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僕は彼女をひっそりと守りたい!

作者: さくらまこと

「もう私に近づかないでよ。なんでいつも近くにいるの…。もう二度と私の前に現れないで」

 涙に暮れた彼女の身体は震えていた。

 ここで後ろから抱き締めたり、そっと上着をかけてあげたり出来れば良いのだが僕にその勇気はなかった。

 ただただ小さな背中を前に僕は呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。

 何も出来ない自身の無力さと彼女にしてきた無価値な行為に忸怩たる思いを抱いた。

「僕が……苦しめていたのかな。ただ君の側で、大好きな君を守りたかった……」

 携帯電話から聞こえるラブソング。それに掻き消されてしまう様な声だった。

 鳴り止まぬ着信音を響かせつつ、僕はその場を離れた。

 彼女が何かを言っているが、僕はそれを無視した。



 僕と彼女は保育園時代からの幼馴染だ。3歳から中学3年までずっと同じクラスだった。

 物心ついた頃には既に彼女を意識していた。むしろ他の女の子に一切興味がなかった。正直漫画の主人公とヒロインさながら運命的なもので結ばれていると思っていた。

 しかし現実はそう思い通りにはならず、 高校受験の時にあっさりと別れは訪れた。

 きっかけとは些細なものだが、これがトリガーとなり、僕の行動は一変した。

 当時、僕の1日は高校生である事を考慮すれば、至って普通だと思う。

 朝は6時に起きて、決まったコースを1時間ほど走る。途中会う彼女に「おはよう」と挨拶をし、数キロ共に走る。授業をこなし、部活動に参加していない僕は数駅離れた場所にある喫茶店で、読書や勉強に励む。少し前までは、個人が営む飲食店だったが、場所は時折変わった。

 この後は家に帰るだけだが、大抵は彼女と2人で帰路につく。お互いを意識しているのか会話は殆どない。彼女を見送り、部屋の明かりが灯り、カーテンが締まると、僕も家に帰る。変哲もない1日だが、これが好きだった。

 学校は違えど大切な人と過ごせる事、これが全てだった。

 彼女が欲しい、恋がしたいとか言っている軟派な連中とは違う一途な思い。

 いつか成就すると信じながら、今日も眠りにつく。



 大好きな先輩がいる高校へ入学する事が出来た。

 走る事が好きで、中学時代は陸上の大会でいくつもの大会で優勝した。多くの学校からスポーツ推薦を貰っていたが、先輩と同じ学校に行きたい一心で誘いを蹴り、この学校に進学した。

 先輩は私と逆で運動より読書が好きで、物静かな文学青年だった。

 同じ学校に入学出来たが、学年毎に校舎が異なる為、殆ど話す事はなかった。

 中学から継続していた朝のランニングで、気まぐれにコースを変えたのが福となしたか、公園のベンチで本を読んでいる先輩がいた。

 聞くと、晴れた日の朝はここで本を読んでから登校しているとの事。

 この日から、私のランニングコースは少し離れた公園を1周するルートに変わった。

 高校生になってからの先輩は文学部に入り、放課後は部室か喫茶店で作品を書いていて、去年の夏、応募した新人賞では最終選考にも残った事があると聞いた。

 推薦を蹴った後ろめたさもあり、部活動に所属していなかった私は、先輩がよく通う喫茶店でバイトを始めた。高校生になってから始めたレストランと掛け持ちになるが、時間を持て余していた私には、そこまで苦ではなかった。

 むしろ先輩と会う時間が増え、話す為に薦められた小説をバイト代で買い、またそれをネタに話をする好循環が生まれた。

 そんな生活が1年間ほど続き、先輩と2人で出かける事が増えた頃、私はとある異変に気付いた。

 最初は時々見かける程度に思っていた幼馴染みの彼が常に傍にいる事に。

 朝のランニングでも挨拶をされ、バイト先にはお客さんとしてよく来店してくる。直接的な被害がなかったので気にしていなかったが、毎晩家の前にいたり、休日の出先に彼が必ずいたりと、気付けば気付くほど気持ち悪くなってくる。

 こんな事は先輩に相談出来ないし、元々家も近所だったので、彼を呼び出し、直接やめてもらう様に伝えた。

「どういう理由でこんな事はしているのかはわからないけど、君には全く興味がないからこんな事はもうやめて」

 怖くて震える手を押さえながら、目を逸らさずに伝えた。

 彼は何も言わず、その場を去った。

 彼の行為が止み、平穏な日常を取り戻した頃、突然先輩に呼び出された。



 彼女が先輩に思いを寄せている事には気づいていた。

 それは、僕と学校が違った事による寂しさを紛らわす為のものだと思っていた。

 本心は常に僕の事を好いているとばかり思っていた。

 僕に向いているはずの思いは、1つ年上の先輩に向いていた。

 でも彼女は、彼がどの様な人間で、どんな理由でそばにいるのか知らない。

 正直、僕自身の行動が世間的には間違っている事は十分わかっているが、この行動のおかげで彼の真意を知る事が出来た。

 彼女に呼び出され、彼女の気持ちを聞いたあの日から彼女への恋愛感情はなくなった。

 その代わり、彼女がこのまま彼から利用される事を阻止すべく行動する様になった。

 彼にとって女性とは恋愛の対象ではなく、作品のネタでしかなかった。

 表向きは、真面目で大人しい文学青年を装っているが、裏で女性や子供を危険に晒し、不慮の事故を装い相手を傷つけていた。

 それを嬉々と観賞し文章として表現する事で、リアリティのある作品を書きあげ、金を稼いでいた。

 最近売れた殺人、暴力が関わる作品の多くに彼が関わっていた。

 彼女が今回どんな事に巻き込まれるのかは知らないが、これ以上彼女の傍に彼をいる事がプラスになるとは思わない。

 彼を呼び出し、この事実を伝えた。物証のないただの戯言と聞く耳すら持ってくれないと思っていた。

 肯否の反応すらなく、場所と時間を伝え、その場を去っていった。



 緊張しているのだろうか。約束の30分前に時計台に着いた。仕事帰りのサラリーマン、上機嫌の酔っ払いが目の前を通り過ぎていく。終電も無い頃に1人でいる人間は目立つのだろう。携帯電話を弄りつつ時間を潰していると、先輩に声をかけられた。

「待たせてしまったかな? 既にいるとは思わなかったよ」

「待ってないですよ。先輩を待ちたくて少し早く来ちゃいました」

 普段よりもトーンを高くした声で返事をする。

 辺りを見渡し、聞き取れない声量で言葉を発した後、頷く先輩。

「急な誘いだったのに来てくれてありがとう。どうしても話したい事があってね」

「どうしたんですか?」

「大した用事ではないんだけど、この方が面白そうだからさ」

 面白そうという単語に疑問符を浮かべている私の顔を見つつ先輩は続ける。

「君さ、僕の事好きだよね? もちろん恋愛対象として」

「えっ!?」

 いきなりの問いかけに驚き、答えあぐねていると先輩は続ける。

「まあどっちでもいいんだけど、もう辞めてくれないかな。迷惑なんだよね。君のせいで彼に在らぬ疑いをかけられるし、どうでもいい噂も流されるしさ」

 何を言われているのか全くわからない。表情一つ変えずに、淡々と言葉並べる先輩。

「君には僕なんかより、傍で見守ってくれる彼がいるし、彼の相手をしてあげなよ」

 先輩が時計台を指差すと、幼馴染の彼が出てきた。

「別に君に好意を持っていた訳でもないし、好意を寄せてくれる人の方が君にとってもいいんじゃないかな」

 感情なく告げられる事がこれ程辛いとは思わなかった。涙すら出なかった。

「そういう事だから、これからは新しい学生生活を楽しんでね」

 踵を返し、帰路に着く先輩。こちらを振り返らず、私の後ろにいる彼に対し続けた。

「これで満足かな。くれぐれも宜しくね」

 状況が理解出来なった。ここで何が起きたのか、なぜ先輩の姿が遠のいていくのか、なぜ彼がここにいるのか、全く理解出来なった。


 彼が帰ってから数分、僕はどうしていいかわからなかった。目の前でしゃがみ込む彼女を見ている事しか出来なかった。

 呆然としていた彼女が泣き始めても、動く事すら出来なかった。

 そして彼女に告げられた。

「もう私に近づかないでよ。なんでいつも近くにいるの… 。もう二度と私の前に現れないで」

 この日を最後に僕は彼女に近づくのを辞めた。もともと学校も違っていたし、一人暮らしを始めるだけで会う事はなくなった。

「もう遅いよ……馬鹿……」

 無視した最後の一言。今になっても意味はわからない。

 ただ彼女を忘れられない僕は卒業間際に1通の手紙を送った。

 今 更ではあるが、自身の気持ちを綴った。一方的な謝罪と好意。

 返事はないと思っていたので住所は書かなかったが、母経由で返事が届いた。

 封筒には1枚の便箋としおりが入っていた。

 彼女が転校し再び陸上を始めた事、大会で優勝した事、彼氏が出来た事など、あの後の日常が書かれていた。僕の好意に対する言葉はなかった。

 そしてしおりには、新刊情報と小さく手書きで「どうしてこうなっちゃったのかな」と書かれていた。

 僕はその手紙を大切にしまい、返事は書かなかった。



 ――その年、幼馴染みにストーカーされる女子高校生の主人公と、先輩、ストーカーの心理描写がリアルだと、話題をさらう書籍があった事を数年後の僕は知った。そしてそれが手紙に付いていたしおりに載っていた本である事を……。


最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。

体調不良による病院通いが続いてしまい、週1投稿目標が2ヶ月間明けでの投稿となってしまいました。

何をするにしても体が資本だと、改めて痛感しております(笑)


本作についてですが、病院通い前に7割程書き終えていた内容でもあったので、予定通り短編として書き上げてみましたが、正直もっとキャラを掘り下げ、ストーカーイベントや先輩との恋愛パートを表現出来ればと思っております。

近いうちにキャラ設定、構成を掘り下げ、長編として書き上げてみようかと思います。


最後になりましたが、表現方法、言葉遣いなど、分からない事も多い為、読んでくださった皆様よりご助言を頂けますと幸いに存じます。

次回は8月末~9月上旬にかけて、少し変わった恋愛を表現する予定です。


今後とも宜しくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 誰もが事情を理解しきっているわけではないというもどかしさがいいです。 [気になる点] 段落と行間に気をつければかなり読みやすくなると思います。 [一言] これは続きが読んでみたいです。
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