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命脈の石  作者: 三条龍樹
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蟻と魔法少女

 おかしい。

 いつも通り部屋でぐうたらしていたはずなのに、どういうことだ?

 気付けば、いつの間にか外にいた。

 冷たい夜気に頬を撫でられ、ブルリと身を震わせた。


「ここは、一体どこなんだ?」


 呟いてみるが、答えをくれる者はいない。

 それもそのはず、ここはどう見てもいつでも安らぎをくれる家ではなく、木々が生い茂っている森だ。

 今まで、自室にいた筈だ。

 年季の入ったひきこもりの俺が、自ら外出するなんて有り得ない。

  

「いてててて。って、木の根っこを枕にしてりゃ、そりゃ体も痛くなるよな」


 大きな木の下から体を起こした俺が、異変に気付いたのはその時だった。


「なっ、何!?」


 体に馴染んだ、最早皮膚の一部と言っていいスウェットが妙に大きい。

 どういうことだ?

 スウェットが大きくなるなんてことはないから、当然俺が縮んだと考えるのが妥当だ。

 まさか……な。

 怖々と視線を徐々に下に移していく。

 

 まず、30歳越えてから出てきた腹の部分が引っ込んでいる。

 それだけなら痩せたと喜べたんだが、スウェットの袖から手が出ていない。

 スウェットのズボンの紐が食い込んでいた腹の部分は、今では緩くてすぐに脱げてしまいそうだ。


「何でだよ……」


 現実を受け入れるのを、脳が拒否している。

 何故か、35歳のおっさんだった自分が子供になっているらしい。

 その場で立ち尽くして考えるも、理由なんて分かりはしなかった。

 

 だが、俺には悲しんでいる時間も有りはしなかった。


ギシシシシギシュシュシュシュ


 異音を立てて現れたのは、大きな蟻だった。

 自分が縮んだから、蟻が大きく見えるのか?

 違う。

 この蟻の大きさは異常だ。

 どう考えても、3mは有りそうな巨大蟻なんて聞いたことがない。

 大きさの違いからか、木の陰になっているからか、巨大蟻はまだ俺に気付いていない。


「……」


 逃げ場を、素早く模索する。

 木の上に登ろうか?

 いや、ダメだ。

 この蟻には、透明な羽まで生えている。

 飛んで来たりしたら、今度こそ逃げ場はない。

 普通の蟻だって、蟻酸と言う酸を吐く。

 もし、この大きさの蟻に酸なんて吐かれたら、俺の生涯は即座に終了だ。


 蟻の方を向いたまま、じりじりと地面をするように後退して行く。

 いいぞ、そのまま俺に気付くな。

 一歩一歩、蟻を睨んだまま後退して行くと、大きな木の根元に躓いた。


「うわっ!」


 幸いにも地面に手をつくことで、顔面を強打することは避けられた。

 あぁ、こんな時だけは運動してこなかった自分を恨むぜ。


ギシュシュシュシュ


 巨大蟻は俺を見つけて、喜びのあまり目を細めたように見えた。

 絶対絶命のピンチに、心臓が早鐘を打つ。


ドクッドクッドクッ


 心臓が口から飛び出すんじゃないか?

 そんな錯覚が起きるほど、心臓がドキドキしていた。

 鼓動に合わせるように、ポケットに突っ込んだまま忘れていた石が熱を発してくる。


「このまま、ここで死ぬのだけはゴメンだ」


 いつでも、何かを諦めてきた。

 だが、自分の命を放棄するなんてことは出来ない。

 地面に落ちていた拳大の石をいくつかと、木の棒を拾うと俺は蟻に向かって走り出した。


ギシュアッ


 巨大蟻も走り寄って来る俺に、自分の腕を振り上げた。


ドスッ


 蟻の攻撃で地面に大きな穴が開いた。

 ふぅ、危ない危ない。

 そう思いながらも軽快なステップで、蟻の攻撃を避ける。

 体が驚くほどに軽い。

 長年の不摂生に寄るつけがなければ、本来はこんな風に動けたのか。

 ある意味感慨を持ってちょこまかと動く俺に、蟻が痺れを切らして右に左に攻撃し出した。


「おいおい、切れるなよ」


 ひょいっと避けた先に、蟻の顎があった。

 不味い!

 即座にバックステップした瞬間に、蟻が酸を吐いた。


ジュウウウウッ


 酸が落ちた地面が煙を上げている。

 ヤバい。あんなもんに当たったら、即死確実だぜ。

 

「思ってた以上に凶悪だな、蟻ちゃん」


 そろそろ、反撃させてもらおうか。

 次々に酸を吐き出してくる蟻の口目掛けて、渾身の力で持っていた石を投げつけた。


ゴギュッ


 威力のある石を顎に当てられた蟻の顎が陥没した。


「よし、命中!」


 顎陥没させるなんて、俺の投球も捨てたもんじゃないな。

 俺の攻撃を受けて怒り狂った蟻は、上体を起こしてたくさんの足で攻撃してきた。


ドスドスドスドスッ


 アチコチに穴を開けている蟻に、棒を野球のバットのように構えて余裕の笑みを見せる。

 

「ふっふっふっ、君が腹を見せるのを待っていたのだよ」


 言い終わると持っていた石を上に投げて、落ちてきた石を思い切り打った。


カキーーンッ


「ホームラン!」


ギギャアァアアアアッ


 俺の打った石の球は、吸いこまれるように蟻の腹に付いていた緑の石を打ち砕いた。

 ドウッと思い音を立てて倒れた蟻は、どうやらお亡くなりになったようだ。


「俺も死にたくなかったんだ。許せよ、な〜む〜。」


 蟻の冥福を祈って、両手を合わせていると歓喜の声が聞こえてきた。


「凄い! 君、凄いよ!」


 突然現れた少女は、俺の前に走り寄って来ると急に両手を握って叫んだ。


「こんなに小さいのに、ギジュウを倒すなんて嘘みたい!」

「……魔法少女のコスプレか?」


 興奮している少女の着ている物は、どう見てもどこぞの魔法少女のようだった。

 金髪碧眼の美少女なのに、コスプレ魔法少女なのか?

 痛いです。

 それに短いスカートが、おじさんには目の毒です。

 

「まほーしょうじょって何?」

 

 彼女はそんな言葉は聞いたことがないのか、可愛らしく小首を傾げてきた。

 うむ、外人だから聞いたことがないよな。

 彼女が日本語を話していることに気付かず、俺は少女に言った。


「いや、気にしないでくれ。すまないが、ひとつ尋ねたいんだがいいか?」

「え? 何?」

「ここは一体どこなんだ?」

「は? ……って、えぇ!? 記憶喪失なの!?」 


 俺の長きに渡るひきこもり生活は、蟻との戦いを契機に終わりを告げた。 

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