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正常な世界にて  作者: やまさん(発達障害者)
45/52

【第45章】

「いつもの癖?」

坂本君に言われ、我に返る私。右手を見ると、マナカ(名古屋のカード式乗車券)が握られていた。

 考えこみ、過集中入りした私は、無意識に財布からマナカを取り出し、改札を通過していた。定期券内かつ福祉乗車券付きのため、改札機のバーは何事もなく開かれたのだ。坂本君は散弾銃を手にしたまま、ハードルのようにバーを飛び越えたらしい。

 つい数日前までの日常を思い出しながら、私はマナカを財布にしまう。そして、財布をスカートの左ポケットにしまう際、署長のノートに一度引っかかった。ふと見ると、スカートのポケットは左右ともパンパンに膨らんでいる。左ポケットはピストルで、右ポケットには防犯ブザーが入ったまま。

 見っともない着こなしだけど、今考えるべき事からすれば、本当にささいな問題だ。


 今一番に考える事柄は、今後起こりうる不安要素についてだ。

 高山さんは単独行動だったけど、あのスナイパー少女はまだ生きているはず。ケガが治り次第、私たちへの攻撃を再開するだろう。ボスの高山さんを殺せば解決するとは限らない。別の人間がボスになり、再び襲撃されることが考えられる。備えはまだまだ重要だ。

 ただ、それを防ぐために、強力なメッセージを示すことも重要といえる。襲撃だけじゃなく、舐めた気すらも起こさせないように。

 なにしろ、敵は高山さんたちだけじゃない。私の高校みたく、暴徒に火を放たれる事態もありえる。

 悪くいえば、周りに怖がられようというわけ。……寂しい話だけど、割り切らなきゃいけない。

「ピストル落としてったよ。……けど、弾切れみたい」

高山さんのピストルを私に見せる坂本君。彼はもう一度弾切れを確認すると、ズボンの尻部分へ雑に差しこむ。

「手当てをミスったのか、アイツ?」

彼の視線の先に、滴った血痕が見える。一メートルに数滴の間隔で、地下鉄駅のプラットホームへ伸びていた。天井には「東山線 名古屋・栄方面」の吊り看板が、薄ら白く灯る。

 ケガして逃げたとはいえ、高山さんが他の銃や罠を用意していないと限らない。血が示す道のりなんて、使い古された危険の象徴だからね。幸い、私も坂本君もバカじゃない。

 頼みの撃てる銃は、私のピストルと坂本君の散弾銃だけ。しかも散弾銃の弾に予備はなく、こめられた一発のみ。彼は今にも、引き金を引きそうだ。狙いを定めることなく……。

「壁際を通りなよ」

銃の交換を頼もうかと思ったとき、彼は壁沿いに進む最中だった。散弾銃の長い銃身の先端が、タイル床をコツコツ鳴らす。おまけに、背負う弾切れ自動小銃が、レンガ壁まで鳴らしていく。

 例のピンポン音のセンサーを避けるためだけど、これでは無意味だ。高山さんの聴力が、亡きガンガールほどじゃないのを願う。

「ああクソッ。背中のは置いてくるべきだった」

独り言まで垂れる始末……。



 高山さんの残した赤い道筋は、地下鉄のプラットホームに下りる階段へ続く。血痕の滴り具合から、一歩ずつ階段を慎重に下りたことがわかる。顔を歪めながら下りる高山さんを思い浮かべたけど、湧くのは憐れみだけ。

「一人でその、よく下りれたよね」

蛍光灯が冷たく灯る階段の下に、彼女の姿はなく、血痕らしき汚れが見える。直感として、人の気配は御一人様。

 彼女一人の力で、世界がこうなったわけじゃないけど、同情などしない。先に暴力を振るったのは高山さん側だし、例のクリスマスパーティ頃から彼女は危険人物だった。「かつての」という言い方は尚早だけど、もはやそんな友達かつクラスメートに過ぎない。

「まあ、駅員が助けたように見えないもんね」

坂本君はそう言うと、階段を一段ずつ慎重に下りていく。散弾銃を構え、高山さんが見えた途端、撃つ覚悟が伺える。その覚悟は私にもあり、自然と後に続いていた。


 ただ坂本君の、警戒しながらゆっくりした足取りは、軽いものへすぐさま変わる。高山さんを逃がさず、安らぎを早く得たい心情が、彼本来の衝動性に発破をかけるのだ。……気づけば、私自身もそんな調子で、ありえる光景を連想できた。

 聞き耳を立て、仰向けに寝転がり、予備の銃を構える高山さんの姿。もしくは、期待の罠を見守る姿。安っぽくも笑えない光景が、たぶんそこに……。

「コレ使ってみるね」

私はそう言うなり、ポケットから防犯ブザーを取り出した。そして、坂本君が何か言う前に、それを階段の下へ放り落とす。焦りからのとっさの行動だけど、ピンはちゃんと抜けた。

 ポカンと見返る坂本君の脇を、小さな機械は飛び、耳障りな高音を立て始める。階段の下に落ち、死角へ消えた後も音は止まない。

 高山さんが警戒中なら、防犯ブザーを黙らせるか遠くへ投げ捨てるだろう。ケガした身には、なおさら応える騒音だからね。

 人の気配は今も感じるので、プラットホームに誰かいるのは確かだ。高山さんの仲間だとすれば、ブザーをなんとかするはずで、彼女だとすれば、その余裕がないほどの状態……。

「完全にバレたよ」

坂本君は苦々しく言うと、階段を再び下り始める。思い出したように慎重にね。

 今のがきっかけで、彼や私の足取りが早まることはなかった。小さな事だけど、死んだあの子たちに感謝しなきゃいけない。



 プラットホームに着いた途端、例のピンポン音が防犯ブザーよりも活きた音色を奏でたけど、その時の私にはノイズに過ぎなかった。坂本君も同様らしく、銃口を斜め下へ向けたほど。

 ……ホームで鳴り続ける防犯ブザーの数メートル先で、ベンチに腰かける高山さんがいた。角度的に右腕はあまり見えないけど、武器じゃなく自分の右横腹を掴み、出血を抑える最中だ。シャツの左半身へ描かれた、赤く派手なグラデーション。

 左腕は太ももにだらんと置かれ、包帯や空容器やらが足元に散らばっている。十メートルぐらい離れたここからでも、彼女が独り無様だと把握できてしまう。

 世界がこんな有り様じゃなければ、酔っ払いのステレオタイプともいえた。ポリコレ対策として、中年男性じゃなく若い女性を起用しました的な。

 さておき高山さんは、昼寝中でも死にそうな状態に陥っている。「起きたら死んでた! まあどうしよう!」という具合にね。

 だけど、彼女の近づく私たちの足取りはゆっくりで、早まることはなかった。死に体の彼女を助ける気が湧かない……。


 残念か残念じゃないのか、高山さんは意識を保っている。彼女は私が防犯ブザーを止めた直後から、私たちをじっと見つめている。置かれた状態からすれば健気だね。

「ああっ、いったい、何を、やってる?」

彼女は座ったまま言った。強気らしいけど、去るクリスマスパーティ頃からすれば、彼女の口調には弱々しさが目立つ。

 ベンチに近づく際、無意識に壁際へ目をやると、排水溝を流れる水が赤色に薄く染まっていた。

 どうやら伊藤は、想定外の活躍を披露してくれたらしい。そう思うと同時に、私は悔しさや焦りを湧かせた。

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