戦う意思と石の効力
最近、一人になるとしていることがある。
それは、これからの命運を握るであろう戦闘方法を確立することだ。
巨大蟻が現れた時に使った野球の投球フォームは、威力はあるが投げるまでに時間が掛るのが問題だ。
森に薬草を採取しに来たついでに、石を拾って投げ方の研究をしていた。
今日は横投げの練習だ。
素早く走りながら、的目掛けて石を放つ。
ヒュッ
カコンッ
投げた石が当たって、木の切り株に立て掛けたあった薪を飛ばした。
当たったには当たったが、満足できる威力ではない。
「威力がもう少しなければ、実戦では使えそうにないな」
どうにも上手くいかない。
やはり慣れない投げ方だと、どうにも速度も威力も出ないようだ。
「かなり、難しいな……」
ジッと手の中の石に視線を落とした。
今持っているのは男に託された例のビー玉ではなく、ただの拾った石だ。
「礫術か……」
愛読していた時代物の小説に書いてあった、石つぶてを投げて戦う技である。
子供になってしまったなりに戦う方法を模索していたが、つい先日ふとした拍子に思い出した。
そういえば愛読していた小説に、石つぶてを投げるキャラクターがいたな……。
主人公の剣豪に従う男は、石つぶてを投げて主人公をサポートする役割を果たしていた。
石の威力が強ければ、当たり所によっては致命傷を与えることになる。
人間相手には言うに及ばず、この間の巨大蟻ですら石で倒れた。
礫術を早々に物にしたい。
金がない俺には、武器を買うなんていう選択の余地はない。
何より慣れない剣を振るうよりは、石でもぶつけた方が遥かに威力がありそうだ。
「最終的には、これに頼ることになるんだろうけどな」
視線の先にある木に立てかけた物は、暇を見て自作していたバットもどきだ。
バットだと言うには、まだ不格好過ぎる。
どうにも滑らかにならない表面に悪戦苦闘して出来た物体は、どう見ても棍棒だった。
「使い辛いが、バット代わりにはなるさ……」
そう嘯いてみた時、急に森の奥から子供の悲鳴が聞こえてきた。
「キャー、助けてー!」
「うわぁ、こっちに来るなよ!」
声が聞こえてきた瞬間、自然にバットに手が伸びた。
ポケットに石をねじ込んで、悲鳴が聞こえてきた方向に走り出した。
「こっちだ! こっちに逃げて来い!」
「薬屋のお兄ちゃん! ガリュウグが! ガリュウグが来るよ!」
俺の声に気付いて一心不乱に走って来たのは、村の子供のニケとエマの兄妹だ。
やんちゃなニケとじゃじゃ馬のエマは、いつも大人に止められた森へと遊びに行ってしまう。
今日も森に遊びに来ていたのだろう。
ズルズルズルッ
その時、何かを引きずるような音がして、巨大なミミズもどきが現れた。
大体、巨大蟻と同じ位の大きさだが、動きはあまり早くない。
しかし、問題はあの頭部らしき場所についた巨大な口と、体の周りに生えている蔓のような物だ。
これが、ガリュウグか。
あまりにも醜悪で悪夢のような姿に、一瞬だけ視線が釘付けになった。
そんな場合ではないだろう!
自分を叱咤激励して、バットを地面に置いて石を構えた。
俺がガリュウグを前にして石を投げようとすると、突然背後に回った子供たちに服を引かれた。
「危ないよ! お兄ちゃんも一緒に逃げよう!」
「早くしないと、追いつかれちゃうよ!」
逃げることなど考えられなかった。
俺が逃げれば、世話になった村の人間にも被害が及ぶかもしれない。
なんとか、ここで食い止めなければ。
ガリュウグが前進してくるのを止める為に、素早く野球の投球フォームで石を放った。
置いておいたバットを左手に、石を右手に持ち素早く移動する。
命中した石は、ガリュウグの腹を傷つけて怒りの咆哮を上げている。
ギジュジュジュジュジュッ
怒らせたようだが、どうやら時間稼ぎにはなったようだ。
よし、今の内だ。
そのまま振り向かずに、子供たちに村の方向を指差した。
「俺がここで食い止めるから、お前たちは早く逃げろ!」
「でもっ!」
「いいから行け!」
俺が叫ぶと悔しそうな顔で、ニケがエマの手を引いて走り出した。
2人の姿が消えて行く方向に立ちふさがると、蔓をヒュンヒュンと動かし出したガリュウグに向き合った。
最悪だ。
一見蔓みたいな物は、あいつの触手だったのか。
ヒュンッ
「うわっ!」
直感で真横に飛んで正解だった。
すぐ横の地面を、ガリュウグの触手が抉って行った。
「随分とえげつない攻撃をしてくるじゃないか」
地面の抉れた部分を見て、ゾッとした。
素早く後退して、石を構えた。
こいつは油断が出来ない相手だ。
体が動くのは遅いが、触手が伸縮自在な上に攻撃速度が速い。
近付かずに、一定の距離を保って攻撃するしかない。
触手の攻撃に晒されないように、常に動きながら石を放った。
投げた石は何本かの触手にダメージを与えたが、とても致命傷とは言える物ではない。
チッ、やはり付焼刃では、効果が薄いか……。
ヒュンッ
ヒュンヒュンッ
唸りを上げて襲い来る触手を、右に左にステップを踏んで避ける。
避けながらも横投げで石を投げるが、あまり効果がない。
どうにかバットを使いたい所だが、動きを止めればすぐさま触手の攻撃を食らう羽目になる。
不味いな、もう3個しか石がない。
ギシュシュシュシュシュッ
俺の焦りを感じたように、喜びの声を上げてガリュウグの頭部の口が攻撃してきた。
全身で体当たりするように、頭から俺目掛けてダイブしてきたのだ。
「チッ」
後ろに後退しようとした所を、右からガリュウグの触手で薙ぎ払われた。
「うぐうっ……」
痛みで一瞬息が止まった。
脂汗を流しながら、二打目の直撃を受ける前にヨロヨロと腹を庇って立ち上がった。
これは、本当に不味いな。
もしかしたら、死ぬかもしれない。
死を感じた途端、胸元に吊るした小袋の中から石の発する熱を感じた。
まさか、これはあの時と同じ……。
石が熱を発するのと同時に、ガリュウグの体の末端に緑の光る石が見えた。
「もしや、あの光っている部分が弱点なのか」
巨大蟻を倒した時も、確かあの石を砕いたんだったよな……。
しかし、今はバットを使う暇もない。
万事休すか……。
ジリジリと後退した俺は、聞き慣れた声を聞いた。
「ヨシュア君!」
村の方角から走って来たのはプリムだった。
助けが来たなんて喜べない。
散々世話になった彼女を危険に晒すなんて、自分が傷つくよりも嫌だ。
「プリム! 来るな!」
叫んだ俺を無視して、すぐ横にプリムが並んだ。
「馬鹿か、来るなって言っただろう!?」
「馬鹿は君だよ! 一人でガリュウグなんて、倒せるわけないんだから!」
ヒュンッ
「この野郎!」
プリムを狙って繰り出された、ガリュウグの触手を怒りに任せてバットで叩き落とした。
ついでに、驚いているプリムに怒鳴った。
「ほらみろ! だから、言ったじゃないか」
自分が攻撃されたことに、プリムは今更ながら顔を青くした。
俺の言葉にはっと気を取り直したプリムは、顔をこわばらせたまま気丈にもガリュウグに向き合って両手を前に突き出した。
「我は汝が友にして、契約せし者なり。大地の精霊よ、今こそその力を示せ『緑の束縛』」
プリムが何かを唱えると、地面から植物の太い蔦が生えてきてガリュウグをグルグル巻きに拘束した。
ガリュウグがどんなに身動ぎしても、その拘束は外れる様子もない。
「……これが魔法か……」
まさか、この目で魔法を見ることになるなんて思いもしなかった。
驚いて目を見開いている俺に、プリムが自慢げに胸を張った。
「えへへ、凄いでしょ? これでも、私は精霊使いなんだから!」
「へぇ、プリムって実は結構凄いんだな」
冒険者だと聞いていたが、精霊使いだなんて思いもしなかった。
てっきりこのまま魔法で片が付くかと思ったが、いくら眺めていてもガリュウグが倒れる様子もなかった。
「……で、この魔法はいつガリュウグを倒すんだ?」
「あはは、拘束するだけの魔法なんだから、倒せるわけないじゃない」
何やら額に汗をかいているプリムに肩を竦めると、石を投げ上げてバットを構えた。
カキーンッ
バットで打った石は、のた打ち回るガリュウグの体の末端についていた石に吸い込まれるように当たった。
緑の石が砕け散ると、ガリュウグも徐々にその動きが弱まっていった。
やはり、あの緑の石が弱点だったのか……。
無意識の内に胸元の小袋を押さえる俺に、プリムが呆然とガリュウグの死体を眺めて呟いた。
「凄い! 精霊魔法で拘束するのがやっとの魔物を、石ひとつで倒しちゃうなんて!」
「まぁ、たまたま運良く倒せただけだ」
「そ、そう?」
プリムは不審に思っているのか、俺の腕をフニフニと押したり持ち上げたりしている。
俺はそのままのプリムにしたいようにさせたままで、さっきの戦闘を反省していた。
やはり、自己流で戦うからには、もっと修行しなければならない。
面倒臭いが、プリムや村の人間を危険な目に遭わせたくない。
突然、プリムは何かを思い出したように言った。
「あ! そうだ! ヨシュア君のことを、ジェーンさんが探してたよ」
「うわっ、採取の途中だった。早く帰らないと」
「うん、じゃあ早く帰ろう!」
採取した物が置いてある所に戻ると、プリムと荷物を集めて村へと歩き出した。
「プリム、ありがとな」
横を歩いているプリムを見ないようにして、さり気なく礼を言った。
「お? お姉さんに感謝の気持ちですか? こら、ちゃんと目を見ていいなさい」
嬉しそうに破顔したプリムは、目を細めて俺に伸しかかって来た。
中年のままの俺なら嬉しいんだけど、子供になっている今はただ重いだけです。
「ぐうっ、潰れる……」
「失礼ね! そんなに重くないもん!」
村へと帰るプリムと俺の姿を、木陰からジッと見ている者がいたことをこの時の俺は気付いていなかった。