百三十五話 ナタリア・エヴァンズ④
夫の背中をぽんぽん叩いて、リーゼロッテは悩ましげに頰に手を当てる。
「でもねえ、アレンちゃん。あの子ったらもう学院に存在していた派閥の三分の一を下しているのよ〜。実力は申し分ないんだけど、危なっかしいったらなくって……私たちも心配しているのよねえ」
「まあ、あれでまだ七つの子供だしな……」
すでに覇者のオーラをまとっているとはいえ、まだ七つの少女だ。
何か不測の事態が起こってもおかしくはない。悪い大人に騙されて、非行の道をひた走ってしまう可能性もなきにしもあらずで――。
「……仕方ない、昔取った杵柄だ」
アレンはかぶりを振ってマントを翻す。
そうして養母に向けてどんっと胸を叩いてみせた。
「問題児の相手なら俺に任せろ。ひとまず、一度ナタリアと話をしてみよう」
「ありがとう〜。アレンちゃんならそう言ってくれると思ったわあ」
「よし! その調子で学院に復帰して、私の学長の座も奪ってもらえると――」
「絶対にないから、死ぬまでキビキビと働け」
私利私欲で沸き立つ養父に白い目を向けてから、アレンはシャーロットに向き直る。
シャーロットはナタリアの姿が消えた鏡を依然として見つめ続けていて、その横顔は思い詰めたように強張っていた。
ルゥやゴウセツが気遣わしげに見上げていることにも気づいていないらしい。
そんな彼女に、アレンはそっと声をかける。
「なあ、シャーロット」
「へっ……な、なんですか」
「俺はおまえの妹と話をする。それで……おまえはどうする?」
「どう、って……」
シャーロットはさっと目を逸らす。
彼女の不安がアレンには手に取るようにわかった。だからその不安を、きちんと口に出して確認する。
「率直に言おう。ナタリアがおまえをどう思っているかわからない。恨んでいる可能性だってあるだろう。だから今、直接顔を合わせるのは避けた方がいい。まずは様子を見るべきだ」
「…………はい」
消え入りそうな声でシャーロットはうなずき、そのまま黙って自分の爪先を見つめる。
だが一方で――アレンはニヤリと笑うのだ。
「だが、おまえが望むのなら……正体を隠したまま、妹に会わせてやることは可能だ」
「え」
そこでシャーロットはハッとして顔を上げた。
「そ、そんなことができるんですか?」
「ああ。俺の魔法を使えばな。だがしかし、問題は山積みだぞ」
ナタリアのあの様子だと、正体を隠したシャーロットに辛く当たるかもしれない。
目の前にいるのが姉だと知らないまま、恨み辛みを口にするかもしれない。
「妹に会って、おまえは傷つくかもしれない。それでも……会いたいか?」
「私、は……」
シャーロットはごくりと喉を鳴らす。
深く俯いて息をゆっくりと吸い込んで――顔を上げたとき、その瞳には決意の光が宿っていた。
「私、あの子が物心ついた頃からずっと『ナタリア様』って呼ばされてきたんです。姉らしいことなんて、何度か絵本を読んであげたくらいで……ほかには何ひとつできませんでした。それでもあの子は私のこと、ずっと『姉様』って呼んでくれて……それがあの家で、唯一とも言える素敵な思い出なんです」
シャーロットはぐっと拳を握りしめ、アレンのことをまっすぐ見つめ――。
「恨まれていても、憎まれていてもかまいません。ここで逃げたら私、この先ずっと後悔します。だから……お願いします。アレンさん」
シャーロットは心からの思いを、しっかりと叫んだ。
「私をあの子と……ナタリアと、会わせてください! ちゃんと妹と向き合ってみたいんです!」
「よし、よく言ったぞ!」
アレンは手を叩き、快哉を叫んだ。
そうしてハーヴェイにびしっと人差し指を向けてみせる。
「叔父上! シャーロットの身分偽造書類を頼む! 俺の助手として学園へ潜り込ませるぞ!」
「わはははは、おにいったら。それってガチめのイケナイことじゃん!」
「その程度ならお安いご用ですよ。学長権限でちょちょいのちょいです」
「それじゃ、ルゥちゃんたちの同行許可証も手配するわね〜」
『わーいわーい! ママの妹にごあいさつだ!』
『ご心配をめされるな、シャーロット様。我らがついておりますからな』
「みなさん……」
かくしてクロフォード家は一気に騒がしくなり、作戦会議が幕を開けた。
続きは明日更新します。
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