百二十九話 クロフォード家①
クロフォード家の邸宅は、島の中心部からすこし離れた郊外に存在する。
付近に住宅は存在せず、立派な屋敷の周りには大きな庭が広がっており、さらにそれを取り囲むようにして高い塀がぐるりと続く。
見るからに成金の家だが、これにはちゃんと理由がある。近所迷惑になるのを避けるためだ。
家族全員が何かしらの魔法研究をライフワークにしているため、屋敷には爆音や怪しい鳴き声が頻繁に轟く。
幼い頃から暮らしたアレンには日常風景ではあるものの、人の多い住宅街に居を構えていたらさぞかし嫌がられていたことだろう。
そんな屋敷の応接間にアレンたちは通された。
広い部屋には毛足の長い絨毯が敷き詰められ、長旅でくたびれたルゥとゴウセツがごろりと寝そべり腹を見せる。
アレンとシャーロットの対面――ローテーブルを挟んだ向こうに座るのは、養父ことハーヴェイだ。
彼はにこにこと柔和な笑顔を浮かべながら口を開く。
「いやはや。本当に久方ぶりですね、アレン。変わらないようで安心しましたが……」
そこで言葉を切って、ハーヴェイはアレンの隣に座るシャーロットを見て目を細めた。
そのままわざとらしくハンカチを取り出して、濡れてもいない目元を拭う。
「君がこんなに可愛い彼女を家に連れてくるなんて、私は思いもしませんでした。社会不適合者の選手権でもあれば、優勝まではギリギリ行かなくてもシード枠は間違いなしの君なのに……でも、本当に合意の上のお付き合いですか? 可愛い息子が人としての道を踏み外していやしないかパパは心配ですよ」
「一言も二言も多い……」
「あ、あの、アレンさんはとっても良くしてくださっています。もちろん、お……お付き合いも、その、ちゃんと合意の上? です!」
「シャーロット、いいから。叔父上を無駄に喜ばすんじゃない」
「うわあ、あのアレンが照れるなんて珍しい。今日はとことんいい日ですねえ」
「いい加減にしないと物理的に黙らせるぞ」
ますます笑みを深めるハーヴェイのことを、アレンは青筋を立てて睨みつけた。
ここで相手の挑発に乗っては時間の無駄だ。
盛大なため息をこぼしてから、改めてハーヴェイをじっと見つめる。
「それで叔父上。単刀直入に聞かせてもらうが……シャーロットの妹がここにいるというのは本当なのか」
「ああ、もちろん本当ですよ。エルーカ」
「はーい。それじゃあ準備するね」
ハーヴェイはあっさりとうなずいて、隣のエルーカにアイコンタクトを送った。
ひらりと手を振り部屋を出ていく娘を見送って、改めてシャーロットに向き直る。
「シャーロットさんの事情はすべて伺っております。大変だったようですね。私も助力させていただきますから、なにか困ったことがあれば遠慮なくおっしゃってください」
「は、はい。ありがとうございます」
シャーロットは固い面持ちでうなずいてみせた。初対面の相手、かつアレンの父ということで緊張しているようだが――顔が強張っているのはもっと別の理由からだろう。
ごくりと喉を鳴らしてから、おずおずと問う。
「私のことよりも……ナタリアはどうしてここに来たんですか? あの子に何かあったんですか?」
「結論を言えば、彼女はここに留学しているだけですね」
「留学、ですか?」
「ええ。よくあるんですよ。実家がゴタついた貴族の子供が、厄介ごとが落ち着くまでという条件でここへ送られてくることが」
ハーヴェイは肩をすくめてみせる。
今も昔もよくある話だ。スキャンダルのほとぼりが冷めるまで、金にものを言わせて入院なり留学なりで姿をくらませる。
この島は本土から船で半日かかる離島だ。身を隠すにはもってこいの立地である。
「今回も伝手を使って申し出がありましてね。うちは来るもの拒まずの学院ですから、二つ返事で許可したんです。それが、今からちょうど三ヶ月ほど前になりますか」
「そんなに前に……だったらすぐ俺に連絡してくれればよかったんだ」
「これもまたよくある話なんですが、彼女は身分を偽っていましてね。私がシャーロットさんの妹だと知ったのはごくごく最近の話なんですよ」
「まあたしかに、あの一件はうちの国にも知れ渡っていたしな……当然そこは隠そうとするか」
アレンは小さくため息をこぼす。
シャーロットの一件があったために、彼女の生家であるエヴァンズ家は国内の注目に晒された。
そしてナタリアは正妻との間に生まれた大事な跡取りだ。俗世の目から守るために外へ出すのは順当な流れだろう。
「だが、ただの留学だけならエルーカの言うように『大変なこと』には当たらないはずだ。いったい何があったんだ」
「ええ。その本題に入る前に……ひとつだけ」
ハーヴェイは人差し指をぴんと立てる。
笑みは柔和なままだが、その目には鈍い光が宿った。彼は静かな声で、アレンにひどく簡潔な問いを投げかける。
「アレン。今一度、あの話を考えてみる気はありませんか?」
「断る」
もちろんアレンは即答だった。
シャーロットは目を瞬かせて首をかしげる。
「あの話って、なんですか?」
「さっき言っただろう。俺と叔父上の喧嘩の原因だ」
今から三年前。アレンはアテナ魔法学院の教授会と揉めに揉めて、教鞭を置くことになった。
だがしかし、そこでハーヴェイが持ちかけてきたのは、耳を疑うような提案だったのだ。
「叔父上はここの学長なんだがな……俺に跡目を譲りたいんだと」
「えええ!?」
続きは明日更新します。
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