十四話 とある朝の小さな事件③
シャーロットがハッと息をのむ。
もうほとんど肯定したに等しい反応だ。
アレンはため息混じりに、ミアハに語りかける。この際、買収でもなんでもするつもりだった。知り合いを洗脳したくはないので、なるべく穏便にいきたいところだが……。
「……ミアハ。これにはわけがあって――」
「大丈夫ですにゃ、《魔王》さん」
しかし、ミアハはさっぱりと笑って、胸を叩く。
「我がサテュロス運送社はお得意様第一ですにゃ。お得意様のおうちのメイドさんがどこの誰だろうと、知ったこっちゃないのですにゃ」
「……感謝する」
「いったいなんのことですかにゃー?」
ミアハはわざとらしく小首をかしげてみせる。
そんな彼女に、シャーロットもまたぺこりと頭を下げた。
「あ、ありがとうございます……」
「にゃはは。いいってことですにゃ。ニールズ王国は、うちの会社の縄張り範囲外ですからにゃー」
「……縄張りだったらどうしてたんだ?」
「うーーーーーん。さあさあ、どうですかにゃー」
ミアハは『にゃはー』と笑って誤魔化した。
彼女の会社が国外進出していなくてよかったと、アレンは心から安堵して……ふと、思い出すことがあった。
「なあ、ミアハ。お前の会社は……たしか通販事業もやっていたはずだよな」
「はいですにゃ。日用品がメインになりますが、ご要望とあらばなんでも仕入れてご覧に入れますにゃ。手数料も良心設定。こちらがパンフレットになりますにゃ」
「頼もしい限りだな。どれどれ……」
ミアハから受け取った冊子をパラパラとめくる。
そこには食材や日用雑貨、ほかには衣服などが載っていた。
「これはいい。そら、シャーロット」
「は、はい?」
それをアレンはシャーロットにぽいっと手渡した。目を白黒させる彼女にあっさり告げる。
「昨日あらかた生活用品は買ってきたとは思うが、俺には女性が必要とするものは分らないからな。その中から欲しいものをリストアップしてくれ。注文しよう」
「あっ、はい。わかりました」
シャーロットはこくこくとうなずいて、興味深そうにパンフレットをめくってみせる。
目がすこし輝いているし、ワクワクしているようだ。これまでまともに買い物なんてできなかったのだろう。
大事そうにパンフレットを抱きしめて、控えめに笑う。
「それじゃ、お願いします。あとでお給料から引いてくださいね」
「気にするな。必要経費だから俺が出す」
「ええっ!? そ、それは悪いですよ……昨日はケーキもいただきましたし……」
パンフレットを抱きしめたまま、シャーロットは困ったように眉を下げる。
だが、アレンは譲らない。
「いいから好きなものを買うといい。すこしでも遠慮が見えたら、そのパンフレットに載っている商品全てを買い揃えてやるからな。ちゃんと選べよ」
「なんでそんなにいっつも極端なんですか!?」
シャーロットは青い顔で悲鳴を上げる。
昨日のケーキの件があるから、アレンが実際にやりかねないとわかるのだろう。そしてその勘は正解だ。
そんなやり取りを見て、ミアハがからからと笑う。
「にゃはは。メイドさんも大変そうですにゃあ。《魔王》さんの暴挙が嫌になったら、びしっと言わなきゃダメですにゃ」
「い、いえ、お世話になっている身ですし、そんなことは……」
「ええー。ミアハだったらこんな不遜な態度、必殺猫パンチも辞さないですにゃ」
そう言って、しゅっしゅとシャドーボクシングを始めるミアハ。
なかなか腰の入った、いいパンチだった。
「いいですかにゃ、ストレスはストレスの元にぶつけるに限るのですにゃ!」
「お得意様にずいぶんな物言いだな……うん? 待てよ」
そこでふと、引っかかりを覚える。
アレンはしばし考え込んで……ぽんと手を打った。
「それだ!」
「にゃあ?」
「へ……?」
かくして、次にシャーロットに課すイケナイことが決定した。