百三十四話 ナタリア・エヴァンズ③
「もともとはご実家から使用人が三人ほどついてきていたんです。でもすぐに追い返してしまって……今じゃ実家からの援助は全てつっぱねて、自分で学費を稼いでいる始末ですよ。まったく立派なお嬢さんです」
「実家への反抗心が窺い知れるなあ……実家には現状を連絡したのか」
「なしのつぶてで。まあ向こうも相当ゴタついているようですし、相手をしている暇がないのでしょう」
「これまで蝶よ花よと育てられてきた貴族令嬢が、離島送りにされた上に実家からは放置され……そりゃグレるか」
アレンとしてはすんなり納得するのだが……シャーロットにとってはそうもいかないだろう。
また再び暗い顔をして、アレンにそっと問いかける。
「ナタリアがあんなふうに変わってしまったのは……私のせいなんでしょうか?」
「……きっかけの一つになった可能性はあるだろうな」
安易に否定しても意味がないと分かっていた。
だからアレンは苦い顔でかぶりを振るしかない。
シャーロットは冤罪だ。
だがしかし、それをナタリアが知っているかどうかは分からない。冤罪だと知っていたとしても、国から逃亡して余計な醜聞を晒した姉のことを憎んでいないとも限らない。
(会わせてやりたいが……今すぐというのは難しいかもしれないな)
判断を誤れば、シャーロットだけでなくナタリアまでもを傷付けてしまう恐れがある。
「とりあえず……叔父上は具体的に何をお望みなんだ」
「できればナタリアさんに、もう少し落ち着いてもらえると助かりますかね……」
ハーヴェイは疲れたように肩を落とし、ため息混じりにこぼす。
「彼女の才能は素晴らしいものです。ひょっとすると私や君を超えるかもしれない。それなのに今の彼女は無鉄砲もいいところでして……」
苦々しげに口にしたところで、鏡の中が再び騒がしくなる。
『親分! 大変だ!』
『どうしました』
また鏡の端からひとりの生徒が現れる。
こちらも人間ではなく鳥人族だ。彼が差し出した書状を受け取って、ナタリアの顔がすこしだけ曇る。
『ふむ……魔法鍛冶クラスからの果たし状ですか』
『ええっ!? あいつら魔法武器のエキスパートですぜ!』
『噂じゃこの前、魔法薬学クラスの連中をボッコボコにしたとか……』
『ど、どうするんですか、親分』
『ふっ。そんなの決まっています』
ナタリアはくしゃりと書状を丸めて、ぽいっと投げ捨てる。
その瞬間、紙は紅蓮の炎に飲まれて灰と化した。
風に舞う灰塵を背にして、ナタリアは口角を持ち上げてニヤリと笑う。
『受けて立ちましょう! このわたしに牙を剥いたこと、必ずや後悔させてやるのです!』
『さ、さすがは親分だぜ!』
『よっしゃあ! 俺たち全員ついていきやす!』
『あれ、でもこの後ってたしか学長の授業があるんじゃ……』
『そんなもの知ったことではありません! 今日もまたボイコットあるのみです!』
『そうだそうだ! ロリコン学長がなんぼのもんじゃい!』
『そのとおり! それでは皆のもの……わたしに、続けーー!』
『『『おーー!』』』
ナタリアは舎弟たちを引き連れ、凱旋に赴くかのようにして庭園を後にした。
そこでハーヴェイが鏡の映像を消して、盛大なため息をこぼしてみせる。
「実戦を積むのも結構なのですが……もうすこし真面目に授業に出てもらいたいですねえ」
「うちの妹がすみません……」
「本当に問題児の三者面談だな……」
生徒側と指導側は経験済みだが、保護者側は初めてだった。
げんなりするアレンに、ハーヴェイはすこしばかり真面目な顔を向けて――。
「それと言っておきますが……私はけっしてロリコンなどではなく、リズちゃんとは同い年の幼馴染み婚ですから。そこはしっかり周知させたいところですね」
「何度も聞いたし、それは心底どうでもいい」
「くっ……聞いてください、リズちゃん! 息子がいつになくつれない!」
「よしよし、かわいそうなハーヴェイくんね〜」
続きは明日更新します。
単行本発売まで二週間となりました。この手のものは初動が命とはよく言ったもので、ご予約いただけるとさめは跳ねて喜びます。どうかよろしくお願いいたします。もう予約くださった方々には心よりの感謝を!
コミカライズも再来週には始まります。すごく可愛い作品に仕上げていただいております。お楽しみに!





