十三話 とある朝の小さな事件②
リビングやキッチンといった、生活に必要な場所は掃除が終わった。
あとは物置や庭の手入れで……そちらは急がないので、おいおい手をつけようとシャーロットと話していた。
ほかに任せた仕事はゼロだったはず。
そう言うとシャーロットは苦笑いをうかべてみせる。
「お世話になっている身ですから。自分から色々お仕事しなきゃ、と思いまして」
「真面目だなあ……」
アレンは呆れつつも、ざっと目視で彼女の健康状態を探る。
肌艶よし、瞳孔よし、呼吸のリズムよし。
体調に問題は見当たらないので、任せてもいいのだが……それでも心配だ。
「朝くらいゆっくりしていいんだぞ」
「ええ、でも……習慣ですから」
「……家でも毎日掃除していたのか?」
「あはは……」
シャーロットはあいまいに笑う。
腐っても実家は公爵家だ。使用人など掃いて捨てるほどいただろう。
それなのに、あえてシャーロットに掃除をさせる……そこにどんな意図があったかは知らないが、十中八九愉快なものではないだろう。
それを想像して、眠気が一気に吹き飛んだ。
呑んだくれた翌日の不快感を何百倍にも増したようなムカムカが、アレンの胃を占拠する。
おかげで眉にシワが寄った。それをシャーロットはどう察したのか、あたふたと頭を下げてみせる。
「そ、それじゃ、おやすみなさい。お掃除は静かにしますね」
そう言って、彼女は足早に玄関へと向かっていった。
アレンはそれを見送るしかない。後ろ姿が曲がり角の向こうに消えてから……あごを撫でる。
「……あんな扱いを受けて、まだ誰のことも悪く言わないとはな」
使用人同然どころか、それ以下の扱いを受け続けて。
そのうえ無実の罪で家を追われた。
それなのに家の者にも、元凶となった元婚約者の王子にも、恨み言のひとつも吐かないのだ。
もしもアレンが彼女の立場だったら、どいつもこいつも徹底的に叩き潰すところなのだが……。
「恨んでいないと言うよりは……恨みを抱けるような対象でないのかな?」
仮に思うところがあったとしても、口に出すことを憚っている……そんな気配がした。
その根底にあるのは、彼らに対する恐怖感だったり、自己肯定感の低さだったりするのだろう。
それもまた、面白くないことこの上ない。
難しい顔をしたまま、廊下でうなり続けていると。
「おっはよーございま……ありゃりゃ? どちら様ですにゃ?」
「あっ、え、えっと……」
玄関先から聞こえてくる、二つの声。
それを耳にして、アレンは弾かれたように飛び出していった。
自分史上最高速度で、玄関までひた走った先。
果たしてそこには、最悪の光景が広がっていた。
「ちょっと待ったぁ!!」
「あ、アレンさん」
「にゃあー?」
箒を持ったシャーロットと、配達に来たミアハ。
最悪のタイミングで、見事に彼女らが鉢合わせしてしまっていた。明らかにまずい。
アレンはさりげなくシャーロットを背後に庇いながら、ミアハと向き合う。
「すまない、最近雇ったメイドでな。人見知りするタイプなんだ」
「へー。メイドさんを雇う甲斐性があったんですにゃあ、《魔王》さん」
「ま、魔王!?」
シャーロットがぎょっと悲鳴のような声を上げる。おかげでアレンは頭を抱えるのだ。
「あだ名だ、あだ名。不名誉なことだがな」
「お似合いの称号ではないですか。うーん、それにしても……」
ミアハはにこにことしつつも、アレンの背後――シャーロットの顔をじーっと見つめる。
「メイドさんのお顔、なーんか見たことあるのですにゃ。具体的には最近の新聞で」
「っ……!」