百三十話 クロフォード家②
シャーロットはすっとんきょうな声を上げたものの、すぐにキラキラした尊敬の眼差しをハーヴェイへと向ける。
「こんなに大きな学校の学長さんだなんて……すごいです!」
「いやはや、それほどでもありませんよ」
ハーヴェイはにこやかに応えるが、シャーロットはふと小首をかしげてみせる。
「でも、どうしてアレンさんはお嫌なんですか? 立派なお仕事だと思うんですけど……」
『ふむ、儂も同感ですな』
ソファーの背もたれから身を乗り出して、ゴウセツも話に割って入る。
『ここ、アテナ魔法学院といえば、由緒正しい魔法の最高学府でございましょう。そのトップともなれば歴史に名を刻むほどの名誉職。拒絶なされる理由などないように思われるのですが』
「単純な話だ。肩書きにはしがらみが付き物だろう。そんなものに縛られるのはごめんだ」
アレンはぶっきらぼうに言う。
生徒の数は千を下らず、教職員や学外の協力者などを含めれば構成員はかなりの数にのぼる。
そんな組織のトップともなれば大小様々なしがらみに縛られる。政治も腹芸もできなくはないが性に合うものでもない。
よってアレンは学長の椅子を蹴ったのだ。
そう説明するとハーヴェイは笑みを深めてみせる。
「何もそんなに結論を急がなくてもいいんですよ。しばらくは私の秘書官として修行を積んでもらって、そのかたわらに教授たちを丸め込めばいいだけの話です。私も尽力しますし、火の粉はできるだけ払います」
そう言ってハーヴェイは身を乗り出し、アレンに右手を差し伸べる。まっすぐこちらを見つめる目には、深い慈しみの色が浮かんでいた。
かつて、幼いアレンを家に連れ帰ると宣言したあの時となんら変わらない眼差しのまま、彼は告げる。
「私の跡を継ぐのは、息子である君しかいない。たとえ血が繋がっていなくとも、それだけははっきり言えます」
「よくもまあそれだけベラベラと建前をほざけるなあ!?」
アレンはその右手をべちっとはたき落とした。そのついでに立ち上がり、びしっと養父に人差し指を向ける。
「叔父上の魂胆は読めている! 俺に跡目を押し付けたい、本当の理由は――」
続けかけた、そのときだ。
応接間の扉がガチャっと開かれる。
「こんにちは〜」
そうしてひょこっと顔を出すのは、盆にティーポットとカップを載せた少女だった。
ふわふわした桃色の髪をリボンで飾り、着ているワンピースにもふんだんにリボンとレースがあしらわれている。
一見すると十代半ばで、まるでお菓子のようにふわふわした少女だ。彼女は大きな盆をテーブルまで運んできて、シャーロットに目を留めてふんわりと笑う。
「あらあら、ほんとに可愛いお嬢さんね〜。長旅で疲れたでしょ、ゆっくりしてちょうだいねえ」
「は、はい。ありがとうございます?」
シャーロットは頭の上にハテナマークを浮かべつつ、ぺこりと頭を下げた。
手際良くお茶の準備を進める少女に、ハーヴェイは微笑ましそうに相好を崩す。
「ありがとうございます、リズちゃん。私も手伝いましょうか?」
「大丈夫よ〜。こんなに大勢のお客さんが来るなんて久々だから張り切っちゃうわ。はい、どうぞ。魔物も食べられるクッキーを焼いたから、フェンリルちゃんたちも召し上がってちょうだいね〜」
『わーい! いただきます!』
尻尾を振るルゥの頭を撫でて、少女はハーヴェイの隣にちょこんと座る。
それを不思議そうに見ていたシャーロットだが、何かに思い至ったのかぱっと顔を輝かせる。
「ひょっとして、アレンさんの妹さんですか? 初めまして。私、シャーロットと申します」
「あらあら、妹だなんて嬉しいわあ。ご丁寧にどうも〜。私はねえ、リーゼ――」
「いや、シャーロット。その方は妹などではなく、おば――っ!?」
その単語を口にしようとした途端、アレンの顔のすぐ横を鋭い風が切り裂いた。
おそるおそる背後を振り返ってみれば、すぐそこの壁にティースプーンが突き刺さっている。多少の魔法ではびくともしない、魔法素材の壁に、だ。
ゆっくりと首を戻せば、少女は頰に手を当ててふんわりと笑う。
「やだわあ、アレンちゃんったら。三年ぶりだからって、私の呼び方も忘れちゃったわけ? 『叔母上』なんて可愛くない呼び方じゃ、お母さん悲しいわ〜」
「……すみません、母上」
「お母様なんですか!?」
がっくりうなだれて絞り出した言葉に、シャーロットが飛び上がる。
ルゥとゴウセツもクッキーを頬張りながらきょとんと目を丸くしていた。
その反応に満足したのか、少女は朗らかに名乗ってみせる。
「リーゼロッテ・クロフォードです。よろしくね〜」
「そして私の妻です」
少女――にしか見えない妻の肩を抱き寄せて、にっこり笑ってピースするハーヴェイだった。
養父同様、養母もアレンが出会ってから一切老ける気配がない。
影で『人外夫婦』だの『歩く条例違反』だのと呼ばれているのもやむなしだろう。
ともかく、これこそがハーヴェイがアレンに跡目を継がせたい理由そのものだった。
「叔父上が俺に役職を押し付けたい本当の理由は、おば……母上と四六時中イチャつきたいがためだろう!? そんなくだらない動機で息子に要職を譲るな! バカじゃないのか!?」
「くだらないとはなんですか! くだらないとは!」
にこにこしていたハーヴェイだが、途端に気色ばんで席を立った。
続きは明日更新します。
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