十二話 とある朝の小さな事件①
「ふわ……あ?」
まばゆい陽の光をまぶた越しに感じ、アレンはもぞもぞと身動ぐ。
やがて意識がはっきりしてくる。体のあちこちが痛み、どこで自分が寝ているか思い出した。
机からべりっと顔を引き剥がす。
「ふあ……まいったな。いつの間に寝たんだ……?」
凝り固まった体を、椅子にかけたままぐいーっと伸ばす。
窓からは爽やかな朝日が差し込んでいた。
ここはアレンの書斎だ。壁には本棚が並び、床のあちこちに棚に収まりきらなかった書物が山を作っている。
昨夜はここに篭もって、考え事をしていたのだ。
キリのいいところで切り上げるつもりが、寝落ちするギリギリまで熱中してしまったらしい。
「俺としたことが……しかし、あれだけ色々案が出たんだ。時間をかけた甲斐があるというもの」
突っ伏していた机には、閉じたノートが置かれていた。
アレンはそれをかざして、にやりと笑う。
表紙にはこう書かれていた。
『シャーロット調教計画~イケナイことリスト(仮)~』
シャーロットが見たら、『なんですかこれ!?』と目を丸くしたことだろう。
アレンはそれをぺらりとめくる。隙間なく自分の字で埋まったページ。その一行目を、そっと指でなぞる。
「ケーキは良し。手応えがあった」
ケーキと書かれた行に、ぽんと花丸印が浮かび上がる。
アレンにとって、シャーロットは偶然出会った他人でしかなかった。
だがしかし、それは昨日で変化した。
アレンは彼女に、この世のありとあらゆる快楽を教えてやると約束した。
昨日のケーキは反応上々。
彼女は計三つ、ゆっくり味わって食べてくれた。あとのケーキは保存して、毎日一つずつ大事に食べるらしい。
まさかケーキごときであれほど喜んでもらえるとは思っていなかったので、アレンは非常に気分が良かった。
だがしかし……食べ物だけでは芸がない。
「もっとだ……もっとあいつに、これまで味わったことのない経験をさせてやらないと……!」
だから頭をひねって、深夜遅くまであれやこれやと考えた。それがこのノートだ。
「くくく……俺の天才的な頭脳が編み出した奇策だ。さぞかしシャーロットに効果抜群だろう! どれ、ひとまず確認してやろう!」
かくしてリストに目を通す。
そこに書かれていたのは――。
画期的な魔法理論論文を書く。
バカみたいに貴重な素材を使いまくり、魔法道具を作る。
自分に刃向かう愚か者どもを、生き地獄のフルコースに叩き込む。
エトセトラ、エトセトラ。
「…………絶対にシャーロットは喜ばないだろ」
これで喜ぶのはアレンだけだ。
深夜テンションはゴミしか生み出さなかった。
アレンはノートをポイっと捨てて椅子を立つ。
「仕方ない……寝直してからまた考えよう」
そうして書斎を出た先で――。
「おっ」
「あっ」
シャーロットと鉢合わせた。
彼女は一瞬だけきょとんと目を丸くしていたが、はっと気付いたように頭を下げる。
「お、おはようございます。アレンさん。お早いんですね……」
「いや。単に書斎で寝てしまっただけだ」
「徹夜ですか!? だ、駄目ですよ、健康に悪いです」
「……だからこれから寝直すんだ」
慌てふためく彼女を見て、アレンは苦笑する。
シャーロットのことを考えて徹夜してしまったと知ったら、さらに狼狽することだろう。
だからアレンは絶対に理由を口にしないと決めた。
「だから朝食は必要ない。ひとりで勝手に食べてくれ」
「わ、わかりました。お昼になったら起こしましょうか?」
「ああ、頼む。ところで……なんだ、それは」
「これですか? 箒ですけど」
そこでシャーロットが持っている物に気付いた。
物置に転がっていたはずの箒だ。あまり使わないので埃まみれになっていたが、シャーロットが手入れしてくれたらしい。
大事そうにそれを抱えて、にっこりと笑う。
「玄関のお掃除をしようと思いまして。あっ、ダメでしたか……?」
「いや、別に問題はないが……そんなことまで頼んでいないぞ」