百十二話 魔法道具屋でお買い物②
「ですが、それでしたら初心者用の杖がいいでしょうね。いくつかご用意がありますよ」
「どのあたりだ? 散歩がてら探しに行こう」
「ちょっとお待ちくださいね。地図を描きますので」
そう言って、ジルは紙とペンを取り出して道順を書き記してくれた。店内はひどく広大で、何度か訪れているアレンでも全容は把握できていないのだ。定期的に、遭難する客が出るらしい。
「はい、どうぞ。もし分からなければお呼びください。どこへなりとも駆けつけますので」
「ありがたい。ついでに、すこし聞きたいことがあるんだが……」
「はい?」
首をかしげるジルに、アレンはそっと耳打ちする。
「今、この店の中に何人いる?」
「……正規のお客様をのぞけば、十名あまりってところでしょうか」
「うむ。おそらく全員俺の客だ。おまえは手出ししなくていいぞ」
「あー、なるほど。でもおひとりで大丈夫ですか?」
「問題ない。協力者もいるからな」
「それならお言葉に甘えますね。店長なしでこの数はどうしようかなあって思っていたところなので」
ジルは鷹揚にうなずいてみせる。
しんと静まり返った店内。静謐な空気が満ちる中、薄い殺気が四方から突き刺さっていた。街中で感じたのと同質のものだ。
ジルはそれ以上なにも聞かず、笑顔でふたりを送り出した。
「それじゃお気をつけて」
「おう。また後でな」
「どうもありがとうございました」
シャーロットも彼にぺこりと頭を下げて、ふたり並んでまた歩き出す。
街中とは違って、店の中はすれ違う人影もいない。あたりに並ぶ品々が珍しいのか、シャーロットはきょろきょろあたりを見回しながら、不安そうに小首をかしげてみせた。
「でも魔法なんて……私に使えるでしょうか? ここにあるものも、なにがなんだか全然わかりませんし」
「なに、少しずつ学んでいけばいいさ。初歩的なものなら子供でも扱えるしな」
それを励ますようにアレンは笑う。
「実を言うと、おまえに出会ってすぐくらいの時に一度考えたことがあるんだ。魔法を教えてやろうとな」
拾った当初は、こんなに長い付き合いになるとは思っていなかった。
だからまず生きる術を教えようと考えたのだ。
しかしそれを実行に移すのは、こうして延び延びになってしまった。
「魔法なんかより、もっと別のことを教えなければならなくなったからな。そちらにかかりきりになってしまった」
「それって……イケナイこと、ですか?」
「その通り。あの頃のおまえに真に必要だったのは、戦う術ではなく……力の抜き方だった」
アレンは大仰に肩をすくめる。
「しかし最初は骨が折れた。お前ときたら自由にしろと言ったら、床の木目を数えるようなやつだったしな」
「ううっ……だって、他に時間の過ごし方なんて知りませんでしたし」
シャーロットは眉を下げ、恥ずかしそうに頬を染める。
しかしすぐにぐっと拳を握ってみせるのだ。
「でも、今はもう違いますよ。お時間をいただけたら、ひとりでもイケナイことができますし」
「ほう、たとえば?」
「そうですね。ルゥちゃんのブラッシングをしたり、本を読んだり、お料理の練習をしたり、あとは……」
そこでシャーロットはすこし口籠もり、おずおずとアレンの顔を伺うようにして言う。
「お昼寝中のアレンさんの顔をながめたり……?」
「…………そんなことをしているのか?」
「そ、そんなに何回もしてませんよ! い、一回とか二回だけです!」
シャーロットはしどろもどろで弁明する。
これはもう、何度もやっていると白状したようなものだった。
(ま、まあ……シャーロットも変わったということなら、それでいいか……)
多少気恥ずかしくはあったが、その事実がうれしかった。彼女ももう、床の木目を数えることはないだろう。
しかし――そこでふと、気になることができた。
「なあ、俺たちが付き合いだしたのは一週間ほど前からだよな?」
「へ? あ、はい。そうですけど……?」
「その間に、俺は昼寝をしたことなど一度もないんだが……」
アレンは小首をかしげて、まっすぐに問いかける。
「おまえ、いつから俺の寝顔を眺めていた?」
「…………」
「なあ、いつからだ? ひょっとして、俺がおまえへの思いに気付くよりずっと前から――」
「あっ! アレンさん! あっちに杖がいっぱいありますよ!」
アレンの言葉を遮って、シャーロットがあさっての方向に指を差す。
そこにはたしかに多種多様な杖が収められた棚があった。
シャーロットは真っ赤な顔でまくしたてる。
「ジルさんに教えていただいたのはあそこですよね! まいりましょう! 早く! かけあしで!」
「いやいや、まず質問に答えてくれ。なあ、シャーロット。いつからなんだ? そもそも起きてる時でも見てくれていいんだぞ」
「そ、そんな、起きてる時なんてかっこよすぎて恥ずかしくて見つめられな……なんでもないです! 行きましょう!」
ついにシャーロットはダッシュで駆け出してしまう。
「そうかー……」
アレンはゆったりとした足取りでそれを追った。いつも以上にゆるんだ顔をしてしまっているのがわかっていたが、自分ではもうどうしようもなかった。
続きはまた四日後、11/6(水)更新予定です。そのうちペース戻したい(願望)
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