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初めてのハンバーグと食について



 今日はハンバーグを作ろう。

 そう初めて思い立ったのは、私がまだ大学在学中、彼の誕生日の直前だった。



 幸か不幸か、要領が良く何でも器用にこなせる私は、そこそこ何でも料理ができた。ただ分量もめちゃくちゃ、目分量を超えて「目隠し分量」に近い。未だに何故そこそこ美味い料理ができるのか、理由は判然としない。


 

 とはいえ、彼は私の料理が好きだった。

 砂糖は食べないから料理するときも使わない、レシピの見方も分からない。そんな私が奇跡的に作る料理が、彼は奇跡的に好きなのである。世界は実に摩訶不思議なのであった。





 とりあえず、何かの挽肉。たまねぎ。チーズが入っている方が色んな物を食べられる。あとは下敷き用にキャベツでいいのかな。

 レシピを知らない私は想像だけで作り上げて、スーパーに向かった。




 安かったのは豚挽肉。たまねぎは何にでも応用が利くと信じているので、今後の為にも多めの3玉。とろけるタイプのチーズを一袋。あとは目についた安い食材と、酔えること以外を期待しない安酒。

 ひとまず自分の中で必要な食材を揃えて帰路についた。


 帰宅すると、さっそくたまねぎを刻んで挽肉に混ぜ込む。詳しいレシピは知らないけれど、塩胡椒を目分量で加える。体温で肉の脂が溶けると小耳に挟んだが、末端冷え性の私にはそこまでの体温がないようだ。少し粘り気が出たら拳より小さいくらいの大きさに丸める。真ん中は火が通りにくいから凹ませて厚みを減らすべきだろうか。いや、チーズを中心に埋め込めばちょうどとろけるだろう。

 下敷き用に買ったキャベツは、やっぱりコンソメスープに入れることにした。彼は刺身のツマを食べないから、スープの具にした方が食べてくれるはずだ。色味が少ないので、にんじんもスープに入れよう。水ににんじんのイチョウ切り、火にかけてからスープの素。それから余ったたまねぎとキャベツは沸騰する前に。


 先にコンソメスープを完成させて、火を止める。

 彼の帰宅まであと20分。そろそろハンバーグを焼いてみる。

 焦げないように中火にして、少量の水を入れたら蓋をする。肉汁が逃げちゃうかな。でも生よりましなはず。


 「ただいま。疲れた。何作ってんの?」

帰宅した彼は少し汗臭い。

「あなた誕生日だから好きな物。」

生返事をしてフライパンの蓋を開けようとする彼の手を叩いて、妨害を阻止する。コンソメスープを温め直すべく、火をつける。

「何か手伝うことは?」

特に何か出来る訳でもないのに、料理をする私に彼は絡む。邪魔をしては怒られることが楽しみのようだ。




 完成したハンバーグは少し焦げ目がついているものの、中のチーズはハンバーグを割るまで息を潜めている。チーズの存在など全く予想していなかった彼は、大きな口を開けて一口。溢れ出るチーズに驚いたようだ。誰も傷つけないささやかないたずらは成功した。


「野菜も食べなさいよ。」

コンソメスープを勧めながら、私はビールとは呼べない安い酒を飲んだ。




 


 食事は人間が活動する為の栄養を摂取する行為だ。

 食べた物が体を作り、体を動かす。食べることで「生きる」為の燃料を補充する。つまり料理とは、食べる人を構成するということだ。私の作ったハンバーグが、明日や明後日の彼を作る。料理を通して、私が彼の「生きる」を作っている。

 これが、私にとってたまらなく快感なのだ。

 彼は私の意図を知らないまま、満足げに好物を咀嚼する。私がこねたハンバーグは彼の口内で唾液と混ざり、体内で栄養素に変えられていく。もはやハンバーグとしての存在は消失し、彼の一部になる。私の作った物が彼と一つになる。私がたまねぎと一緒にこっそり混ぜ込んだ様々な気持ちも、彼と一つになる。もはや私が彼と一つになっているのではないかという錯覚さえ生まれる。



 それから早三年。

 彼は未だに私の料理が好きだ。私は未だに料理が好きだ。




 ただし、彼はまだ知らない。

 ハンバーグには卵黄や小麦粉などのつなぎが必要で、初めてのハンバーグは失敗作だったこと。そして未だに私は彼と一つになるべく、料理を続けていること。

 今日も彼の一部に私をねじ込む為に、じっくりと大根を煮込んでいる。

 



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