事に直撃した。
続きはまた明日更新。
コミカライズまであと四日、原作発売日まであと五日!どうぞよろしくお願いします。