百四十一話 問題児との面談①
するとナタリアは「でしょうね」と肩をすくめてみせた。
「うちの実家が今さらわたしに何か干渉するとも思えませんし、手を打つなら打つで、もっと真っ当で面白みのない教師を寄越すことでしょう。一応確認してみたまでです」
「信じてもらえて光栄だ。ちなみに、実家の息がかかった者だとわかったら、どうしていた?」
「追い返します。当然でしょう」
ナタリアはハンバーガーにかじりつきながら、淡々と言う。
口の周りがソースで汚れても気にしないワイルドな食べ方だった。
「あの家の縁者など虫唾が走る。精神衛生上のためにも、害虫は排除しないと」
「害虫かあ……よほど実家が嫌いのようだな」
「ええ。同じ血が流れていると思うだけで寒気がします」
ナタリアはソースまみれの口の端に、薄い笑みを浮かべてみせる。
「うちは典型的な名ばかり貴族ですから。父は家を存続させることにしか興味がなく、母は母でわたしという後継を産んだだけで大きな顔をしているような、くだらない女です。使用人達も木偶の坊ばかり。本当にろくでもない家ですよ」
「い、言うなあ……」
「もちろんわたしには言う権利がありますから。あの女、わたしを抱き上げたことはおろか、絵本を読んだことすら一度もないのですよ。あれの何が母親なのか」
ナタリアの言葉は辛辣そのものだが、悲痛な響きはまるでない。
心底呆れ、疎んでいることが手に取るように分かった。その後もねちねちと実家の嫌味を肴にして、ジャンクフードをむさぼり続ける。
(ふむ、積年の恨みがここに来て爆発したようだな)
これまで蝶よ花よと育てられてきたのに、突然離島送りにされた。だからグレたのだと思っていたが……どうやら長年の間、実家への憤懣を持て余してきたらしい。昨日今日会ったアレンに吐露するほどだ。よほど腹に据えかねていたのだろう。
「ひょっとして、おまえがそこまで熱心に魔法を学んだのも……実家と決別するためか?」
「……それもありますね。魔法があれば、大抵のことはこの世でどうとでもなりますから」
すこしだけ言い淀んでから、ナタリアはそう断言した。
ただの反抗期というより、ここまで来るともはや『決断』だ。生半可なものではない。
(ならば、シャーロットのことはどう思っているんだ……?)
父、母、そして使用人達。
ナタリアが悪し様に語るのはそれだけだ。待てど暮らせど、姉の名前が出てくる気配はない。
だからアレンは鎌をかけてみることにした。
ナタリアの恨み言にうんうんうなずいて相槌を打ち、タイミングを見計らって口にする。
「まあ、おまえも色々大変だったようだしなあ。聞いたぞ、おまえの姉のことも。たしか名前はシャ――」
そこでアレンはハッと口をつぐむ。
そうせざるを得なかった。
ナタリアが食べる手を止め、じっとこちらを見つめていたのだ。
その真紅の瞳に宿るのは、身も凍るほどの冷たい炎。アレンすら言葉を失うほどの、純然たる殺気を放ちながら、ナタリアは簡潔に告げた。
「その名前を、二度とわたしの前で口にするな。不愉快です」
「……了解した」
アレンは両手を上げて、ひとまず従うポーズを取ってみせた。
舎弟達と談笑していたゴウセツが、こちらをチラ見して念話を飛ばす。
(シャーロット様がいらっしゃらないタイミングで幸いでしたな。よほど思うところがあるご様子で)
(とはいえ、その『思うところ』の正体が問題だろう)
父母とは別種の恨みなのか、はたまた別の感情なのか。
そこを見極めるまでは、やはりシャーロットと直接会わせることは避けた方が良さそうだ。
ナタリアはそこで完全に口を閉ざし、残ったフライドポテトを黙々とつまむ。すこしばかり縮まりかけた距離が、また開いたのを如実に感じた。
(これはやっぱり前途多難だなあ)
のびたラーメンをすすりつつ、アレンは心中でぼやいた。
ちょうどそんな折だった。自分たちのいるテーブルに、招かれざる客人達が近付いてきたのは。
「おやおや、そこにいるのはナタリアくんじゃないか」
「む?」
続きは明日更新します。
来週はとうとう発売日を迎えます。よろしくお願いいたします!