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正常な世界にて  作者: やまさん(発達障害者)
37/52

【第37章】

 私が照準の先を、彼女の降下に合わせるより前に、坂本君が自動小銃で発砲し始める。数発ずつ宙を舞う空薬莢。

 せっかちな彼は待ちきれなかったのだ。親の仇がかかってる以上、やはり自分自身の手でという思いもあるはず。

 とはいえ、ここは私を信頼してほしいところ。スコープも無い自動小銃でこの距離じゃ、弾の無駄遣いにしかならないし、何よりもうるさい。

「坂本君。ここからだと、その、当たらないからさ?」

「え? なに?」

坂本君はマガジンを交換しながら、適当な返事をしてきた。手持ちの弾をすべて使い果たしても構わない調子だ。すでにそばの地面は、自動小銃の空薬莢で一杯だった。一方、弾のほとんどはマンションの外壁にも当たらず、空のどこかへ消えていく。

 これはなおさら、私が早く仕留めなきゃいけない……。二日連続で、銃や弾探しに付き合わされるのは嫌だ。


 幸い、あの彼女はなお狙える位置にいる。坂本君からも銃撃を受けていると把握し、方向を見定めながら、慎重に降下している感じだ。

 しかし、これは直接こちらに乗りこむ用意とも取れる。伊藤さんたち主力がマンション内部にいる今、このコミュニティの守りは手薄だ。彼女がどこかから侵入してくるかもしれない。

 しかし、あの身のこなし具合から考えても、私と坂本君に勝ち目はあると正直思えない。流れるような展開で、次々に次々殺される私たちの姿が、脳裏に浮かぶ……。

 そうならないためにも、ここで決着をつけなきゃいけない。私は一度深呼吸をした後、照準の先を彼女の胴体に合わせる。位置的に狙えるのは、この一発か二発だけ。

 瞬きを自粛する右目。……よし、今度はバッチリ。そして、瞬発的に引き金を引く。

「アチッ!」

ところが発砲した瞬間、猛烈な熱さが背中に湧き上がる。思わず私は両目を見開き、銃を放り出した。

 発砲を忘れるほどの高熱が、背中から脳にダイレクトに伝わってくる。ああ、これは熱い! 収まることなく、背中のあちこちが熱せられる!

 恥ずかしさを厭わず、両手で背中を必死に探る私。その小さな熱源は空薬莢だ! そう、坂本くんの、……あったあった!

 指先が熱いけど、背中で感じるより格段にマシだ。こもる高熱が、指先の空薬莢からジワジワと伝わってくる。

 ……ああ、小さな火傷が背中にいくつかできてしまった。これはうつ伏せじゃなきゃ、しばらく寝られない。

「あっ、ごめん!」

彼はそう言うと発砲を止め、私の指先からそれを摘まみとる。そして、高熱に顔をしかめながら投げ捨てた。

 小言をぶつけたいけど耐え、スコープを再び覗く。今度またやったら、別れ話を考えようかな?


「……あっ」

スコープごしに、彼女を視認した直後だ。順調に降下していた彼女がバランスを崩し、そのまま落ちていく。自由落下に近いスピードで、彼女はスコープ内および視界から消えた。

「あれ? いなくなった?」

肉眼でも確認できたほど。

 彼女が突然落下した原因は、すぐにわかる。両足をついていた壁に、血が飛び散っていた……。坂本君に妨害されながらも、私の銃弾が届いたんだ!

 壁の血はべっとりじゃないけど、なかなかの出血量だ。少なくとも、月経のそれよりも多い。

 男にはわかりづらいから、他で例えよう。……そうだ、道を汚すゲロとツバの中間ぐらいの量だね。つまり、なかなかの飛び散り具合。

 銃撃を受けた彼女は、激痛に耐えられず、ロープから手を離したのだ。降下する器具に安全装置があったようで、落下は少々緩やかではあった。

 だがそれでも、銃創もあり、今ごろ地面で痛みを訴えているはず。できれば、断末魔の叫びであってほしい。

「おっ、やりい!!」

坂本くんが雄叫びをあげる。私のなかで達成感がこみ上がるよりも先に。

「見た? 見たよね? やったよ!」

自動小銃を頭上に掲げる坂本君。完全に自分の手柄だと思い、無邪気に喜んでいる……。

 しかし私自身は、自分の手柄だという自信を持てなかった。私は自分の弾道を確認できず、背中に入りこんだ空薬莢を探すしかなかった。そして、原因の彼は気づくまでの数秒間も、発砲し続けていた。「数撃ちゃ当たる」形式もありえる。

 なので悔しいけど、坂本君の銃弾である可能性を否定できない。悔しい気持ちで一杯だ……。

「うん、すごいね!」

自分の気持ちを押し殺し、素直に認めてしまう私。ああ、こんなままじゃダメなのに……。たぶんムダだろうけど、ここは彼に一言を。


 坂本君に呼びかけたまさにその瞬間、あのマンションの方角から爆発音が鳴り響く。どこか遠くの爆発じゃないことがわかると同時に、やや強い爆風が私の髪を乱した。

 マンションの最上階に黒煙が上がっていた。スモークグレネードによる灰色の煙じゃなく、室内で何らかの爆発が起きたのだ。

 窓枠や網戸はすべて外れ、紙やカーテンが宙を舞っている。

「なっ、ガス爆発か……?」

坂本君が言った。幸いというべきか、歓喜の表情は消え失せている。

「伊藤さんが何か仕掛けたんじゃない? 例のその、砂糖爆弾を」

甘い匂いを思い出し、そう願った。

「いやいや、そんな話までしてなかったし、使わなくても余裕だったじゃん」

彼に否定された。しかし、余裕だったとは思えない。あの彼女に一発命中させるだけでも、苦労したばかりじゃないか……。

「行こう! 早く行こう!」

彼はそう言うと、コミュニティの駐車場へ駆けていく。急ぐ先には、伊藤がヤードから調達したトヨタのハリアーが見える。初夏の太陽が照りつけ、ピカピカの黒い車体を輝かせていた。

 そして何より、坂本君は元気な調子のままだ。つい先ほどの苦労など、忘却のかなたへ放り投げたよう。いつもながら、彼の潔い姿勢は長所だけど、短所でもある。今回の私は運悪く、短所の形で巻きこまれたわけだ。結果、背中を火傷した上、手柄を横取りされた。

 ……ふと思ったけど、あの彼女の死体を調べれば、当てた銃弾が見つかるかもしれない。銃弾の違いから、私の銃か坂本君のそれかの区別がつけられる。

 それを楽しみと捉え、私は車へ急ぐことに決めた。



 ――高層マンションの煙臭いロビーで、仲間二人を見つける。バカみたいに頭上を見上げてたけど、私たちに気づくと、安心した様子で駆け寄ってきた。

 意図的な爆発じゃなく、上がった伊藤たちの安否がわからない状況とのこと。そして、自分たちはここで待機するよう言われたので、最上階へ向かえないという。

 それから、爆発が起きる直前に、少女が落ちてきたという話も聞けた。そう、スナイパーだった彼女だ。

 狙撃銃やロープを握ることなく、彼女は手ぶらで、コンクリート柱のそばに寝かされている。一緒に落ちてきたロープで、体を雑にきつく縛られていた。

「こいつ!!」

間接的にせよ、母親を殺した相手に憤る坂本君。彼は怒りに身を任せ、彼女に近づいていく。

 しかし、彼女は気絶しているようだ。止血されておらず、タイル床の溝を血がノロノロと流れている。

「それより上にいかないと!」

あのまま放置しておけば、出血多量で死ぬ。ここで今すぐ息の根を止める必要はない。

「ああわかったよ!」

了解した彼は、彼女の右すねを一発蹴る。さすがの彼も、死にかけた同年代相手に、それ以上は自粛したらしい。

 ただそれでも、伊藤たちの件を早く片付けてしまおうと、エレベーターじゃなく階段へ向かう。とはいえ、最上階での爆発を考えれば、そのほうが安全だね。

 階段へ通じるドアが、開け放たれた勢いで壁に当たる。ロビーに反響し、大きな音に驚く仲間たち。

 そのとき確かに、彼女も軽くだが反応を示した……。

 拘束されていて、彼女は幸いだね。じゃなきゃ、何発か蹴って、確実に気絶させてやる。



 最上階の廊下へのドアを坂本君が開くと、そこに伊藤がいた。彼は頭から血を流しながらも、自分の足でなんとか立っている。

 彼のケガはまだマシなほうで、仲間のほとんどは重傷を負っている。かろうじて軽傷で済んだ人が応急措置に回るほど、酷い有り様だった。増した煙臭さに、血の鉄臭さも混ざりこむ。

 だがそれでも、戦い終えたことによる高揚感が満ち溢れ、誰も泣き喚いてなどいない。早くも勝利に酔いしれている人がいるほど。

 伊藤の話だと、このフロアには始め、敵が五人潜んでいた。そのうち一人があの彼女で、他の四人を倒せた直後に爆発が起きた。どうやら自爆らしく、二人が巻き添えになる。廊下の端に目をやると、二人分の死体がシーツに覆われていた。そこから排水口まで流れる、赤黒い血の筋。

「一人は昨夜逃がした奴だったよ。……だけど、高山奈菜はいなかったし、いた形跡も見つかってない」

伊藤はそう言うと、敵が潜んでいた一室へ案内する。倒れた玄関ドアには、銃撃による凹みが数え切れないほどできていた。


 激戦となった室内は、リフォームせずに済む箇所が見つけられないほど、荒れに荒れ果てている……。砕けたフローリングの木片、無数の空薬莢、断熱材のワタ、家具や電化製品の残骸。

 テレビで観たゴミ屋敷の映像を思い出したけど、別の意味でここは悲惨な様相だ。生死はともかく、家主には同情する。

「森村、ちょっとそこ、見てごらんよ?」

坂本君はそう言い、洗面所の端を指さした。ほんの一瞬だけど、彼は半笑いを浮かべていた。

 ……洗面所に転がる縦長の洗濯カゴへ、頭を突っこんだまま死んだ敵の姿が見えた。全身が血まみれで、服の大半は焼き焦げている。

「スモークグレネードがよほど煙たかったみたい」

伊藤はそう言うと、洗濯カゴを軽く蹴って転がした。拍子にカゴから頭が抜け、死に顔があらわになる。

「……あの、この人、いやこの子は中学生ぐらいじゃ?」

向けられた死に顔は、明らかに高校生の私よりも幼く見える。短髪で色白の少年だ。

「うん、そうみたい。……けど確かに敵だったよ」

伊藤は言った。そして、どっかの生徒手帳を私に見せつける。あどけない笑顔を浮かべる男子中学生の顔写真があった……。

「誰かは忘れたけど、撃ち殺される直前もそんな格好だったそうだよ」

「どうせ、金持ち高山に雇われた、小遣い目当てのガキだよ。気にしない気にしない」

伊藤と坂本君がそう言ってきた。二人とも割り切った気持ちでいる。

「う、うん」

そろそろ私も、そういう気持ちであり続けたほうがいいんだろうね。

 なにしろ、高山さんとの対決はこのまま続く。お互いに殺し殺されている関係で、つい数日前まで友人関係だってことなんて、まさに幻か夢物語……。

 私や高山さんが通れる道は、もはや一本道のみ。しかもその道は、狭苦しくすれ違える余地はない。そして、一方通行を示す看板がデカデカと立っている。


「森村、置いてっちゃうぞ!」

坂本君に肩を叩かれ、脳内から現実に連れ戻される私。

 他の死体からも目を背け、戦場跡の一室を出た。ほんの少しだけど、臭いがマシになった気がする。

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