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僕の身体に女の子が寄生してきた件

3/13 16:42 誤字修正と改行を入れました



「はい、あーんして」

 僕の右隣りに座っているポニーテールの女の子がニッコリと微笑みながらケーキをフォークで掬って差し出してきた。

 こいつの名前はミキ。取り敢えず、僕はそう呼んでいた。


 そして僕の名前は原 斎人。ハラ サイトと読む。 僕は高校二年生の十七歳で、居間で英語の宿題をしている最中であった。

 ミキに宿題を邪魔された僕は憮然とした顔で差し出しされたケーキを頬張り、二、三回咀嚼して飲み込むと、ノートに目を向け左手で回答を記入していく。


 僕は元々は右利きだったが、最近、右手を使うことができなくなっていた。

 別にケガをしたわけではない。右手はこいつがくっ付いているので使えないのだ。

 ベタベタどころか、離さないわよとでも言いたげに、手を握りしめている。

 そんなに握りしめなくても僕は逃げないと何度も言って聞かせているのだが、僕の世話に夢中になるとミキは手をぎゅっとにぎってくるのだった。


「どうー?今日のいちごのショートケーキ美味しいでしょー?徹夜で作ったんだからー」

「……」

 何処からともなく現れた長髪で色白の女性が僕の後頭部にのしかかる様に抱き付きながら、抑揚のない声でケーキの感想を聞いてきた。

 こいつの名前はサダコ。取り敢えず、僕はそう呼んでいた。

 のしかかられても別に重くはないが、後頭部に感じる柔らかい感触と共に金縛りに遭いそうな心持に僕は少しイラついてしまう。


「これは美味しいですぅ!とっても美味ですぅ!もう一口ちょうだいですぅ!」

 僕の膝の上に座りながら夢中でテレビゲームをしていた少女が先程のケーキが美味しいと、僕におねだりをし始めた。

 こいつの名前は、イリア。取り敢えず、僕はそう呼んでいた。

 後、イリア。物欲しそうな上目使いで僕を見詰めるんじゃない。心臓に悪いだろ。

 取って食われそうな恐怖感に襲われた僕はイリアから目を逸らした。


「はいはい、お代わりね。あーん」

「いい加減にしろ!宿題ができないじゃないか!」

 笑顔のミキが再び僕の顔の前にケーキを差し出してきたところで、僕の堪忍袋の緒が切れ、大声を荒げてしまった。


「なんじゃ、騒がしいのう。これではゆっくり昼寝もできんではないか」

 僕の耳から白い煙が立ち込め、その中から黒髪のおかっぱ頭の幼女が現れた。

 清楚な羽織袴の装束である。無駄に可愛らしいのが余計に癪に障る。


「何が無駄に可愛らしいじゃ。絶世の美貌を持った女神と崇め奉らわんと罰が当たるぞ」

 幼女は僕の心を読み取ったのか、ムッとした顔で僕を睨みつけながら小言を言う。

 まあ、この子にとっては僕の心を読むなど造作もないことだろう。何故ならば、この子は神だからだ。

 そう、神と言っても厄病神だ。僕の願いを叶えるといって騙し、こいつらと共に暮らさなければならない元凶を作った張本人だ。

 挙句の果てには僕の頭を神社の本殿に仕立てて、こいつも棲みついているのだ。

 ああ、何故、あの時、神社の境内の片隅で半分、土に埋まっていた小汚い徳利を手に取ってしまったのだろう。そして何故、徳利の栓を抜いて封印を解いてしまったのだろう。

 僕は、後悔の念に苛まれてしまう。




「ブツブツ悪態など吐かずに、さっさと食事を取らんか。皆、お主のことを心配しているのだぞ」

「はい、あーん」

「もっと食べるですぅ」

「このケーキの中のいちごジャムが凄く美味しいんだからー」

 僕の憂鬱を無視するかの如く、厄病神は腰に手を当てて叱るような仕草をしながら食事を取れとお説教をたれる。

 すると、他の奴らも早く食べろと、囃し立てだした。


「うるさい!昨晩、お前らがケーキを作るといって、大騒ぎしたから英語のテスト勉強ができなかったんだぞ。お蔭て赤点でたんまりと宿題を貰ったじゃないか!」

 僕はこいつらの姦しい態度に自制心を失くし、さらに大きな声で不満をぶちまけてしまった。

 そうなのだ。こいつらの所為で僕はテストで赤点を取り、宿題を貰ってしまったのだ。


「……でも、ちゃんと食事しないと体が持たないよ」

 ミキが心配そうに僕を見る。心配して面倒みてくれるのはありがたいのだが、僕が栄養失調になるのはお前が僕の体から体力を奪うからだろうと、文句を言いたい。

 ミキは、いつも僕の手を握って離れないラブラブの恋人のように見えるが実の所そうではない。

 元々離れられないのだ。あからさまに言えば、僕の右手とミキはくっ付いている。

 実はミキの正体は僕の右手に出来た人面疽なのである。

 見てくれはキュートな美少女だが、決して人間ではない。


 厄病神が封印から解放してくれたお礼に望を叶えてくれるというので、妹が納得するようなガールフレンドが欲しいと、信用した僕が厄病神にお願いしてしまったのだ。

 すると厄病神は僕の右手に人面疽を植え付け、女の子の姿をするように命じたのだ。


 訳を聞くと、昔、家に僕の同級生の女子が遊びに来た時、その子が『お兄ちゃんにガールフレンドいるの?』って聞いたので『私が彼女ですが、何か』って妹が真顔で答えたのだが、その奇想天外な答えを僕達に無視されたため拗ねて『本当のことを言うと、お兄ちゃんのガールフレンドは右手なんですよ。それは相思相愛で毎晩仲良しするから、もう我が家は大変ですよ。ちなみにオカズは私のパンツです』って言っていたことを持ち出した。

 それは僕に気のある同級生を撃退するために妹が用いた方便であり、毎日、右手でしているのではない。

 まあ、僕も男の子なのでそれなりにはすることはするが毎日ではない、どうでもいいことだが。

 決して妹のパンツがオカズではないことも、個人的には主張したいことだがどうでもいいことだ。

 ついでにどうでもいいことを付け加えると、その子はそれ以降、不潔なゴミを見るような冷たい目で僕を見るようになり、そして僕を避けるようになったのも、どうでもいいことである。


 このように僕が記憶の奥底に封印していた黒歴史を、この厄病神は掘り起こした挙句、額面通りに右手を女の子の姿に変えてガールフレンドにしようとしたのだ。

 とんでもない厄病神である。




「ちゃんとご飯を食べないとお腹がすくですぅ」

 ミキとの馴初めと僕の黒歴史を思い出して苦虫をつぶしたような顔をしていると、イリアが今にも泣きそうな顔でお腹が空いたと懇願してきた。

 いつものように僕の膝の上で甘えている。


 こいつも、一見、か弱い幼子のように見えるが、実は、こいつは獰猛なエイリアンなのだ。

 宿主の腹の中に寄生するタイプのエイリアン。

 尤も僕が十二分に食事を取っていさえすればお腹を食い破って出てくるということもせず、寧ろ僕の消化を助けてくれている。

 僕とミキが栄養失調にならないですむのは、イリアの並外れた消化吸収能力のお蔭でもあるのだ。

 この点は僕も感謝している。しかし、ミキ同様、纏わりつかれると、鬱陶しい。


 正確に言うと、イリアも纏わりついているのでも膝に座わっているのではなく、僕のお腹の中に寄生しおヘソから体の一部を出しているだけなのだ。

 つまりイリアも僕から離れることができない。

 さらに付け加えれば、この幼女の部分は本体ではなく、触手に当たるそうだ。

 イリア曰く、獲物を誘き寄せる触手なのである。

 でも現代社会では喧しいオバちゃん連中しか寄ってこないので役立たずである。


 なお、イリアに寄生されることになったのは、僕が食が細いためミキが必要とする体力を賄うことができず激痩せし死ぬ一歩手前まで行ったとき、厄病神が食事の消化吸収を高めるためにイリアを僕に植え付けたからだ。

 エイリアンを宇宙から探してくる手間を考えたら、ミキを僕の体から分離して欲しかったのだが、人面疽を退治するにはより多くの神通力――信仰心が必要とのことで現状では無理との事だった。

 僕が化物に憑りつかれる方向の力は殆ど消費しなくても使えるらしい。将に厄病神である。




「折角、徹夜して作った、すごーく美味しい、いちごケーキなんだから食べてー。食べないんだったら実力行使するよー」

 イリアのことを考えていたら、僕の背中に抱き付いていたサダコが業を煮やしたように羽交い絞めにしながらケーキを食べろと脅してきた。

 鏡越しに写った姿を確認すると、眼が座っているので、無理矢理にでも食べさせようと考えているのだろう。

 でも自慢げにケーキを作ったと言っているが、実際に作ったのは僕のはずである。

 詳しく説明すると、サダコは背後霊であり、時々、僕の体に憑依して料理・家事を手際よく片付けてくれているのだ。

 つまり僕の意識が無い状態で仕事を済ましてくれるので、僕が夜中に熟睡しつつも滞りなく家事をこなすことができる。

 決して小人さん達のお蔭ではなく、サダコさん、様々であり、そのことについては常々有り難いと思ってはいる。

 しかし昨晩は英語の試験勉強をする予定だったが、サダコに体を乗っ取られてイチゴケーキを作るハメになり、結果、テストは散々だったのだ。


 そもそも、何故、サダコが僕の背後霊になったのかと言うと、僕達の旺盛な食欲を満たすために、寝る間を惜しんで食事を作らなければならなくなったからだ。

 一応、僕には両親はいるが親父が海外へ赴任するのに合わせて、母親も一緒に付いて行ってしまった。

 そして残された妹と二人だけの生活をしていたのだが、化物達に憑りつかれて大食らいとなった僕が全て外食で済ませるわけにもいかず、生活費を遣り繰りするために自分で食事の用意をし始めたのだ。

 しかし自炊も一週間と続かず、過労で寝不足となり倒れてしまった、

 その時、厄病神がサダコを僕に憑りつかせ、食事の準備をさせ始めたと言う訳だ。


 尤も、サダコは僕から生気を奪い、最終的には呪い殺すつもりで憑りついたのであり、呪いのビデオを見た僕の命を奪うのがサダコの宿命だった。

 しかし、憑り殺せばまたビデオテープの中に戻らなければならないが今時旧式のビデオテープなんぞ見ようとする物好きはもうおらぬぞ、お前は呪い殺すつもりがお前自身を永遠の呪いの中に封印することになるのだと、骨董品のビデオデッキを叩き壊しながらほくそ笑む厄病神に諭されたサダコは青白い顔をさらに青ざめながら嫌そうに首を横にブルブルと振ると僕と共生し食事の世話をすることを了承してくれた。

 いつ呼び出されるとも分からず、ビデオの中の閉ざされた空間に幽閉されることに対しての相当嫌悪感を抱いていたようだ。

 呪いのビデオを見た瞬間、サダコは嬉々とした笑顔でテレビから飛び出してきたのを覚えている。全然怖くなかったので、最初のうちは幽霊だと言うことがわからなかったよ。


 なお、サダコはビデオの中にいたためか、料理のレパートリーは豊富だった。呪いの被害者宅で三分間クッキングを良く見ていたとのことである。

 ついでに言うとサダコは物知りであり、地理も良く知っていてテストの時に答えを教えてくれる。

 ミキは平安時代から人面疽として長く生きていたからか日本史や古文が得意だ。

 イリアは一応、知的生命体で地球人以上の知力があり、数学や理科に長けている。

 こいつらが本気を出せば確実に百点満点が取れる。


 でも実際に百点取ったらカンニングを疑われ職員室で小一時間尋問されたので、それ以来、手助けして貰ったとしても満点は取らないようにしている。

 しかしながら英語は三人ともダメだった。だから昨日のテストは赤点なのだ。

 まあ、こればっかりは彼女達を責めてもしかたない。もともと僕自身が勉強して対処しなければならなかったことなのだ。




「わかったよ。皆の言う通り、ケーキを食べるよ」

 僕は溜息を吐きながら自分の気持ちに整理をつけると、フォークをミキから取り上げて左手で持つ。皆、ニッコリと頷く。そして自分でケーキを食べようとした、その時――

「たっだいまー!今日のオヤツは何?」

 中学校から帰宅した妹の操が元気良く居間のドアを開け、ツインテールに結んだ髪を靡かせて部屋に走り込んで来た。

 操は中学三年の明るく元気な女の子だ。明るすぎて能天気なのが玉にキズである。

 そんな操に見つかっては大変と、厄病神達は蜘蛛の子を散らすように慌てて僕の体の中へと身を隠す。


「み、操、い、いちごケーキがあるよ。昨日の晩、作ったんだよ」

「……あれ、この部屋に女の子がいなかった?」

 僕は、取り繕うように操にいちごケーキを勧めた。

 しかし操はパチパチと瞬きすると小首を傾げてミキ達の残像について聞いてくる。

 意外と鋭い。


「い、いるわけないじゃないか。見ての通り、僕一人だよ」

「ふーん……そう言えば、友達が一週間位前に、お兄ちゃんとよく似た人が女の子と手を繋いで歩いているのを見たって言ってたけど、そんなわけないよね」

 僕は少ししどろもどろになりながら否定する。

 操は納得いかなそうなジト目で僕を見つめる。そしてカマを掛けるように女の子と手を繋いでいるところを友達が見たと言ってきた。


「ぼ、ぼ、僕じゃないよ。た、他人の空似だよ」

「そうよね。抱っこ紐で子供をお腹に抱えていたって言う話だし、お兄ちゃんに子供がいるわけないよね」

「そ、そうだよ。僕に子供がいる訳ないじゃないか」

 僕は操の質問に惚けながら鏡を睨みつけた。

 鏡に映ったサダコが気拙そうな作り笑いをしながら目を逸らす。

 やっぱり、お前らだな。この前、食糧の買い出し時に意識を乗っ取られたが、その時、見られたんだろう。あれほど目立つことはやめろと言っていたのに。

 僕は心の中で三人に文句を言った。


(ごめーん。サダコが献立で悩んでいたんで、三人でスーパーに行って献立を考えたの)

(三人寄れば文殊の知恵ですぅ)

(でも、次の日の夕食のビーフストロガノフとオムライス、美味しかったでしょー。三人、力を合わせたからできだんだよー)

 サダコ達は僕の頭の中で謝ってきた。

 僕のために料理を作ろうとしたことが招いた結果なので今回は許してやることにする。

 次は周囲の目に十分、気を付けるように。僕は心の中でそう念ずると、鏡の中のサダコが済まなそうな顔をして頭を垂れた。


「それより、今日のいちごケーキはとても美味いぞ」

「ありがとう、お兄ちゃん大好き。頂きまーす」

 僕は話題を変えるために、ケーキを皿に取り分けて操に勧めた。

 操は満面の笑みを浮かべて、ケーキを受け取る。

 どうやら誤魔化せそうだ。相変わらず、チョロいね。


「うーん、美味しい!これなら何時でも操のお婿さんになれるね」

 ケーキを頬張った操は、ニパッと笑いながら自分の夫として合格点だと褒めてくれる。

 実の所、操は血の繋がった妹ではない。僕の父親が再婚した相手の連れ子で、義理の妹なのだ。

 そして僕によく懐いてくれ、よく一緒に遊んだものだ。どっから見ても仲の良い兄妹にみえた。僕はそう思っていた。しかしその関係を壊す事件が起きてしまう。

 それは僕達は小学校からの帰り道で手を繋いで歩いている時に、木の上で啼いていた子猫を見つけた時のことだった。

 そしてその子猫を助けようと僕は操を肩車したのだが、操は怯えた子猫に顔を引っかかれて僕の肩から落下してしまい、額にたんこぶを作ってしまったのだ。

 操の怪我を見た親父は僕を酷く怒った。操の顔に傷がついて嫁の貰い手がなくなったらどうするのかってね。

 そして僕は正座させられ長々と説教を食らったのだが、限界を迎える直前にお義母さんが助け舟を出してくれた。いや本当の所は、それは僕にとって地獄の門の扉を開く呪文だったのかも知れない。

 お義母さんが親父に言った、その言葉は『操が嫁に行きそびれたら、その時は、お義兄ちゃんが責任取って操を嫁に貰えばいいじゃない』だった。

 それを聞いた操は『お兄ちゃんのお嫁さんになる!』と宣言して僕に抱きついた。

 そしてそれからは僕に付き纏い、僕から他の女の子を遠ざけるような意地悪をすることが始まったのだ。

 僕は操に対して妹以上の感情を持てず少し鬱陶しく思えたが邪険に扱うのも可哀そうだし、もう少し大人になれば僕なんかよりもっといい人を好きになるだろうとタカをくくり、必死に纏わりついてくる操と一定の距離を置く関係を維持した。


 そして昨年の暮れに僕と操の関係が劇的に変化する。操は勉強が余り好きではなく成績が芳しくなかった。

 さらに操は中学二年で一年と少し先には高校入試も控えており、心配した両親がもっと勉強するように説教したのだった。

 しかし当の本人はあっけらかんと、『高校なんか行かない。十六歳になったらお兄ちゃんのお嫁さんになる』と言ってのけた。

 呆れはてた両親は操が家事の手伝いをすることを条件に、僕達の婚約を決めた。

 僕はその理不尽な決定に不服を述べるが、僕の意見は当然の如く無視される。

 高校一年になってもガールフレンドの一人もできないようでは結婚相手を探すのも苦労するだろうから操で手を打っておけ、だってさ。

 僕に言わせると、それは操が僕に纏わりついて、他の女の子と仲良くなるのを邪魔するからであり、決して僕が女の子から毛嫌いされているのではない。


 そんな感じで勉強から逃れて三食昼オヤツ寝付きの生活へマッシグラな操だったが家事の手伝いは上手くこなせず失敗ばかりしていた。

 料理を手伝えば手を切って怪我をするし、テレビを見ていて洗濯物を取り込み忘れたりと、ダメダメだった。

 結果、その後始末を全部、僕が見させらることになる。それに文句を言うと、嫁の失敗は夫がフォローするのが当たり前だと、両親から操を押し付けられる羽目になり、それに気を良くした操は僕に輪を掛けて懐いくるのだった。

 操も悪気があって失敗ばかりしているのではないことは分かっていたがこのまま甘やかしては操のためにならないと思った僕は、操を学生の本分である学業に専念させるために操とのことは無かったことにしてくれと両親に直談判したのだが、それに対して親父が一つ条件をつけてきた。

 その条件とは操より素敵な女性をガールフレンドにして連れて来ることだった。

 もし本当にその女性が操より僕にお似合いであれば、兄思いの操は自ら身を引くであろう、と言うのが親父の言い分だったが、僕は操が大人しく身を引くと思えなかったけど、そのくらいのことをしないと現状を打破することもできないと思い、ガールフレンドを連れてくると親父と約束した。

 すると、親父はガールフレンドを連れてくる期限を切ってきた。それは操の十六歳の誕生日が期限だった。

 操が十六歳になった時には、僕は十八歳になっている。そしてそれは親の許しがあれば結婚できる年齢ということだ。

 つまり、操の十六歳の誕生日までに、ガールフレンドを連れてこなければ、僕は操と結婚すると、逆に約束させられてしまったのだ。

 この時点で、僕は嵌められことに漸く気付き慌ててガールフレンドを探すのであったのだが、この直後に厄病神と出会って化け物に取り憑かれることになる。




「いや、操を嫁にする計画は今のところない。僕は美人でボンッキュッボンッなナイスバディの女の子をガールフレンドにするんだから」

 操のことについて色々と頭の中を駆け巡るが、やっぱり操を一人の女性として見ることはできず、操の言葉を否定した。

「そんなガールフレンドなんて夢物語だよ。現実を見て操で手を打っときなよ。操だって出るところはちゃんと出てるんだから」

 すると、操は僕を誘惑するかの如く流し目で見つめながらケーキを食べる。

 でも突っ込みどころ満載だ。出ているところって腹か?キュッボンッキュッの幼児体型が何を言っているのだ、と、まずは心の中で突っ込みを入れてみる。


「ところで、お兄ちゃん。最近、料理の腕が物凄く上達しているけど、何か心境の変化があったの?」

「いや、これからは男だって料理の一つや二つできないと女の子には持てないのだ」

 操がケーキを食べながら僕をじっと見詰めて料理のことについて質問してくる。

 質問というよりむしろ尋問といった感じで何かカマを掛けてきている感じがする。

 僕は、女の子にもてるために料理をしていると誤魔化しながら親指を立てた。


「お兄ちゃんの場合、料理が出来るくらいではダメなのは自分でも分かってるよね。もっと根本的に変わらないと無理だから諦めなよ」

「諦めたら、その時点で負けだ。男らしく全力で努力だけはしてみようと思うんだ」

僕のサムズアップを鼻で笑った操はジト目でトクトクとダメ出しをしてきたが、僕は諦めたら負けだと自分自身に言い聞かせるように反論する。


「あ、そ。でも、後、一年もないことをお忘れなく」

 操は僕の努力に興味なさげに相槌を打つと、本棚の引出しから書類を取り出し僕に見せつける。

 操が勝ち誇ったようにしたり顔なのが癪に障るのをぐっと堪えつつ、臥薪嘗胆の思いでその用紙を僕は睨み付けた。

 それは親父達が海外に赴任する時に置き土産として、僕達に置いて行ったものだった。

 邪魔者はちょっと遠くへ行ってくるから二人で仲良くしなさいと言って置いて行ったのだ。 その用紙れは市役所に提出する婚姻届であり、親父とお義母さんの署名・捺印が記載されていた。操もすぐさま、妻の欄に自分の名前を書いて判を押したので、後は僕の署名を残すのみとなっている。

 そう、両親公認の関係を強いられている僕は外堀を既に埋められた本丸が落城寸前の状態で、死刑執行予定日である操の十六歳の誕生日まで僅か残り一年なのであった。


「分かっているよ。それより今晩の夕食は何にする?」

「今日はハンバーグがいい!」

 僕はぶっきら棒に返事をしながら、食事の話で話題を変えようとする。

 食い意地の張った操は、大抵、食べ物で誤魔化せるのだ。

 案の定、ハンバークがいいとニパッと笑いながら答えてくれる。もう頭の中はハンバーグのことで一杯だろう。チョロイぜ。




 夕食の食材をスーパーに買出しに出かけたのだが、操も買出しを手伝うと言ってついてきた。

 そして操は僕の右手をギュッと握って離さない。

『ぶー。そのポジションは私のポジションなのに』

『まあ、まあ』

『後、少しの辛抱ですぅ』

 買物の最中、ご満悦の操を他所目に、ミキが僕の中で終始ぶー垂れており、イリアとサダコに宥められていた。


「あ、ブランコ復活したんだ。お兄ちゃん、一緒に乗ろう」

「待て、待て。危ないよ」

 買物が済んだ後、スーパーの向かいにある公園のブランコを見つけた操が僕をブランコへと引っ張っていく。

 この前まで修理中だったのだが、今日は真新しいペンキを塗られて復活していた。


「昔は、こうして一緒にブランコに乗ったね」

「そうだね。懐かしいね」

 僕は操を膝に抱っこしながらブランコをゆっくりと漕ぐと、操はきゃっきゃっと笑い、昔の思い出を話始めた。


『サイト~。イリア以外を抱っこしちゃダメですぅ』

『イリアちゃん、泣かないでー。お家に帰ったら思う存分、抱っこして貰いましょうー』

 静かな公園でゆっくりと揺れるブランコに乗った僕の中では、拗ねるイリアをサダコがあやしている。とても煩い。




「操、そろそろ、帰ろうか」 

「うん分かった。でも操、燥ぎ過ぎて疲れちゃった。お兄ちゃん負んぶして」

 僕の中の外野の野次が煩いかったので、家に帰ろうとブランコを止めて操に聞く。

 操は快く了承してくれたが、負んぶを要求してきた。

 僕は自分で歩けと突き放そうとも思ったが、さっさと家に帰った方がよいと考え操を負んぶして歩き始める。


『くー。背後霊の憑りつく背中を奪い取るなんて、この子は何を考えてんのよー!』

『大体、サイトは操に甘すぎるのよ』

『甘やかし過ぎですぅ』

 僕の中でサダコが操に悪態を吐いていた。他の奴らも同調して文句を言っている。

 なんで妹や人面疽やエイリアンや背後霊に気使いをしなければならないんだ。今度は僕が心の中で悪態を吐いてしまった。

 

『まあ、まあ。短気は損気じゃ。怒ってばかりいると不幸がやってくるぞよ』

 欠伸をしながら厄病神が僕の頭の中で話しかけてきた。くっ。

 お前が不幸の元凶だろ。そう思いながら、僕は家路を急ぐ。


「お兄ちゃん、あれ、何?」

 不意に、操が前方を指差す。その先の商店街の入り口に黒山の人集りができていた。

 人が多すぎて何の催し物が開催されているのか分からない。


「お兄ちゃん、肩車して」

「了解」

 僕は操に言われるがままにしゃがみこんで頭を低くする。

 すると操は僕の背中をポンッと叩くように手を突き、馬跳びの要領で僕の首を跨いで肩に腰を下ろす。

 僕は操の足を手で支えながら立ち上がって肩車した。


『何じゃ、このアホ娘は!ワラワが宿る御神体を足蹴にするとは罰当たり目が。こんな不届きな奴は肩車から落っことしてしまえ!たんこぶの天罰を与えようぞ』

『いや、それはシャレにならないから。最終的に罰を受けるのは俺になるから』

 妹を肩車すると、厄病神が急に怒りだして喚き立て始めた。

 短気は不幸を招くのではなかったのか。

 俺はこれ以上、不幸にならないように、心の中で厄病神を宥める。


「お肉屋さんが新しく売り出したコロッケを、ローカルTV局のアナウンサーが説明しているわ」

 僕の中での騒ぎを他所に、操が人集りの様子を教えてくれる。

 そう言えば地元の食材を集めた手作りコロッケを商店街の肉屋が作ったって評判になっていたな。

 結構、美味いらしく、毎日、行列ができているそうだ。その取材で人が集まっていたのか。


「お兄ちゃん、今度、お兄ちゃん特製手作りコロッケを作ってよ」

「おう、任せとけ」

 僕は操のお願いを二つ返事で引き受けると商店街を後にし家へと向かった。


『私は手伝わないわよ。作るんだったら左手一本で作りなさいよ』

『イリアも味見を手伝わないですぅ。自分一人で味の調節をするですぅ』

『私もコロッケのレシピ教えない』

『そんなコロッケなんぞ呪ってやる。食べても栄養が身に付かなくなるように呪ってやるのじゃ』

 帰り道の間、僕の中で厄病神達がブツブツとコロッケ作りに対して文句を言っていた。

 でも、厄病神の呪いは女の子の内、九割方の子にとっては有り難いご利益なのかもしれない。食べても太らないって、ことになるから。




 日も暮れて、操ご所望の特製ハンバーグを夕食に食べた後、僕は風呂に入って寛ぐ。

 今日も一日、大騒ぎだったな。僕の右隣りにミキ、僕の目の前にイリアがといった具合に三人でお風呂に浸かっていた。多分、僕の背後にはサダコがいるはずだ。


「まだ、やることがあるぞよ。小娘に足蹴にされ穢れされた、この身体を清めなければならん。禊の儀式を執り行うのじゃ」

 湯船でゆったりとしていた僕の耳の穴から煙と共に厄病神が姿を現し、僕をビシッと指差しながら眉をしかめて禊をすると宣言した。


「さあ、隅々まで洗うわよ。まずはどこから洗って欲しい?」

 ミキが口角を上げて、僕に抱き付きながら体を弄ってくる。


「イリアも洗うですぅ。肌と肌を擦りつけて綺麗に洗うですぅ」

 イリアは背中を僕の腹に擦りつけながら、お尻を揺すっている。


「じゃー、私は背中を洗うねー」

 サダコは僕の背中に大きな胸を押し付けながら、僕を羽交い絞めにするかの如く、首に手を掛けてきた。


「さて、まずはワラワはここを洗うとするか」

 厄病神はニヤリと笑うと、長い舌を伸ばして僕の頬をペロリと舐めた。やっぱり、こいつが一番、化物じみている。




 僕が化物共に甚振られようとした、その時――

「お兄ちゃん今日は有難う。感謝の意を込めて背中を流すよ」

「うわ、入ってくるな」


 バシャッ。

「けほっ、けほっ。いきなり何すんのよ。お風呂のお湯飲んじゃったじゃない」

 操が僕の背中を流すと言いながら風呂場に乱入してきた。

 僕は慌てて操の顔面に向けて湯船のお湯を掛ける。

 勿論、厄病神達が身を隠す時間稼ぎのためだ。

 お湯を掛けられた操はお湯が気管に入ったみたいで咽ている。

 その隙に厄病神達は僕の体の中に退避できた。作戦成功である。


「お兄ちゃん、何、慌ててんのよ」

「み、操こそ、いきなり風呂場に飛び込んでこなくてもいいだろ。風呂くらい独りでゆっくり入らせてくれよ」

 濡れて額にへばりついた前髪をかき分けながら、操が僕を問い詰めてきた。

 僕は風呂くらい独りで入らせろと、取り繕う。


「独りね……女の子との話声がしたのだけれど……」

「僕、独りしかいないだろ」

「……そうだね。お兄ちゃん以外誰もいないよね」

「そうだよ。操の考え過ぎだよ」

 操は辺りをキョロキョロと見廻しながら、女の子の声がしたと、風呂場の中に誰かいないか調べている。

 しかし、厄病神達は既に僕の中に逃げ込んでいるので見つかりっこない。

 操の勘違いだと僕は誤魔化す。


「……操、病気になったのかもしれない。幻聴が聞こえるようになったみたいなの」

「えっ」

 操は今にも泣きそうな顔で僕に病気になったと相談してきた。

 真剣に悩んでいる操の顔を見ると、嘘を吐いて誤魔化していたことに負い目を感じてしまう。


「部屋の外から、お兄ちゃんの様子を伺うために聞き耳立てていると、女の子との話声が聞こえてくるの。お兄ちゃんのこと考え過ぎて、操、精神病になったのかも知れない」

「……」

 聞き耳立てて僕の様子を伺っていたのか。

 最近、タイミングよく操が部屋に突入してくると思っていたんだよ。

 幻聴がどうのこうのと言うよりも、そういうストーカみたいなことをすることが病気だね。

 僕は病気じゃないと励まそうと思ったが、その前にストーカ行為を止めさせるべきだと思った。


「考え過ぎだと言うのは、自分でも分かっている。でもお兄ちゃんが家に他の女の子を連れ込んでいちゃいちゃしているのではないかと思うと、とても不安になるの」

「操、安心しろ。お兄ちゃんは操に隠し事なんてしないよ。もしガールフレンドが出来たら真っ先に操に紹介するから」

 僕が操に隠れてコソコソと女の子を家に引き入れていると疑っていたのか。

 まあ、厄病神達とジャレ合っているのを盗み聞きされたのであれば誤解してしまったのも仕方がない。

 僕は優しく笑いながら、ポンと胸を叩いて操が安心できるようにカールフレンドができたら操に紹介すると説明した。


「そんなんじゃダメ!いつも操の傍にいて。寝ている時も起きている時もお風呂に入っている時もいつも一緒にいて。じゃないとお兄ちゃんを誰かに取られそうで気が狂いそうだよ。誰かに取られるならいっそのこと……」

「ま、待て、操、早まるんじゃない」

 僕の言葉に操は猛剣幕で怒り始めた。そして垢すり用のナイロンタオルを手に取ると、思いつめたように眉間に皺をよせながらも不気味な笑みを浮かべて僕に近づいてきた。

 ヤバい。このままでは殺られてしまう。


『助けてあげようか』

 ミキが僕の中で問い掛ける。ミキ達の力をもってすれば、ゴリラだって倒すことができるだろう。

 しかし、ここは話合いで切り抜けるべきだと、僕はそう思った。


「操。お兄ちゃんの話を良く聞いてくれ。もし、お前が僕の嫁になるというのであれば知っておかねばならないことがあるんだ」

「なに?なに?教えて」

  僕は猫なで声で操を諭すように語りかけると、操は嫁と言う言葉につられて、ニヤニヤしながら教えてとお願いしてきた。


 『ミキ出てこい』

 『了解!』

 僕は心の中でミキに呼びかけると、ミキは元気よく返事をして操の前に姿を現した。

 もう隠し通せないと思った僕はミキ達のことを操に話すことにしたのだった。

 そして、あわよくば操が僕との結婚を諦めてくれれば御の字である。

 こんな妖怪付きと結婚したら、いくら能天気な操だって普通に生活できるとは思えないだろう。


「何?!なんで素っ裸なのよ、イヤらしい!その穢わらしい手を放しなさい!」

 ミキの姿を見た操は驚きのあまり、飛びかかってきた。ミキが僕を盾にするかの如く僕の背に隠れる。

「痛てて。噛みついているのは僕の腕だぞ」

 操は飛びかかった勢いのまま、僕の右腕に噛みつく。

 僕は思わず悲鳴を上げた。ミキが憎いのであればミキに噛みつけばいいのに。


「だって、その女の方に噛みついたら変な病気を移されそうだもの」

 操は僕の腕から離れると、ミキに噛みついたら病気が移ると、ゴミを見るような目で悪態を吐いた。

「ミキは僕の右手にできた人面疽なんだ。だから離れることができない」

「何?お化け?悪霊退散!」

 僕はミキのことを操に打ち明けた。

 怪訝そうな顔の操はオモムロに歯磨き粉を掴むと、僕に中身をぶちまけた。

 清めの塩という物が世の中にあるとはいえ、塩入歯磨き粉でミキを払うことはできないぞ、そう僕は思いながら顔についた歯磨き粉を拭う。


「ミキは色々と手伝ってくれる良いヤツなんだよ。ミキの洋服の裾がホツれた時に縫い直してくれたのはミキなんだから」

「そうなの?」

「そうよ。感謝しなさい」

 ミキが操の洋服を直した話をしながらミキが悪い妖怪ではないことを説明した。

 僕の生体エネルギーを吸い取っているので悪い妖怪とも言えなくはないが、今は共存共栄の関係だと思う。

 それを操は信じられないと言った不審の目でミキに問いかけると、ミキは恩着せがましいしたり顔で頷いた。


「分かったわ。そういうことならお兄ちゃん専属のメイドということで許してあげる。これからは私のことは奥様と呼ぶのよ」

「……」

 すると操はあっさりとミキを信用した。いつもながらチョロい妹だ。

 チョロいついでに自分を奥様と呼ばせるなんて図々しい。

 メイド扱いされたミキは苦笑いしている。何が奥様だと思っているのだろう。


「次、イリア出てこい」

「はいですぅ」

 僕は次にイリアを呼び出し、ニパッと笑ったイリアが僕のお腹から現れた。当然、イリアも素っ裸である。

「何してんのよ!お尻をお兄ちゃんにくっ付けて!」

「ぐはっ!!」

 目の前に現れたイリアに逆上した操は殴り掛かるが、イリアは素早く身を屈め操のパンチが空を切る。

 そしてパンチはそのまま僕のミゾオチへと吸い込まれた。余りの衝撃に息ができない。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫だ。操、良く聞け。イリアはエイリアンで僕の体に寄生している。寄生といっても僕の消化吸収を助けてくれているので、イリアがいないと僕は栄養失調で死んじゃうんだよ」

 操が心配そうに僕に寄り添う。僕はイリアがエイリアンで消化吸収を助けてくれていることを説明した。

「うー。だったらしょうがないわ。乳酸菌のように、ちゃんと消化吸収を手伝うのよ」

「了解ですぅ」

 操は歯ぎしりしながらもイリアを認めざる負えなかった。乳酸菌扱いされたイリアはにっこり笑いながら返事している。


「操、鏡越しに僕を見て」

「何?まだ何かあるの?……お兄ちゃんから離れなさい」

 そして僕は操に鏡越しに僕を見るように言うと、操は怪訝そうに眉を引き攣らせて鏡越しに僕を見る。

 しかし僕の背中に裸で抱き着いているサダコを視認するやいなや、僕の背中に張り手を連発してきた。


「痛い!痛い!そんなことをしても僕が痛いだけでサダコには効かないよ。背後霊なんだから」

「背後霊?」

 堪らず僕は操の張り手に悲鳴を上げながらサダコが背後霊であることを説明すると、操は小首を傾げて張り手を打つのを止めた。


「そうさ。時々、僕の体を乗っ取っては料理をするんだよ」

「私の料理ー、美味しかったでしょー?」

「最近の美味しい手料理はサダコさんの料理だったんだ。これからもよろしくね」

 僕はサダコが料理していたことを操に打ち明けた。

 サダコも幽霊っぽく篭らせた声を風呂場中に響かせつつも料理の自慢をする。

 すると操はサダコの料理の味を思い出して納得したかのようにうんうんと頷くと、ニパッと笑顔でサダコに挨拶をした。やっぱりこの子は色気より食い気だね。


「最後に、厄病神。出てこい」

「誰が厄病神じゃ」

 大取りはやはり疫病神である。

 僕に呼ばれた厄病神は不機嫌そうに姿を現すと、肩車をされているように僕の頭に抱き着きながら肩に腰を下ろす。

「何よ!お兄ちゃんに抱き着くな!」

「☆!&……」

 それを見た操が怒りの形相で回し蹴りを厄病神に入れようとするが、厄病神は僕の頭に片手をつく形で逆立ちして避ける。

 そして目標を失った操の蹴りは僕のコメカミにヒットした。僕の頭の周りに星が回る。

 なんでこうなるの?そう思いながら僕は気を失った。





「お兄ちゃん、朝ご飯だよ。起きて」

 僕は操に揺すられて起こされる。僕は朝食のテーブルにつきながらも寝ていたようだ。

 当然、僕も操もパジャマを着ている。お風呂場の出来事は夢だったのだろうか。


「夢ではないわい。愚か者め」

 テーブルの反対に疫病神が座っている。

 なにやら機嫌が良さそうにほくそ笑んでいる。

 何か良くないことが怒りそうな気がする。だって厄病神だもの。


「お兄ちゃんが倒れた後、皆で話し合ったんだよ」

「そうですぅ」

「結論から言うと、皆で仲良く暮らすことになったのよ。はい、あーん」

 操が僕が倒れた後のことを語りかけてきた。

 可愛らしい子供服を着たイリアも僕の膝の上でニッコリ笑いながら相槌を打つ。

 そして花柄のパジャマを着たミキが話に割り込むように、皆で暮らすことになったと言いながら、朝ご飯のフレンチトーストをフォークで一口大に切って僕に差し出してきた。


 もぐもぐ。うん、美味しい。僕に食べさせた後、ミキは操にフレンチトーストを食べさせる。

 操はミキが差し出したフォークを大口でパクついた。


「美味しいでしょー」

「美味しいよ。特にお兄ちゃんが口を付けたフォークで食べるって、最高だね。ぐふぇふぇ」

 実体を現したサダコがフレンチトーストをしたり顔で自慢すると、操がにやけ顔で頷いた。

 とりあえず、最後の残念な言葉は聞かなかったことにしよう。


「でも、操、本当にいいのか?お化けや厄病神が僕に憑りついているんだぞ」

 僕は頭を手で押さえて溜息を吐きながら、操に念押しした。

 だって、僕には漏れなく化け物や疫病神が付いてくるから。


「違うよ。皆いい人だよ。特に、この神様は願いを叶えてくれる素晴らしい神様だから悪口いっちゃ罰が当たるよ」

「そうじゃ」

「そうー、そうー」

「そうですぅ」

 すると、操は、ムッとした顔で反論してきた。

 厄病神達は操の肩を持って、僕を取り囲んで文句を言う。


「いや、それは間違っているぞ。僕は願いを叶えて貰っていない」

 僕の願いが叶えられるどころか、化物に憑りつかれた悲惨な悲惨な現状を操に説明する。

 操よ。考え直すのなら今のうちだ。


「お主の願いは、操が納得するようなガールフレンドが欲しいだったな」

「ああそうだよ。それはまだ叶えて貰ってないぞ」

 突然、厄病神が横槍を挟んできた。口角を上げて、人を小馬鹿にしたような表情で、ガールフレンドが欲しいかと聞く。

イラッときた僕はぶっきら棒に、早く願いを叶えろと催促した。


「その件は操を彼女にすれば解決じゃ。操自身がガールフレンドであれば、操も納得、大満足じゃ」

「えー!」

 すると、厄病神はしたり顔で、操をガールフレンドにしろと言ってきた。

 なんだよ、そんな出来そこないのトンチ話は。そんなの要らない。

 僕は思わず絶叫してしまった。


「あとね、操のお願いもちゃんと叶えてくれたのよ。しかも出世払いで」

「願いって何だよ」

 僕の動揺をヨソに操がニヤケ顔で願いを叶えて貰ったと自慢してきた。

 操の願い?嫌な予感がする。


「お兄ちゃんと結婚すること」

「サダコー!!」

 僕の問い掛けに、操はニパッと笑いながら結婚届の用紙を見せてきた。

 それには僕の名前の署名と印鑑が押されている。

 バカな!僕は署名なんかしてないぞ。でもこれは僕の字だ。

 ハッと気が付いた僕は後ろを振り返り、サダコを睨む。


「テヘ、ペロー」

 実体を現したサダコがベロを出しておチャラけて誤魔化している。

 やっぱりコイツの仕業か。呆れ果てて、もう、怒る気がしない。


「出世払いの件、忘れる出ないぞ」

「その出世払いとは何だよ。嫌な予感しかしない。保護者としてクーリングオフする」

そんな僕達の遣り取りを見ていた厄病神が満足そうに微笑むと、操に出世払いのことを念をししてきた。

 口角を上げる厄病神の表情から何かよからぬことを企んでいるに違いない。

 僕はその話を反故にしなければならないと直感した。


「変な話じゃないよ。氏子を百人作るんだって。そうすれば神様の神通力が上がってもっと願いを叶えてくれるようになるそうよ。操、がんぱって五つ子を二十回産むから。そうすれば一家で氏子百人を達成できるよ。十六から毎年産めば三十六歳で百人だからね」

「それ絶対、無理だよ。いくら厄病神の力で五つ子を身篭ることが出来たとしても、身体が持たないぞ」

操はサラリと出世払いの条件を口にする。

 何、氏子を百人作るのか?友達でも誘う算段でもしているのだろう、でも今以上、厄病神の力が強くなれば世の中の災いとなるに違いない。

 そうなると邪教集団として排斥されかねない。現状維持がベターだよな。

 そんな不安を胸に操の話を聞いていたのだったが、もっととんでもないこと言い始めた。

 五つ子を二十回産むだと?しかも毎年?絶対に体が持つはずがない。

 俺は慌てて止めさせようとした。


「その時はイリアのツガイを操ちゃんのお腹に移殖するですぅ」

「ツガイ?イリアの子供を誰に寄生させるつもりだ?大問題になるぞ!」

 すると、イリアがニパッと笑いながらツガイを操に寄生させればいいと言い始めた。

 笑顔で言う話の内容じゃないだろ。しかもツガイとはどういうことだ。

 こんな寄生生物が繁殖したら世の中、大混乱になっちゃうよ。


「その点も抜かりはないわ。もうすでにイリアの子供の引受先は決まっているのよ。お兄ちゃんとの間に生まれる子供のうちに、人間に転生したミキとサダコも入っているの。いつまでもお兄ちゃんに憑りついて貰っても困るからね。そして、彼女達はイリアの子供を飼うって言っているのよ」

「エイリアン最強ー。サダコも飼いたいー」

「ねぇ。飼っていいでしょ。最後まで面倒見るから」

 僕の心配を取り越し苦労だと言いたいように、操は立てた人差し指を僕の目の前で揺らしながらチッチッチッと舌を鳴らして、エイリアンの引受先を説明し始めた。

 ミキとサダコが僕達の子供だと?厄病神の神通力で人間に転生させることで、彼女達を払うことができるのか。

 なるほどそれは妙案だ。そして彼女達がエイリアンを引き受けてくれるのか。

 うーん、僕は腕組みをして、本当にミキとサダコが飼いならせるのかどうか思案する。

 すると、ミキとサダコが僕に抱き付きながら、お強請りしてきた。


「ところで、子供百人にエイリアン四匹を、どうやって養うんだよ」

「大丈夫だよ。これだけ御利益のある神様だもの、神社を開けば皆参ってくれるわよ。そこで私が巫女として神社を切盛りから繁盛間違いなしよ」

 冷静になってことの次第を考える。

 子供百人にエイリアン四匹。食費だけでも大変なことになるぞ。

 僕はそう思って操に計画の破綻を指摘したが、操はニッコリと笑って、厄病神の神社を創建すると言い始めた。全く持って能天気な妹だ。


「そうか、操は神社の神職をやってくれるのか?」

「そうよ。お兄ちゃんは安心して、神様の宿る御神体として何もせずに座っていていればいのよ」

「じゃあ、神職に就くためには神道系の大学を卒業しなきゃいけないな。今日から猛勉強だぞ。そして大学卒業まで氏子作りは禁止ということで」

 僕は念押しするように操に神社の神職になるのかと、問い掛けると、何も問題がないかのようにニパッと笑いながら頷いた。

 僕はそんな甘っちょろい操の考えに同調しながらも、神道系の大学を卒業する必要があることを説明する。ついでに氏子作りも無期限延期にすることとした。


「えーっ!!」

「案ずるでない。この幸運の女神がついておるのじゃ。学業成就など容易いことぞ」

「そうだね。よーし、操、頑張るぞー!それじゃ、ちょっと早いけど学校に行って予習をします。帰ってから、分からなかったところ、教えてね」

「おう、頑張れな」

「行ってらっしゃいー」

「気を付けてるのじゃぞ」

 勉強なんてできないよって、泣きそうな顔をする操を、幸運の女神を自称する厄病神が励ます。

 すると単純な操は急にやる気を出したようで、天に拳を突き上げた。

 そして自分の部屋へ駆けむやいなや素早く制服に着替え、学校へ駆けて行く。

 何かと三日坊主で堪え性の無い操だったが、この度は長続きしそうな気がした。

 なにせやると決めたら非情なまでにとことんまでやる厄病神がついているのだから。


 そんな操の後姿を見ながら、僕は神職になれなくとも頑張って人並に高校ぐらい卒業できたら嫁にしてやらねばかわいそうだなとに思った。


「でも、高校入試失敗したらしたで、可哀想だからって嫁にしてあげるんでしょ」

 僕の心の中の思いを覗き見したミキが、操を甘やかしていると言いたげにニヤケ笑いを浮かべて僕をからかってきた。

 結局のところ、操は専業主婦として僕に寄生することになるだろう。

 全ては操の計画通りになりそうだ。

 負けた。敗北を認めよう。

 しかし、それよりも重要なことがある。しかるべき時になれば操には母親になってもらわねばならないことだ。


「いずれにせよ、お前らを厄介払いするためには、操に元気な子を産んでもらわないといけないからな」

「うふふ、じゃあ、今日からお父さんと呼ば差せてもらうね」

「お父さんー」

「でも転生したら寄生禁止だからな。ニートはさせないぞ。ちゃんと学校へ行って社会に出て働けよ」

 ミキとサダコがお父さんと甘えてくる。

 しかし僕は甘やかさないと心に決めている。厳父なのだ。スパルタ教育だよ。

 ちゃんと学校に行って社会に出て働くのだぞ。


「えー!転生やめようかな」

「このままでいいかもー」

「イリアは、もう少しサイトに寄生してたいですぅ」

「ワラワも立派な社が建つまでは、ここから出て行くつもりはないぞよ?」

「分かったよ。居たいのならもう少し居ていいぞ」

 するとミキとサダコは転生を尻ごみしたのか 苦笑いで誤魔化そうとしている。

 イリアと厄病神は出て行く気が更々ないようだ。

 しかし、イリアと厄病神を無理やり追い出した場合、虎を野に放ったような混沌とした世紀末になりそうなので、もう少し住まわせてやることにする。

 僕の目の届くところで見張ってないと心配だ。


 昨日から色々とあったが、身体的に化物達に寄生されて、精神的に操に寄生される生活からは、当分、抜け出せないようだ。


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