触覚が欲しいんです
魔法少女と話している内に、ここに来た経緯を完全に思いだした。
どうやら厄介事に巻き込まれたようだ。
ファンタジー小説に良くある「異世界トリップ」してしまったなんて、冗談でも笑えない。
三流映画にも出て来ない巨大蟻が、異世界トリップなんて物を俺に確信させた。
ポケットの上から、そっと血塗れの男に渡された石を押さえた。
恐らく、この石が関わってるのは間違いないだろう。
まったく、面倒な話だ。
どうせ渡すのならひきこもりの俺じゃなく、世界一の強い奴か、世界一の頭のいい奴に渡せばいいんだ……。
俺の言葉に応えるように、血塗れの男の苦悶した顔が思い浮かんで来た。
……面倒臭いが、命を掛けて守られたんだ……。
この石はあんたに代わって、俺が必ずマー様とやらに届けてやるよ。
決意した俺が余程悲壮な顔でもしていたのか、慌てたように少女は話しかけてきた。
「ちょ、ちょっと! 君! 君! 大丈夫?」
「あ、ああ。問題ない……」
「ここはロズ村の近くの森だよ。何か思い出せそう?」
「いや、残念ながら自分が戦災孤児だと言う以外は、何も覚えていない」
戦災孤児なんて丸っきりの嘘だが、彼女はそれを信じたようだ。
恐らく、この世界では戦災孤児など珍しくないのだろう。
あっさり信じてくれたようで、ホッと胸を撫で下ろした。
「そっか、困ったね……。あ、君の名前! 名前も覚えてないの?」
「……俺の名前は堺義明だ。」
「……ヨシュア……キ?珍しい名前だね! 私はプリム・リール、ロズ村に住んでるんだ」
しまった!
名前を名乗ってから、失敗に気付いた。
石を狙っている連中は、俺の名前を知っている。
偽名を名乗るべきだったのだ。
これから、この石を狙ってくる者との戦いになるだろう。
それに彼女を、巻き込むわけにはいかない。
「違う。俺の名前は『ヨシュア・キー』だ」
「ヨシュア・キーね、覚えたよ」
ネーミングセンスがないのは承知の上だが、そのまま過ぎたような気がしないでもない。
まぁいい。これからは、ヨシュアと名乗って行こう。
「所でプリムはこんな夜に、一人で何故森に来たんだ?」
男の俺でも恐ろしく感じ程なのに、プリムは平然としている。
それとも、異世界では夜出歩くのも普通なのか?
「えっへっへっ、実はヨシュアの倒してくれたギジュウの触覚が欲しかったんだ」
「触覚なんてどうするんだ?」
「冒険者ギルドのお仕事で必要だったの」
そう言って彼女が取り出したのは、羊皮紙に書かれた依頼書らしき物だった。
覗きこんで見ると、何故か読むことが出来た。
それも元来のこの世界の文字の上に、字幕スーパーのように文字が浮かんで見える。
便利なことこの上ないが、これだと文字を書くことは出来なさそうだ。
「ほら、ここに色々な素材を集めるように書いてあるでしょ?」
「確かに書いてあるが、他の物はいいのか?」
「じゃーん! 見て、他の物は集めてあるの! 一番大変な物だけ後回しにしたんだ」
毒々しい色をしたキノコ、無色透明な羽根、良く分からない黒い塊。
プリムが見せてきた袋の中には、様々な得体の知れない物体が入っていた。
「じゃあ、早く採取したらどうだ?」
「…………」
黙ってギジュウを見た彼女は、半泣きで首を振った。
そして、何故か俺の両手を握って懇願してきた。
「お願いヨシュア君! いや、ヨシュア様! 私の代わりにギジュウの触角を取って来て〜!」
「ああ、分かったよ」
誰にでも苦手な物はあるが、彼女の場合それがギジュウだったのだろう。
黒くてツルツルしている表面が、違う虫を連想させる。
考えるな。ゴの字は俺の天敵だ。
スタスタとギジュウに歩み寄った俺は、頭の上の触角を握ると思い切り引っ張った。
ブチッと千切れた触覚は、見事に根元から取れて長い棒状の触覚を手に入れた。
「はい」
「あ、ありがとう……」
渡された触覚と俺とを交互に見て、プリムは俺の腕を掴んできた。
何だ?また頼みごとか?
「おかしいな? 普通の腕だよね? 強化魔法も使ってないのに、何で素手で触覚を採取することなんて出来るの?」
「まぁ、普通の奴より怪力なんだろ?」
「凄いなぁ、ヨシュア君が冒険者になったら、なんか負けそう」
「冒険者……か……」
それも選択肢の内ではある。
どうにかして金を稼がないと、明日の路銀もない状態なのだ。
「プリム、冒険者は何歳からなれるんだ?」
「う〜ん、大体14歳くらいかなぁ?」
「ということは、プリムは14歳以上だったのか……」
大体、今の自分と同い歳だと思っていたのに……。
プリムは急に不機嫌になって、俺の後頭部をゴインッと殴り付けた。
流石冒険者なだけあって、中々の威力だ。
「痛い!」
「ふんだ! 私はもう成人した16歳の女の子なんだから! これからは、お姉ちゃんって呼びなさい」
「謹んでお断り致します」
「もうっ! 何よ、ヨシュア君の馬鹿!」
怒ったプリムは、凄い早さで歩き出した。
目視できるギリギリの範囲まで行ったプリムは、急に振り返って俺を見た。
「早く、ついて来てよ!」
「え? ついて行っていいのか?」
「……行く所ないんでしょ? 触覚のお礼に泊めてあげる」
「すまない……」
頭を下げた俺の元まで引き返してくると、プリムは顔の前に人差し指を立てて言った。
「そこは謝る所じゃないでしょ? ありがとうってお礼を言う所なの!」
「あ、ありがとう」
「よろしい」
こうして、俺はプリムの家に世話になることになった。
それにしても、この石はどういう力を持っているんだろうか?