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正常な世界にて  作者: やまさん(発達障害者)
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【第50章】

 高山さんは勢いに任せ、突撃してはこなかった。

 彼女は私と坂本君の手前十メートルから減速し、数メートルの位置で立ち止まる。そして、バタフライナイフの刃先を突きつけ、私たちを睨んだまま動じない。

 私と坂本君も動じず、それぞれ武器を構え、彼女と対峙する。私は弾ありピストルで、彼は弾なし自動小銃。私は彼女の首元へ狙いをつけている。

 彼は長い銃をこん棒のように構え、黒い台尻を彼女へ向けていた。重たく慣れない構え方ながら、ハンドガードをしっかり握りしめる彼。

 数でも武器でもこっちが有利だけど、ちっともそう思えない。不利なはずの彼女が示す態度は、まるで同等であるかのよう。きっと、私が撃ち損なう瞬間を、今か今かと伺ってる。

 引き金にかけた指が、気づけば微かに震えていた。濡れてるからじゃなく、殺すか殺されるかの瀬戸際に、あらためて立たされているせいだ。……何度も経験してるのに。



 数分経った頃、非常ベルが突然鳴り止む。自動なのか伊藤が止めたのかはわからない。

 ただ、スプリンクラーの雨は止まず、私たちを今も濡らし続けている。ここで勝利しても、後で風邪を引きそう。

 ……おまけに、火事に巻きこまれる危険まで察せた。坂本君が砂糖爆弾を爆発させたおかげで、ホームのどこかでボヤが起きたらしい。素人考えだけど、電気火災だと思う。電光掲示板の残骸が発したような激しいショートが起こり、燃えやすい紙片か何かが燃え始めたんだ。薄く透き通る灰色の煙が、天井を濁らせ始めている。スプリンクラーですべて消火されるならいいけど、勢いよく燃え広がったり、一酸化炭素が充満したらオシマイ……。

「ああ、コゲ臭い」

衝動的に大活躍してくれた彼が、勝手に毒づく。

「スプリンクラーで大丈夫」

私は彼に言った。不安はあるけど、背中を見せて逃げるわけにいかない。勝負に早く動きたいけど、手足は拒否しているよう。

「近くでアイツを見れば、臭いのを忘れられるかも」

彼の視線は、彼女の胸へじっと向けられていた。急所の心臓を狙ってるわけじゃなく、文字通り胸へだ……。


 スプリンクラーの水を全身に浴び、高山さんの着る白のカッターシャツは半透明に化していた。ここまで言えば、男女関係なくわかるね?

 ……そう、シャツ下のブラが思い切り見えている。輪郭だけじゃなく、クリーム色とハッキリわかる。露出度の高いブラじゃないけど、彼女の大きな胸はとても目立つ。偶然とはいえ、Bカップの私への当てつけに思えた。

 お色気で男を油断させる展開は、お決まりかつ使い古されたモノ。時には女性差別と批判される類の……。彼女が故意にそうしたのかを、わざわざ尋ねる気は湧かない。

「ヒュー!」

口笛を鳴らす坂本君。ああ、緊張感ないね。

 心の中で呆れながら、私は彼を一瞬睨みつける。油断大敵だと、視線で伝えたつもり。

 高校で人伝に聞いた話だと、高山さんの胸はFカップとのこと。彼女の巨乳に「なるほどなるほど」と、当時は羨ましく思い、嫉妬もした。立派な「格差」だとね……。

 外見を重視する男性への嫌悪感もある。現在進行形で坂本君が、彼女の胸へ視線を向ける今が特にそう。……まあ、私の視線も自然と、彼女のご立派なお胸へ向いてしまう。

「ふざけないで!」

それでも、彼へ悪態をつかずにいられなかった。「命を守る行動を取れ」が最優先の状況に、私たちは今もいるんだから。極論だけど、彼女を殺した後でも、見るセクシーは堪能できるはず。私が両胸に銃弾を撃ちこめば、話は別だけどね。

「ヤダなあ、誤解だよ」

釈明する彼。どういう誤解なのか問い質したいけど、それも彼女を殺した後でもできること。


 誤解を解きたいのか、膠着状態にしびれを切らしたからか、坂本君は直後に動き出す。彼は自動小銃の台尻を、高山さんへ向けたまま進む。ナイフの刃先を数センチ突き出し、牽制する彼女。

 彼は間合いに入る直前、台尻の狙いをナイフに定める。そして、勢いに身を任せ、思い切り突き出した。彼女からナイフを手放せたいらしい。

「うっ」

台尻の先がナイフの刃に当たり、高山さんは呻く。しかし、右手首を痛めながらも、ナイフは握りしめたまま。彼と再び間合いを取ろうと、彼女はナイフを左右に振りながら退き始める。

 薬の効果が薄まってきたのか、ベンチで死にかけてた状態へ戻りつつある彼女。トンネルへ逃げずに対峙したことを悔やんでそう。

 逃がすもんか! 情けから殺さない展開になったとしても、五体満足の自由な身には絶対させない!

 恐怖を怒りで押し殺しながら、私は歩み寄っていく。銃口の狙いがぶれないよう意識しつつ。


 幸運にも、彼女は逃げなかった。三メートルほど退き、また身構えている。……ただ、小刻みに震えるナイフはごまかせない。

「これ、さっきの、お返し!」

坂本君は三拍子でそう言うと、台尻で再び突きを繰り出す。今度は顔面目がけた、危険な賭けに。

 ……惜しくも、黒光る台尻は逸れていく。彼女がギリギリで頭部を右へ傾けたのだ。自動小銃を逆に構えた坂本君は、前のめりに倒れかけた。すぐ隣りには、姿勢を素早く戻した高山さん。

「わざとだろうけど、正しい日本語使おうね?」

彼女はサラッと言うと、彼の股間へ左ひざを命中させる。男子同士の悪ふざけ程度じゃなく、本気の金的キックを彼女を披露した……。大きく身震いし、両手で股間を押さえつける彼。

 マンガのような見事な蹴り方だった。もし高校に女子サッカー部があったら、彼女は試しに入部してたかも。カッコいい足の動きだった。

 ……いやいや、感心しちゃダメだ。ホント無邪気なもんだ私は。


 男の急所をキックされた坂本君は、数秒間ほど身悶えた後、よろめきながら戻ってきた。そして、私の足元で尻もちをつき、股間を必死にいたわる彼。視線で介抱を願ってるけど、私は視線を彼と高山さんへ交互に向けるので精一杯だ。ホントに悪いけど。

 女性であり高校生の身である私には、男性が金的キックを喰らった際の痛みは理解できない。未経験だけど、出産の苦しみと同じぐらい?

 ここで私は、「女性にも男性にもツライ事はある」と理解できた。単純な話じゃないと、社会から指摘されるかもだけど。

「ココにも、ベルトを、付けとく、付けとくべきだった……」

よほどの激痛に悶え苦しみながら、後悔の言葉を述べる彼。命に別状はなさそうだ。

「種無しになってたら、誠にごめんなさい」

高山さんがそう言ったが、本気の謝罪じゃないのは明白だ。それに私に謝られても困る。

「もうそこに宿ってるなら問題ないけど」

彼女は続けてそう言った。口元には笑みが見える。

 ……ああそういう意味か。リセット以前の社会なら、間違いなくセクハラ発言だ。同性同士では該当するか知らないけど、抗議の声をあげられる状況ではない。

「はあ? 宿ってないかないよ! 変なこと言わないで!」

しかし、負けじと言い返すことはできる。私が今できることだ。

「シェックス、レシュ、というやつ、さ」

坂本君が苦しみながら喋った。彼に発言や体は許してない。

「そもそも、こんな世の中で子育てできると思う? リセットが無くても、少子化高齢化が進んでたぐらいだよ?」

自分自身の発言に夢中になりつつある私。まずい、スキが生まれちゃう。

「大丈夫! リセットで解決できるはずよ!」

私が調子に乗せたのか、高山さんの口が回り始める。

「それぞれが頑張って取り組めば、どんな問題だって解決できる!」

聞こえのいい言葉だ。本音は「自分ができたんだから、お前もできるはず! さあやれ!」という具合に決まってる。

「……避難所を救おうとしたり、若水さんを殺した男に仕返しした件は、すごいし偉いと思う」

声のトーンを落とし、話を逸らす私。彼女の熱弁は時間稼ぎになるけど、明らかに引っかかるんだ。今日のような厄日は特に。

「当然の行動だよ! 新しい日本や世界を構築するために、必要な人間は生かし、不要な人間は殺しただけ!」

高山さんはそう言った。トーンを沸騰させ、自信満々の口調で声高に。私の全身に鳥肌が一気に立ち、一瞬めまいも。

 彼女は声だけじゃなく、表情までバカみたいに興奮させている……。かつての高山さんは、絶対もうそこにいない。


 ああもう、ようやくまた理解できた。私が今できるのは、彼女にツラく当たること……。

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