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正常な世界にて  作者: やまさん(発達障害者)
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【第4章】

 意味不明な悪夢を見た。しかも後味の悪い内容だ。起きるとグルグルした不快感を覚え、体を重く感じた。それらがようやく収まったとき、眼前に広がる現実を間違いなく認識できた。

 見慣れない天井に、違和感のある枕。寝心地の酔いベッド。

「やっと起きれたね」

早くも聞き慣れつつある、坂本君の声だ。

「大丈夫そう?」

彼が言葉を続けた。私はベッドで仰向けに寝ていた。ここは保健室で、彼と高山さんが左側に座っている。ああ、余計な迷惑をかけてしまった。

「まあまあ大丈夫」

曖昧だが正直にそう答えた。ギリギリ倒れずに帰宅できそうだ。

「あんなザマはサプライズだったもんね」

「死体を見慣れた人なんて、日本じゃ僅かだろうし無理ないよ」

坂本君と高山さんが言った。校内で気絶してしまった私を、なんとか励ましたいらしい。とはいえ、恥ずかしさは不思議と湧いていない。


「飲む? 冷たいからチンしてあげようか?」

高山さんがペットボトルの麦茶をかざす。彼女は普段の爽やかな表情で、さっきの不気味な笑みは消えている。

「あ、ありがとう。そのまま飲むからいいよ」

それでも私の記憶には、あの不気味な笑顔が印象づけられている。今後も何度か、フラッシュバックに悩まされると確信した。

 高山さんと坂本君は、私がお茶をゴクゴクと飲むのを見るなり、明らかに一安心した。

「変な夢を見てたでしょ?」

坂本君がニヤニヤしながら言った。

「えっ? えっと?」

突然の問いかけに、私は焦る。寝言を喋り、酷い寝顔を晒していたのか……。

「あまり聞き取れなかったけど、寝言がねえ」

彼はそう言うなり吹き出す。高山さんは笑いを堪えていた。ああ最悪!

 パニックになりそうなぐらい、私は恥ずかしさで一杯だ。つい勢い余り、枕で坂本君を叩いてしまった。

「ゴメンゴメン」

まだ軽く笑いながら、彼は平謝りする。

「イチャイチャしてるとこ悪いんだけど、話してもいい?」

高山さんが冷やかしてきた。


「木橋君は病院で死亡が確認されたよ。まあ素人目にも一目瞭然だったけど」

高山さんが話し始めた。落ち着いた口調かつ表情だけど、ついあのときの彼女を思い出してしまう。きっとアレは、精神病質による症状なんだろうと、自分をそう納得させた。

「私と坂本君、近くにいた子は先生から聞き取りされたよ。……私は、何もしていませんと答えた」

高山さんがそう言うと、坂本君は「ボクも」と言った。

「可哀想だけど、不幸な事故と思うしかないよ」

彼はそう言葉を続けた。

「森村さんが聞き取りされるとしたら、明日だと思う。今日はもう遅いし、気絶した人間に聞くなんて不味いからね」

彼女はそう言った。はあ、聞き取りか。明日が億劫だ。


 ふと、窓へ視線を移す。ここ一ヶ月で一番鮮やかな夕焼け空だ。間違いなくそう。

 午後の授業を休む形で、保健室でずっと寝ていたらしい。

「授業のことなら心配しないで。ボクに任せてよ! 一字一句手取り足取り教えてあげるよ!」

「お断りします!」

坂本君の下心丸出しの申し出を瞬殺してやった。こんなセリフで、何人の女子の心を乱したことやら。ノートは無論、高山さんに写させてもらう。



 帰路につく私たち。グラウンドのあちらこちらで、複数の運動部が練習していた。輝く夕陽が、彼らの首元を薄いオレンジ色に染め上げている。

「そういえば、サッカー部は休みなの?」

「ウウン、森村さんのために休んだよ!」

「ええっ、それはありがとう」

驚きながらも嬉しくなった私。

「本当はサボりたかっただけじゃないの? 森村さんにイイ顔できるし一石二鳥じゃない?」

高山さんがにやけながら言う。坂本君は首を激しく横に振るが、目元が笑っていた。


 そして、普段より遅い地下鉄に乗る私たち。降りる駅はバラバラだけど、束の間の雑談タイムだ。帰宅ラッシュの時間帯で、私たち三人は吊り革で立つしかないけど、全然構わない。

「ねえ、今度の日曜日は空いてる?」

高山さんが私と坂本君に尋ねてきた。

「空いてるけど」

「ああゴメン、ゲームす」

「良かった! 二人とも大丈夫で!」

坂本君の拒否をスルーする形で、高山さんが言った……。ため息をつき諦める坂本君。ゲームなんていつでもできるからね。

「映画?」

私は尋ねつつ、何が上映中かを思い出そうとする。

「ううん。映画館ではなくて、東山公園へ行こう。少し暑くなるそうだけど、名古屋市内だから行きやすいでしょ」

東山動植物園ね。あそこは遊園地的な要素もあるけど、今風の華やかさはない。けど久しぶりだし、この二人と行くのは全然悪くない。

「ウン、いいな。あそこはコレを使えば、無料で入れるし」

坂本君はそう言うなり、ズボンのポケットから障害者手帳を取り出す。へえ、無料か。

 とはいえ、私はまだ持っていない。元々安い入場料だけど、自分だけ払うのは心地良いものじゃないね。

「森村さんも無料になるから大丈夫だよ。付き添いとして二人まで無料になるから」

高山さんが教えてくれた。それなら損せずに済むね!

「へー、それは知らなかった。それを使って、ナンパしてみようかな? 『ねえ、ボクの介護士になってくれない?』という感じでさ!」

「お昼ごはんは、私が用意していくから心配しないで!」

「ありがとう! 楽しみにするね!」

電車内で周囲の目があるというのにも関わらず、ヤバい発言をする坂本君を、私たちは全力でスルーした……。


 友達と遊びに出かけるなんて、中学最初以来だから、私の心は早くも高揚感で一杯だ! どんな括りでも、友達や仲間を持つというのは大事なことと思えた。




 嬉しいことに、日曜日は朝から快晴だった。典型的な梅雨の晴れ間だ。暑さはさておき、行楽日和だ。クラスメートが死んだばかりで不謹慎かもだけど、今日一日楽しもう!

「おっと、財布を忘れるところだった」

自室を出た直後、忘れ物に気づく私。薬のおかげか、忘れ物をしても気づきやすくなった。医者に診てもらうまで、駅に着いてから気づくというパターンが多かったのだ。

 ただそれでも、家を出た時刻はギリギリとなってしまう。いつも通り、遅刻寸前の流れを辿るだろう。薬の量が増えれば、これもマシになるのかな?



 ――待ち合わせの東山公園駅の東側改札所に、高山さんが立っている。腕時計を見ると、やはりギリギリセーフだ。間に合ったとはえ、遅刻寸前には違いない。

「待たせてごめん!」

「いいよいいよ。……坂本君は遅刻らしいね」

坂本君はまだ来ていないらしい。彼もADHDだけど、私よりも重症なのかも。

「坂本君のツイッターから、もう家を出ているのはわかったけど、スマホにつながらないんだよね」

暇潰しおよび話のネタ集めに、彼の呟きを読んでみたくなった。リア充臭でプンプンな内容だろうな。

「混んでいるから、私たちに気づかず通り過ぎちゃったのかも」

私はそう言った。今日は行楽日和なので、東山動植物園へ向かう人々で駅はかなり混雑していた。坂本君が私たちに気づかず通過してしまった可能性はありえる。

「三十分ぐらい前からここにいるけど、それは無いと思うよ。でも、もしかしたらということがあるし、先に行っちゃおうか。入口が混むとウザいし」

行列に並ぶのは大嫌いだし、障害者手帳を使うところを周りに見られたくないため、そのほうが有難い。

「ちょっと待って~!!」

私と高山さんが、そこを後にしかけたとき、坂本君がようやく来た。スマホを握る右手を激しく振っている。

「ゴメンゴメン! 乗り過ごしちゃってさ!」

きっとスマホに夢中で気づかなかったんだろう。私もよくするミスだから、彼を責められはしない。

「遅れてきたのだから、アイス奢ってよ?」

抜け目の無い高山さんだ。節約のためにも、遅刻しないよう気をつけなくちゃ……。



 チケット売り場の係員の表情が気になりながらも、私たちは無料で東山動植園に入ることができた。負い目を和らげるため、百円玉を寄付箱へ放りこんだ。名古屋の貴重な観光名所だし、潰れては元も子もない。


 広いだけの植物園や古ぼけた遊園地は別として、動物園は混み合っていた。快晴の休日だけある混雑だ。動物園の長所は、多少混んでいても、人気動物を除き、客の回転率が比較的高いというところ。ただ、匂いと寒暖がキツイという短所はあるけどね。

 最近の人気者はイケメンゴリラ「シャバーニ」で、その飼育場周辺が特に混雑していた。とりあえず、そこは後回しにして、他を見て回る。けっこう広いから、時間を有効活用しなくちゃね。


 日当たりの悪い飼育場にいるヒグマは、窓際をひたすらウロウロしていた。飽きもせずにずっとだ。でも私も時々、家中をああしてウロウロしてしまう癖がある。たいていは考え事に夢中でね。

「こんなクマでも、銃さえあればボクでも倒せるよ! あっ、意味深じゃない銃のほうね!」

坂本君が何か言ったけど、構わずにスルーした。

 ニホンザルの飼育場では、大勢のサルが思い思いに過ごしていた。駆け回るサルもいれば、毛づくろいしてもらうサルもいる。多忙で余裕のない日本人からすれば、呑気この上ない。

「去年の今頃だったかな? そのとき付き合っていた女の子のすっぴん顔にそっくりだよ、ここのサル」

ヘラヘラと喋る坂本君を、さっきのヒグマの飼育場に放り込んでやりたくなった……。



 お昼どき。天気の良い日曜日なので、食べる場所を確保するのに苦労した。しばらく歩き回り、空いたばかりの四人掛けに腰を下ろせた。周りは家族連れや、私たちのようなグループで一杯だ。幸い、顔見知りはいない。

 昼食は高山さんが持ってきてくれたお弁当だ。坂本君の分も用意されている。そして中身は、お握りに数種類のおかず!

「わあ! おいしそう!」

無邪気な子供のような声を上げる坂本君。このときだけは可愛く感じた。

「でも、精神病質の高山さんが作ったから、こっそり猛毒が入っていたりして」

……前言撤回する。もはや失言癖があるとしか思えないね。

「失礼ね! そんなことを言うなら、食べないでよ。ペンギンの飼育場に落ちている生魚でも食べていなさい」

本気ではないけど怒ってみせる高山さん。

「冗談だよ! 冗談!」

ヘラヘラと笑いながら釈明する坂本君だった。こんな調子の男と付き合う女が、なぜ世にいるのか不思議だ。


 高山さんの料理の腕前は、一流そのものだった。彼女のような美少女でよくある話としては、料理下手という設定が多いけどね。この分だと、他の家事も手馴れているに違いない……。才色兼備の上、主婦業も堪能な高山さんに、私が勝てる要素は何かあるだろうか? 考え始めた途端に悲しくなる……。いや、あまり深く考えるのはやめておこう。

「おお、うまい! うまいよ、高山さん!」

口をモグモグさせながら、坂本君が褒めちぎる。グルメリポーターのようにうるさい口調だ。

「ボクは肉料理が大好きなんだ!」

坂本君はそう主張しながら、肉団子や唐揚げをどんどん食べてしまう……。みんなの分を考えてほしい。

「高山さん? すごく美味しい肉だけどさ、まさか猫の肉とかじゃないよね?」

口いっぱいに頬張りながら、失礼な質問を飛ばす坂本君……。もし変な肉だったら、一気に吐き出すつもりかな?

「正真正銘の牛肉だよ。坂本君も発達障害者なのに、何か偏見を持っているの?」

「ごめんごめん! でも、『発達障害は狩猟民族の名残』という一説があるから、猫ぐらい狩ってもおかしい話じゃないと思わないか?」

「狩猟民族って言葉、現代ではいい印象を持たれていないけどね」

「だけど、動物を狩るのはダメで、植物を刈るならいいというのは、なんか変じゃん?」

「それが人間のエゴというやつだよ」

高山さんがそう言うと、話に一区切りがついたようだ。この話に入れなかった私は安堵する。

「い、今のところ、コアラが一番可愛かったね!」

理解不能な話がまた始まる前に、話題を移さなくては。

「なかなか立派な飼育場だったな。空調とかすごそう」

「新しい建物で浮いているから、そう感じるだけよ。もう何年か経てば、周囲と同化するわ」

建物じゃなくて動物の話をしてよ……。

 こうして、昼食タイムは過ぎ去った。話のズレはあるけど、楽しいひとときにはなったね。



 昼食後は、まだ見ていない飼育場を見て回ることにした。まだ昼食の時間帯であることを活かし、混み合いそうな場所を優先するのだ。そのおかげで、イケメンゴリラの面構えをゆったり眺めることができた。

「あのゴリラ、ボスだから幸せそうだな。たぶん、いろんなメスと遊び放題だろ」

変な羨ましさを感じている坂本君……。

「人間だけじゃなくて、他の動物も、ああいうふうに理想の世界を持ちたがるものなのよね。つまり、あのゴリラはそれを実現できたということ」

「実現できなかったら負け?」

彼女の話に合わせることにした私。

「それはそうよ! 絶対負けたくない!」

「じゃあ、高山さんにとって理想の世界はどんなの?」

私がそう尋ねると、高山さんは十秒ほど考えこんだ。

「そりゃあ、私や森村さんのような障害者が幸せに暮らせる世界だよ。簡単な話じゃないのは、わかってるけどね」

「ああ、私もそうなってほしい」

本心からそう言った私。これからも彼女と話が合うといいな。


「ああ、飼いたいなー! ハリネズミ!」

窓ガラスに顔を押し付けるようにして、坂本君はハリネズミを見つめていた。

「坂本君は、もうペットは飼わないほうがいいと思うよ。小学生のとき、女の子から預かったハムスターを死なせちゃったんでしょ?」

畜生なエピソードだ……。あくまでも予想だけど、飼い主の女の子には、キスかデートで許してもらったに違いない。

 とはいうものの、私も人のことを言える立場ではない。私の場合は、動物ではなく植物だが、アサガオとかを育てる度に、水やりをうっかり忘れて、枯らしてしまうのだ……。悲しい話だけど、私と坂本君は、何かを育てることはしないほうがいいのかもしれない……。

 私と坂本君が持っているADHDは、やるべきことをつい忘れてしまいがちなのだ。その結果、雑用が多い日直などを任されると、毎回のように、失敗をしてしまう……。

 もちろん、努力していないわけではない。だけど、しばらくは薬の効能に期待するしかないね……。



 ――閉園まであと一時間という頃、ついに動物を見終えられた。西の空はもう、オレンジ色に染まり切っている。美しい夕焼け空もあり、満足感を覚える私。

 私たちは出入口のゲートへのんびり歩く。今日はホントに歩いたものだけど、疲れは重く感じない。

「ふぅ、疲れたー」

額の汗を拭い、そう言い漏らす坂本君。まだ七月にもなっていないのに、確かに真夏が来たような気はする。

「この後はどうする? カラオケでも行く?」

さすがに体力の限界だ。高山さんは遊び慣れているから、あまり疲れていないのかな?

「歌う力なんて、もう残っていないよ~」

「それもそうだね」

幸い、坂本君がうまく返事してくれたので、カラオケの話はお流れになった。

「じゃあ、駅で解散ということで」

「明日は学校か~。足の筋肉痛で休むかも」

「私も……」

久しぶりにたくさん歩き回ったせいで、確かに数日は筋肉痛で苦しみそうなんだよね……。

「そんなこと言わない! ADHDなんだから、いつもアクティブでいないと!」

変なことを言い出した高山さんだった……。とはいえ、登校ぐらいはしないとね。ADHD&筋肉痛のせいで、授業に全然集中できないだろうけど……。


「ところで帰りがけにアレだけど、木橋君の件ね」

高山さんは真面目な顔に豹変すると、そう言い出した……。

「なんだよ。楽しい思い出のクライマックスというときに」

嫌なことを思い出してしまったという感じの坂本君。

「ごめんなさいね。でも、今話しておいたほうがいいと思うから」

彼女はそう釈明すると、周囲をチラリと見回す。

「明日ぐらいに、警察が学校に来て、木橋君の件を聞いてくると思う。だけど、見殺しにしましたなんて、絶対に言っちゃダメよ」

「……おっ、口裏合わせ?」

坂本君が苦笑いを浮かべながら言った。

「悪く言えばその通りだけど、みんなのためだよ? みんながこのまま過ごすためのね」

死んだ木橋本人は納得できない話だろうけど、見殺しにしたということを警察に言わないほうが、みんなの幸せになるという話は理解できる。もしバカ正直に話せば、自分たちだけでなく、周囲も不幸になるに違いないのが現実だ……。

「それもそうだな。でも、なんて言ってごまかせばいい? ボクらが木橋を追いかけるところを、大勢に見られているんだけど?」

「追いかけていたことは認めるしかないけど、本当は助けられたかどうかまで証明するのは、かなり難しいから大丈夫だよ」

彼女の言うとおりだ。電話やメールはともかく、人間の本心までは覗けない。

 ……木橋には悪いけど、私たちは口裏を合わせる。別に珍しいことじゃない。




 ――こうして翌日の放課後。私たちは学校の応接室へ呼び出された。もちろん緊張する……。幸い、別々にではなく、三人いっしょで聞き取るという。

 応接室では、スーツ姿の男が二人座っていた。初老と若い男のコンビだ。いわゆる「刑事さん」らしい。初老刑事はハンチング帽を被り、刑事ドラマの取り調べを思わせる。呼び出し役の担任が退室した途端、空気が一変する。ミスが許されない張り詰めた雰囲気で、居心地は非常に悪い……。当然だけど、寝転がってドラマを観るのとは全然違う。


「君たちは、亡くなった木橋君とは仲が悪かったのかい?」

挨拶の後、初老刑事が切り出してきた。私たち三人に対してだけど、彼の視線は高山さんへ向けられている。ペンとメモを手に忙しい、若い刑事も同様だった……。

 いろいろ聞きこみ済みで、高山さんと木橋が口論していた事実はご存知なんだろう。ここで「はい! キモくて最悪なヤツでした!」などと、威勢よく正直に答えるのは良くない。

「クラスメートとしての関係しかありません。普段はほとんど話していませんでした」

高山さんが整然と答える。自分へ集中して視線が向けられていることなど、サラサラ気にしていない。彼女の度胸が羨ましくなる。

「でも彼が転落する前に、教室で口喧嘩していたらしいじゃない?」

若い刑事が言った。やっぱり下調べ済みだ。先に言わないなんて意地悪い。

「少し考え方が合わなかったからですよ。口喧嘩程度なら、大人もよくすることではないですか?」

「……しかし、話の内容だけどね。君たちはその、ハンディキャップを持っているんだろ?」

今度は初老刑事が言った。まさかそこまで……。

「わざわざ言い換えなくて結構ですよ。私たちが、精神障害や発達障害を持っていることは事実です」

高山さんが言った。声に震えはない。

「そうかい。それをみんなの前で、勝手にカミングアウトされたんだから、彼を良くは思ってないね?」

これも初老刑事。動機を確実なものにしたいらしく、私は胸にざわめきを覚える……。最悪の流れは避けたいところ。

「ご存知だと思いますが、この国は、精神障害者や発達障害者にとって大変厳しいです。できることなら秘密にしておきたいのが、当たり前の考えだと思いますが? あなたは秘密をばらされても、全然怒らない人間ですか?」

攻める高山さん。ああ、なんとも心強い。


 それ以降の聞き取りは淡々と済んだ。私たちのした行動が、罪に問えるほど問題じゃないと判断したんだろう。私や坂本君への質問もあったけど、高山さんが助け舟を出してくれるおかげで、失言せずに済む。刑事は揃って困惑していたけどね。

「えっと以上です。いろいろ教えてくれて、どうもありがとね」

若い刑事が最後に言った。その横で初老刑事が胸糞悪そうにしている。

 そして二人の刑事は、応接室をドタドタと急ぎ足で出ていった。定時が近いのだろうか?


 ――その日を境に、木橋が「事故死」した件は、話のネタとして急速に古びた。世間で流れるニュースと変わらない。余裕のない人間の多い現代社会では、他人の事なんてどうでもいいわけだ……。刺激的な続報があれば、なかなか古びないものだけど、木橋の件では、続報がゼロだ。

 まあ私たちからすれば、さっさと風化してくれたほうが好都合だ……。

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