十話 イケナイことを教え込む②
箱の中には、色とりどりのケーキが入っていた。
イチゴの乗ったショートケーキに、なめらかな表面のチョコケーキ、宝石のような果物がふんだんに乗せられたタルト、何層にも重ねられたミルフィーユ。
エトセトラ、エトセトラ。
「だが、驚くのはまだ早いぞ!」
そう言ってアレンは次々と箱と袋を開けていく。
飛び出してくるのは色とりどりのお菓子に、ジュースの瓶。甘いものだけではなく、塩味のポップコーンなんかもある。
あっという間に、テーブルの上はパーティじみた様相を呈してしまう。
おかげでシャーロットは目を丸くした。
「え、えーっと……これ、は?」
「ずばり、イケナイことだ」
「……はい?」
シャーロットがますます首をかしげる。
だが、アレンはそれにもかまわずサイダーの蓋を開く。ぷしゅっ、と小気味良い音を立てたそれをぐいっと一杯。
「これが今日の晩飯だ! 食べて飲んで、大いに騒げ!!」
「ええええ!?」
シャーロットがついに悲鳴のような声を上げる。
「だ、ダメですよ、アレンさん! 晩ご飯はちゃんと食べないと! お菓子ばっかりじゃ栄養が偏ります!」
「うむ、予想通りかつ模範的な反応だ。それでこそ堕とし甲斐があるというもの!」
アレンは満足げに笑う。
「どうせ公爵家では、最低限のものしか食べさせてもらっていなかったんだろう」
「そ、それは……」
「図星のようだな。体面上飢えさせるわけにはいかないが、贅沢させるつもりは毛頭ない。そんな感じか」
彼女が妾腹であることは、家の者だけが知っていたらしい。
ゆえに表面上は家族として扱っても、家の中では下働き同様。
ケーキなんて、滅多に口に入らなかっただろう。
アレンはケーキのひとつを皿に取る。
つやつや綺麗なイチゴが載ったショートケーキだ。時季ではないが、温室で育てられたイチゴなのでちょっとばかし値が張った。
それにフォークを添えて、シャーロットの前に差し出してやる。
「ほーら、あまーい甘いケーキだぞ。これが店の人気一番らしい」
「うっ……」
するとシャーロットの目がケーキに釘付けになる。
昼もアレン特製の野菜クズを煮込んだ薄いスープと買い置きのパン、それと崩れた目玉焼きだけだった。当然お腹は減っているはず。
どこからともなく、「ぐう~」という小さな音がした。
だがしかしシャーロットはゆるゆるとかぶりを振る。
「で、でも、こんなのダメです。お夕飯にケーキをいただくなんて、体に悪いに決まっていますし……」
ちらり、と上目遣いでアレンを見て、申し訳なさそうに言う。
「それに……これ以上アレンさんに、良くしていただくわけにはいきません」
「だが、こんなに綺麗なケーキだぞ。食べないと作ったパティシエに悪くないか?」
「ううっ……!」
おっ、効いてる効いてる。
手応えにニヤリと笑い、アレンはたたみかける。
「それに、今のおまえを雇っているのは誰だ?」
「あ、アレンさんです……」
「そのとおり!!」
そうして無理やりフォークを握らせた。
困惑するシャーロットに、アレンはあっさり言ってのける。
「雇い主の命令は絶対だ。だから今日はこれを好きなだけ食え。それが仕事だ!」
「そんなめちゃくちゃな……」
「これ以上抵抗するのなら、また死の呪いをかけるぞ。もちろん俺に」
「だから、ご自分を大切にしてくださいってばぁ!!」
呪文を唱えようとするアレンを遮って、シャーロットが悲鳴を上げる。
ついに彼女は観念したようだ。フォークを握りしめ、こくりとうなずく。
「わ、わかりました……ありがたくいただきます」
「よし。最初から素直にそうしておけばいいんだ」
完全に悪党の台詞だが、アレンはただ彼女にケーキを食べさせてやりたいだけである。
「念のため聞いておくが、食品関係でなにかアレルギーはあるか? 持病等は?」
「ないですけど……なんだかお医者さんみたいですね」
「一応、医師免許は持っているぞ」
「またまたぁ」
シャーロットはくすくすと笑う。アレンが口にしたのは紛れもない事実なのだが、冗談だと思ったらしい。だがそれでいくぶん緊張がほぐれたようだった。